第二百九十三話 斯波大乱 参

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


「さすがの殿も初陣だと緊張するのね」


 雪の手を借りつつ鎧直垂を着込んでいると背中からそんな声が聞こえる。


「俺をなんだと思ってるんだ。前世でもただの勤め人だぞ」


「その割に、そんなに気にせず謀略に明け暮れているように思うけど?」


 謀将になってしまったのは自分が死にたくなかったからだからなぁ。


「まあなんだかんだ目の前で、目に見える形で命のやり取りをしているわけではないからな」


「なるほどね。でも殿の後ろには皆が居るのを忘れちゃだめだよ?」


「俺の後ろに?」


「そうだよ。殿が居なければこの遠野の繁栄はなかったし、阿曽沼の史実は知らないけど戦国時代に消えたしがない一領主で終わってたのよ。謀略は褒められたことじゃないかもしれないけど、今の結果は誇っていいと思うわ」


 そうか俺の後ろには遠野が、将が、民がいるのだな。


「それに、殿が死ぬようなら私も後を追うからね?」


 急に重くなったな。


「ああ、俺が死んではいけないことくらいは分かってる」


 この時代にはまだなかったようだけど作らせた陣羽織を着ける。


「ところで殿、行ってきますの挨拶がないわ」


 戦場に送り出すからかどこかしら強張った表情の雪の頭を撫でる。


「じゃあ行ってくる」


「んっ!……行ってらっしゃい」


 口を抑えて照れている雪に見送られ庭に出る。


「では太郎よ行くぞ」


「武運を祈っていますよ」


「あにうえ、ごぶじで!」


「あにうえー!いってらっさい!」


 豊と大千代も見送りに来ている。豊はあんまりかまってやれなかったが、帰ってきたら遊んでやろう。大千代もな。

 

 土沢城へと入ると守綱、守儀叔父上らが待っていた。


「神童きたか」


「兄上に殿、待っていたぞ」


 早速軍議を始める。


「まず主力千五百は太郎を大将に守儀、貴様が副将となって助けてやれ」


「おう任せろ」


「別働隊として守綱、貴様はこの辺りの孫三郞方の陽動をしろ」


「ふむ、まあいいだろう。落とせそうだったら城を落としても良いのか?」


「構わんが五百しかやれんから無理はするな」


「おい保安頭、この辺りの城の守りはどうなっている」


 守綱叔父上が左近に問いかける。


「はっ、そのほとんどの城と村から兵も民も集めて岩清水館の守りと改築に当てているようでございますのでほぼもぬけの殻でございます」


「城だけで無く村もか」


「左様でございます」


 かなり無理な徴発をしたのだな。


「残っているのは女子供に老人でございます」


「であれば落とすまでも無いか……」


 守綱叔父上をはじめとした将等が舌舐めずりしている。


「叔父上、お願いがございます」


「神童どうした」


「できれば乱妨取りはなさらないでいただきたいのです」


 この時代の常識である乱妨取りを禁じるという俺の言葉に皆が少なからず驚く。


「なぜだ」


「その土地も我らの土地になるのです。乱妨取りをしたとなれば民の心が当家より離れてしまうことでしょう」


 人道、なんて概念は存在しない時代だけれども押し入り強盗、強姦、人さらいなんてやらせたくないし見たくもない。ただこんなことを直球で言っても誰も耳を貸してくれないからな。


「それに昨晩の夢枕に稲荷大明神が立っておられ、乱妨取りをするようなら実りは得られぬと仰っておられました」


 お稲荷様の名を出すと流石に評定の間がざわめく。


「なんと……稲荷大明神がか。お告げであるならやむを得ないか。では急ぎ足軽衆にも伝え、乱妨取りをすると稲荷大明神の神罰が下ると通達しよう」


 実際に聞いたわけじゃ無いし、少し卑怯かなと思うが戦の後には稗貫郡の領有を認めてもらう気でもあるのでできるだけその地の民の反感は買いたくないし、これくらいは許してもらおう。


「ではそのように。明朝出立する故、今日はしっかり身体を休めるように」




高水寺城 斯波千春


 兵をあげましたが孫三郎の動きが早く、見前館は孫三郎方により落とされてしまいました。一方で阿曽沼は花巻城と亀が森城を目指して進軍をし、花巻城はすでに開城、亀が森城は明日にも戦火が切って落とされると言います。


「阿曽沼は強いのですね」


「お陰でこの後は有利に戦えそうですな」


 孫三郎は兵の殆どを岩清水館に集めていたようで、亀が森城と大迫城意外は禄に兵も残っていなかったようです。


「阿曽沼が落とした城を返してくれるでしょうか?」


 稗貫郡は遠からず阿曽沼の手に落ちるでしょうが当家に返してくれるのかどうか。


「返さねば阿曽沼が誹りを受けましょう」


「たとえそんな誹りを受けたとして、どうにかなるほどの小領主では無いでしょう」


 十万石といえば国府(多賀城)より北であればすでにどこよりも大きな大名になりましょう。束になってかかればともかく各個に抵抗したところで全く刃が立たないことでしょう。


「何を弱気なことを。我らは足利の一門でございますれば当家の威光に阿曽沼もひれ伏すより他ございませぬ」


「そう……そうでしょうね」


 堀越公方の如く滅ぶという思いが頭に浮かびますが、すぐに振り払い良い方向に考えることとしましょう。


「ははっ、ですのでお方様は何もご心配要りませぬ」


 そう言い残して稲藤大炊助は城を出て行った。

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