第二百四十一話 当世具足の導入

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「なるほどな。ずいぶんと収穫が増えたものだな」


 二日酔いも抜けた昼過ぎに、久しぶりに父上が加わった評定が開かれる。今年は二子城周辺のお陰でついに五万石弱まで収穫が増えた。他にも大麦、小麦などの雑穀も順調に増えている。毒沢の丘陵地は一面の桑畑やぶどう畑にすべく伐採、植樹を行っている。十勝も開墾次第では来年にも麻や麦を育てられるだろう。土地が増えたので選択肢が増えて大変うれしい。


「はい。米も麦も増えました。来年からは酒造りの研究を始めたいと思います」


 酒造と聞いて皆が一斉に色めき立つ。いやお前ら喜びすぎだろ。


「ここでも畿内のような酒が造れるかの?」


「すぐには難しいでしょう。しかしいずれは畿内の僧房酒を超えるものも作れるでしょう」


 前世では灰持酒も飲んだことがあるが、あれは甘すぎて俺の好みではないな。雪によると火持酒のほうが同じ米の量でも製造量が増えるそうだ。あとは天正期にできた十石入り仕込み桶など作れば大量生産が可能になるそうだ。大きな桶や樽は早めに作らせてもいいだろう。


「さらにぶどう酒や麦の酒もか」


「はい。色々作ってみようかと思います」


「分かった。この件でなにか意見のあるものはあるか」


「恐れながら」


「どうした袰綿宿直とのい


「そのぶどう酒や麦の酒というのは一体どういうものでしょうか」


 そういえば父上や叔父上らには説明したが知らないものもいる。


「ぶどう酒はぶどうから作る酒で明や西域、南蛮などで飲まれているものだ。麦の酒は大麦を発芽させて作るものでこれは主に南蛮で作られるものだそうだ」


「なるほど、若様、よう分かりました。しかしその麦の酒はどのような味なのですか?」


「うむ、神様によると苦味はあるが爽やかな喉越しがたまらぬものだという」


 袰綿らは苦い酒かと言っているが、こればっかりは実際に飲んでもらわねば伝わらないだろうな。


「苦味は麦酒を保存するための薬草の味だ。これがその薬草でホップという、健胃や鎮静に効くものだ。試しに田代殿に使ってもらったが、夏バテなどに効くようだ」


 なるほど薬酒かという声がする。一応は納得してくれたようだな。


「このホップは神様から頂いたものだが、そうだな、袰綿にこのホップを預けようと思いますが、父上、よろしいでしょうか」


「構わん」


「では宿直、よろしく頼むぞ」


 余計なことを聞いてしまったというような渋い顔をしつつ袰綿が頭を下げる。


「さて次にこの具足だな。これは何だ?」


 当世具足のように一枚の鉄板を叩いて作った鎧だ。厚みはだいたい一ミリくらいだろうか。それ以上だと重くて動きが阻害されてしまう。


「はい。鉄の生産が順調ですのでここで新しい鎧を揃えてみようかと」


「なるほど。それにしてもずいぶんのっぺりした鎧だな」


 これまでの小札を色糸で綴ったものと異なり、黒漆をぬった一枚の鉄板の胴丸となっている。これだけでは脱着が出来ないので蝶番で開閉出来るようにし、背面を掛け金で固定する。内側に薄く引き延ばした革とくず糸をいれた麻袋を着けることが出来、衝撃を吸収する物である。大袖を小袖に替えて重さは大鎧よりは軽いがそれでも佩楯はいだてなどの小具足も着けると六貫ほど(約二十二kg)となっている。


「おい神童よ、この鎧を着ろというのか?」


「守綱叔父上、その通りでございます。この鎧はいままでの大鎧より少し軽くし、作りやすくすることで雑兵にも着せることを想定した物でございます。また此度は用意できておりませんが兜も同じようなものを構想しております」


 火縄銃である程度距離があれば大怪我くらいで済めばいいなという代物だ。それに鉄砲が普及したとしても矢もしばらく残るから今のところ甲冑にも利があるだろう。


「ふむ。それでどれくらい防げるのか?」


「矢は至近距離でもなければ止められますが、ともかく銃弾は正直なところある程度防ぐことが出来ればいいなと言う代物です」


 銃弾を防ぐならそれこそセラミックプレートでもなければ無理だろうから、前世のように一旦鎧の類いはなくなっていくんだろうな。


「さっそく着てみてもいいか?」


「では……」


 父上がわくわくしながら甲冑を着たいと言い、鎧下着と小袴などに着替えに下がる。


「若様、あれをわれらにも?」


「うむ。皆にも同じ物を与える。鉄ならあるから甲冑師にも同じ物をたくさん作らせている」


 新しい甲冑かとか今までの小札こざねがなくなってのっぺりしているななど雑談しているとがっちゃがっちゃと音を鳴らせて父上が書院に戻ってくる。


「確かに今までの鎧より少し軽いぞ。兜がないのが残念だな」


「兜もいま作らせているところですので今しばらくお待ち頂きたく」


「しかし将がつけるにはいささか地味だな。おい神童殿、これに飾りは着けてもいいんだろう?」


 守儀叔父上がちょっと不満げな表情をみせる。


「もちろんでございます。これはあくまで基本形ですので」


「そうか!それなら俺はこの鎧を使うことに異論はない」


「それで孫四郎、この鎧はどの程度揃えるつもりなのだ?」


「およそ千を考えております」


 今は甲冑師が手作業で叩いて作ってるから、どれくらい時間がかかるかわからない。はやくプレスが使えるようになればいいのだが。


「せ、千……」


「もちろんすぐに用意できるわけではありませんので、功績のあったものから順次、というふうにしたく考えております」


 さてこれで黒漆で統一された軍を編成できるだろうか。次はいよいよ各村から直接兵を徴発し各武将の力を削がねばならないが、これが一番難しいな。

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