第百七十九話 春宮様は一体……?

四条邸 四条隆永


「ふぅむ。童が祝言を挙げるとな」


「はい。権大納言様、神童殿がこれまで懇意にしてきた娘を正室に迎えるようです」


「あの童は幾つでおじゃったか」


「まだ八つでございます」


「早いのう。もう少し大身になったところであての娘を正室にさせようと思っておったんやけど……」


「権大納言様の娘様だと家格が釣り合いませぬ……。それにどうやら陸奥(みちのく)はややこしい事になっておるようです」


 なんや陸奥言うてもあまり変わらんのう。家格のことはどうしようもないのう。前回の献上品でお上の心象は悪うなかったように思います。今回も砂金や一粒金丹を持ってきてくれてるからこれを献上して官位などを与えてみてはどうかを聞いてみるか。


「そういえば遠野では新しい武具が幾つかあるとか」


「耳が早う御座いますな」


「うむ、それで斯波左兵衛尉詮高殿が討たれたと聞いて、室町殿(11代将軍義澄)はひどく落胆しておったそうな」


 大軍で攻めかかったくせにまんまと阿曽沼の策にかかって討ち取られたなど、武家の棟梁たる足利一門の名折れとまで言っておじゃったそうな。その影響か尾張武衛家はもともと中の悪かった今川だけでなく、守護代の織田とやらもきな臭い動きをしていると聞いてます。九州探題はすでに大内のお飾りやけど、大内のような大身はともかく阿曽沼の如き弱小武家に負けたとあっては舐められるんやろなぁ。室町殿も管領家と仲が悪くなってきていると聞きますし、また京は荒れそうやな。

 

「そうそう、前回権大納言様が殊の外お気に入りなさったので、此度もこいつを預かってきております」


「おお! これはありがたい! べいこんはホンマに飯に良う合いますからなぁ」


 そんなことを話してると高辻はんが呼びにきますやん。


「権大納言様、春宮様が算博士を呼んでおられます」


「春宮様があてにですか?」


「なんでも陸奥について教えて欲しいとか」


 最近の御子様はいろいろ新しいことに興味をお持ちであらしゃいます。これまでは童らしく遊ばれていたというのに、最近は学問を学ばれることが多くなり大変ありがたいことです。それにしても童に似つかわしくなく御聡明であらしゃいます。遠野の神童にも負けず劣らず、いやそれ以上といえましょう。


 この機会にもし春宮様の後ろ盾が得られたとなれば阿曽沼にとっても良いことであらしゃいましょう。もちろん、あてにとっても。



勧修寺邸 大宮時元


「ご機嫌麗しゅうございます。御呼びにより馳せ参じました大宮算博士でございます」


「そなたも久しぶりに京に帰ってきたところ、すまぬな」


「とんでもございません。皇子様のお呼びとあれば喜んで参上致します」


 皇子様からわざわざいたわりのお言葉を頂きましたが、殿上人になれない地下家としてはこうして拝謁できるだけで至上の喜びでございます。


「回りくどいことはすかん。お前さんのいる遠野という場所を詳しく話してくれぬか」


 最近の遠野のことを話しつつ、食事の内容になるとずいぶんと反応がつようございましたな。特に肉食し、肉を得るために牛を飼っていることを話すと恨めしそうにあてを見てきました。皇統にあらしゃいましては、穢である肉食は禁忌であらしますが、ずいぶんと興味をお持ちのようです。最後には次に京に帰ってきた際には肉をもってこいと言われましたが、あての首が飛んでしまいますといって諦めて頂きました。

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