第百七十二話 久慈からの使者が来ました
鍋倉城
「若様、お言いつけ分の煉瓦が出来上がりましてございます」
「ついにか!早速見に行くぞ!清之、ついて参れ!」
「あ、これ!若様!まだ書の時間でございますぞ!」
清之の静止を無視し、右近の案内で登り窯まで行く。窯の麓には小屋が立っており、その中には所狭しと菰に巻かれた煉瓦が積み上がる。
「おお!この日をどれだけ待ちわびたか!直ちに高炉を!と言いたいところだがこれから雪だな。雪が溶け次第橋野で高炉の試作に取り掛かろう」
番匠に頼んで水車と箱型フイゴも作らせなければ。鉄の歴史館で見たきりだから記憶はおぼろげなので、あとで弥太郎に相談だ。
「若様、この煉瓦はあとどの程度必要でしょうか?」
「できるだけ作り続けてほしい」
「分かりました」
「それと、忙しい所すまないが、褒美を取らす故、後でまた城に来てくれ」
右近が恭しくお辞儀をするのを見ながら窯を離れる。
「清之、久しぶりに紙漉き小屋に行くぞ」
速歩で紙漉き小屋に向かう。最近は俺の乗馬が安定したため清之も馬に乗るようになった。ちなみに清之の愛馬は赤毛で荒々しい性格なので芭莎号(ばさごう)と俺が名付けた。清之に「私の愛馬は凶暴です」と言わせて雪から白い目で見られたのはご愛嬌ってやつだ。
「おや若様、なにか御用で?」
「なに、久しぶりに見に来ただけだ。っと、そなたの作った落し紙と懐紙のお陰でケツとハナが随分と楽になったぞ」
馬から降りながら箕介をねぎらう。下手したら前世のトイレットペーパーより肌触り良いからな。びっくりだ。鼻紙は前世の方がよかったけど。
「若様!言葉が下品ですぞ!」
ケツといったのが良くなかったらしい。清之にたしなめられる。
「それと、新しい紙の開発はどうか」
「なかなか難しいですね。若様のおっしゃるように色々な木を茹でたり蒸したりしていますが、うまく紙にまではなりません」
パルプを加熱して繊維を取り出すってのは聞いたことあるけど、あれはなにか薬品使ってたのか?それとも叩くのか?
「うーむ。塩とか硫黄とか一見関係のなさそうなものを加えてみてもいいかもしれぬな」
とりあえず今使えるものを手当たり次第試してみるしかない。
「なるほど……。一見関係のなさそうなものを用いるとよいこともあるというのですか」
箕介が考え込んでしまう。
「箕介よ、それはそれとして後ほど城に来てほしい」
「城にですか?」
「うむ。渡すものがあるのでな」
◇
軽く集落を廻り鍋倉城に戻ると、なにやら賑やかになっている。
「一体どうした?」
「ああ、若様、浜田三河守様、良いところに。この者らが殿に会わせろと言って聞かぬのです」
見ると一人の若武者とそのお供が数人。
「馬上から失礼する。某は阿曽沼左馬頭守親が嫡男、阿曽沼孫四郎である。そなたらは何者ぞ」
俺の言葉にお辞儀をしながら若武者が答える。
「突然の来訪、恐れ入ります。某、久慈摂津守信政が次男、久慈備前守信継と申します。父信政の命により阿曽沼様と誼を結びたく、参上しました次第です」
久慈が、か。そういえば左近から久慈が当家に興味を持っているようだと以前に聞いていたな。次男を送りつけてきたか。馬を降り、久慈信継に近づく。先に馬を降りていた清之が半歩前に出る。
「よう来られた。父はいま戦に出ておる故、某が対応させて頂く。おい、この者らを小書院に案内せよ。丁重にな」
書院と言ったが板の間で畳にはなっていない。畳なんていう高級品を部屋いっぱいに敷き詰められるくらいになりたいものだ。
「待たせたな」
父上も叔父上らも居ないので、母上に声をかけ、共に書院に入る。
「その方が、久慈信政殿の使いとして参られた信継殿ですか」
「ははっ。久慈摂津守信政が次男、備前信継と申します。此度は急な訪問にもかかわらずお目通り頂きまして恐悦にございます」
母上に備前信継が平伏しながら答える。
「先程、当家と誼を結びたいと聞いたが、本意か?」
母上に続いて俺が質問する。
「はっ。間違いのうございます。こちらが我が父より預かって参りました、書になります」
信継が床に差し出した書を清之が拾い、こちらに持ってくる。まず母上が目を通し、続いて俺が目を通していると、母上が話しかける。
「確かに、久慈摂津守が我らと誼を結びたいと書いておりました。その証として、そなたを預けるとも」
「はっ。某が望んで遠野に参りました」
こいつは驚いた。わざわざ人質になるのを志願するとは。それはそれとして誼を結ぶことに異議はない。
「母上、受け入れてもよいのではないでしょうか?」
「そうね。正式な返事は殿が帰ってきてからになるけれど」
「ありがとうございます」
母上からとりあえずの許可が出て信継はほっと胸をなで下ろす。裏切られるかもしれないがそれはそれで攻め入る口実に使えるし悪くはないか。
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