第百五十話 斯波が攻めてくるそうです
鍋倉城 阿曽沼孫四郎
新しい城に移り数日がたった。引っ越して以来ずっとだが見晴らしが大変良い。
今日はよく晴れているので早池峰山までバッチリみえる。こうやって見てみると結構広く、いずれ京にも劣らぬ町並みが作れるのではないかと思ってしまう。
「街も畑中からこの城下に少しずつ移り始めたな」
「まだまだ時間がかかりますな。そして引っ越しの費用は阿曽沼家持ちでございますから費用も馬鹿になりませぬ」
「それはそうだが、畑中のような土地は田畑にしてしまったほうが食い物が増やせる」
「横田城はどうなさるので?」
「あそこは当面練兵場にしようかと思う」
練兵場も鍋倉城の西側、猿ヶ石川との間に儲けようと考えている。水害時の遊水地にもできるし、水練もさせたいがそこまで追いつかん。なのでまずは既存の横田城を利用して新兵教育を行う。
「なるほど。そのまま捨て置くのは勿体のうございますからな」
そう思っていると、遠くから乾いた音が聞こえてくる。
「若様なんの音でしょうか?」
「これは鉄砲の音だ」
「ああ、以前工部大輔殿が作っていたものですな」
「うむ。ようやく安定して作れるようになったようでな、まだ五丁しか無いが宇夫方叔父上を筆頭に射撃訓練を始めている。ついでに馬たちにも音に慣れてもらわねばならんからな」
大きな音に驚いて実戦で使えないという事になっては困る。ちょうど馬場が横田城の上にあるのだから、今のうちから音になれていってもらいたい。
そんなことを話していると険しい顔をした左近が近づいてくる。
「若様、至急お耳に入れたい議が」
「一体どうした」
「ここで申し上げるよりも、殿も交えたほうが良いかと」
なかなか重大事のようだ。
「わかった。ついて参れ」
足早に新しい御殿に入り、父上の居る御座の間まで行く。
「父上、至急の要件で参りました。入ってよろしいでしょうか」
「む。よいぞ。いや、少し待て」
バタバタと中から音がする。何か片付けているのか、と思っていると中から声がかかる。
「良いぞ。入れ」
襖を開けると何故か母上も一緒だ。父上もだいぶ慌てていたのか顔が少し赤い。
「それで、一体どうした?」
「は、左近より至急の議があると」
「ふむ。保安頭からか。これ誰ぞおらぬか」
父上の声に側役のものがやってくる。
「守綱と守儀めを連れてきてくれ」
側役が速やかに場外へと駆けていく。
「さて、概略だけでも聞かせてもらおうか」
「左近頼む」
「はは。先程高水寺城に潜らせている者と町民に化けている者からそれぞれ連絡がありました。城に潜らせているものからは稲刈り後に遠野に攻め入ると、町に入れている者からは城が食い物を買い集め、また稲刈り後に攻め入るので足軽を集めていると」
父上も母上ももちろん俺も清之も顔面蒼白となる。父上が震える手で湯呑を掴み、白湯を煽る。
「守綱、守儀が来たら詳しく話してくれ」
◇
二人が急ぎで書院の間にはいる。
「遅くなってすまぬ」
「一体どうしたというのだ。兄上も神童もそんなに青くなって」
先程の内容を父上が簡単に話す。叔父上たちが来るまでの間に気持ちを落ち着けたらしく、震えは収まっていた。
「な……んだと」
守綱叔父上は絶句し絞り出すようにかろうじて声を出す。
「兄上、一体どういうことだ?先日付け届けしたばかりではないか」
「そうだ。保安頭、何故我らを攻めるという話になったのだ」
左近が努めて冷静に話を始める。
「どうも付け届けしたものが欲しくなったようで、それ以前も富んできた我らに目をつけていたようでございます」
「なるほど、一粒金胆があだになったとな。兄上、どうやら神童殿の妙薬が効きすぎたようですな」
ガハハと守儀叔父上が笑い飛ばす。
「守儀、貴様笑っている場合ではなかろうが。それで兄上どうする」
「今から臣従すれば、命だけは助かるかもしれぬ。しかしだ、武士たるもの舐められたら終いだ。たとえ叶わぬとしても意地を通す必要がある」
どうやら父上は腹を括られたようだ。
「とはいえどうするか」
「左近、斯波はどれくらいの兵をこちらに差し向けられる?」
「そうですな。南部との争いに幾ばくか割くようですが、和賀や稗貫を使うならばそれでも二千ほどにはなるかと」
「父上、当家はどれくらい兵を出せますか?」
「守綱どれくらい出せるか」
鱒沢の叔父上が腕を組む。
「そうですな……まだ時間がありますから、久慈や九戸に対する最小限の備えを除いて、なんとか五百は用意できるかと」
「父上、叔父上、それに清之。斯波が攻めてくるとなればどのような道で来るでしょうか?」
いくつか侵攻ルートはあるだろうが。
「和賀や稗貫を合流させてであれば猿ヶ石川に沿って登ってくるのではないか。一方で高水寺城から来るならば大迫(おおはさま)から達曽部(たっそべ)に抜けてくるだろう」
侵攻ルートを特定できないなら、特定できる所に連れてくるしか無いか。
「でしたら宮守村の吉金に誘引できぬでしょうか」
「神童よどうするのだ?」
「まず腕の立つものを敵が攻めてくる道で待ち構えます」
「流石に勝てぬぞ?」
守儀叔父上が突っ込みをいれる。
「はい。そこそこに戦って、敗走していただきます」
「なんだと!?」
父上も叔父上もこめかみに血管が浮いてます。怖いです。
「は、敗走に見せかけて吉金に誘引し、さらに関谷まで逃げるように見せかけるのです」
「ほぉう。するとあれか。宮守に待ち構えさせた兵で敵を討つということか」
「守綱叔父上、そのとおりでございます」
「ふむふむ。いつぞや言っていた釣り野伏とかいうやつだな」
「はい。守儀叔父上。そこで一番谷が狭くなったところに大将が差し掛かったところで弓や鉄砲をいかけてほしいのです」
ようやく皆の顔に色が戻る。
「なるほどのぅ。それならば寡兵でも敵の大将を落とせるかもしれぬな」
「しかしこの戦い方には問題がございます」
「なんだ?」
「負け戦に見せかけることができなければなりませぬ。散り散りになりながらも統率がとれねばなりませぬ。生半可な兵では無駄死にするだけでありますので」
「忠心に篤く、精強な兵たちでないとならぬと言うことか」
「はい、父上。それを誰がやるかということですが」
下手したら全滅もありうる役目だ。
「そういうことならこの守綱がやろう」
守綱叔父上はたしか戦術に長けていると聞いているが。あまり最近は前線に出ていなかったような。
「おいおい兄上、そんな美味しい役目を独り占めしようなんてそりゃねぇぞ」
「守儀、そなた最近鉄砲に執心だそうじゃないか。なれば待ち伏せ役に適しておろう。それにそなただと頭に血が上りすぎて冷静な撤退が難しかろう」
そういわれて守儀叔父上が押し黙る。確かに囮部隊は冷静な判断ができないといけないから守綱叔父上の方が適格か。
「よし詳細はこれから詰めるとして、保安頭、領内の武将を至急呼び集めよ!」
作戦名は何にしようかな。あまり意味をもたせて作戦を推測されても困るしな。かっこいい作戦名がいいよな。天弓作戦とでもしようか。
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