第百四十八話 ちり紙はもうあったそうです

横田城 阿曽沼孫四郎


 今日は珍しく箕介が登城してきている。背中には行李を背負っており何かを持ってきたのがうかがえる。


「箕介よ、今日はどうした?」


「はっ、新しい紙を作ってみましたので、お目にかけたく」


 そう言って取り出してきた紙を触ってみると大変柔らかい。


「これは随分と柔らかいな」


「はっ。大宮官務家様が遊びに来られた際、京では紙で尻を拭くと伺いました」


 なんと、この時代にはもう紙でケツを拭いてたのか。


「公卿や将軍家などだけだそうですが、面白そうでしたので作ってみました」


 こともなげに話すが、そうそうできるものではなかったはずだ。


「これは儂がもらってよいのか?」


「もちろんでございます。殿様に試して頂きたく持参してまいりました」


 そう言って行李から残りの便所紙を取り出す。


「せっかくですので、奥方様、若様にも使って頂き、使い心地をお教え頂きたく存じます」


 使い心地を基に改良を重ねる予定だそうだ。というわけで早速使う。


「前世のトイレットペーパーよりは硬いけど、拭きやすいな」


 今まで糞ベラだったので衛生面でも大変有り難い。しかし紙のような高価なものでケツを拭けるようになるとは。

 十日ほど使ってみて再度箕介を呼びつける。


「如何でございましたでしょうか?」


「うむ。大変良い拭き心地だ」


「ええ、ヘラと違って大変拭きやすいわね」


 母上にも好評だ。


「ただ、豊のおしりふきには少し硬いけれど」


 幼児の皮膚には厳しいよだが、使えないほどでもないようだ。


「うむ。もう少し柔らかいとより良いだろうな」


「なるほど。では新しい便所紙ができましたら参ります」


「うむ。頼む」



八戸・根城 南部治義


「とうとう阿曽沼が閉伊郡を纏めたか」


「三戸が消えたというのもありますが、まるで日の出の勢いのようですな」

 

 米が穫れる土地ではないが魚は居る。秋になれば鮭も上がってくる土地である。その土地を阿曽沼が押えたことに軽く危機感を抱く。


「それもこれも紙のおかげで足りぬ米などを買いつなげておるようだ」


「羨ましい限りですな」


 話をしているのは根城南部当主南部治義とその分家たる新田盛政である。南部治義の妹を新田盛政に嫁がせ、義兄弟となっている。

 紙で潤う阿曽沼を羨むが間には九戸や斯波、稗貫などが有りとても手が出ない。海道を進むにしても地形が急峻すぎてまともな移動ができないので指をくわえて見ている他なかった。


「なんとか九戸攻略に参加させられぬか」


「斯波にも攻められているというのに、なかなか音を上げませぬ、というのはございますが、阿曽沼が三戸に取って代わりませぬか?」


「そこなのだがな」


 九戸攻略に阿曽沼を使えないか、また機会があれば阿曽沼を襲うための策謀を練り始める。



大名館 九戸修理光政


 この九戸氏の本貫たる大名館には姉帯氏や一戸氏に久慈氏などの南部氏庶流が集まっている。


「千徳城が落ちたそうだ」


「なんだと、よもや斯様に早く落城するとは」


「そなたの息子が城代におったな」


「九戸修理、そなた何がいいたい?」


「いやいや、阿曽沼めは随分戦上手だなというだけよ」


「それはそうだな。守備は少ないとはいえ百ほどはいた千徳城がそうそう落ちるものではなかろう」


「一戸殿、千徳城を攻めた阿曽沼が何やら得体のしれぬ武具を用いたそうだ」


 九戸修理と一戸政英の会話に久慈信政が混ざる。


「おお信政どの、なにかご存知か?」


「うむ。儂の所領は直ぐ隣だからの、伝え聞こえてくるのだが、何でも轟音と黒い煙を吐いたかと思うと城壁や城門が突き破られたという」


 久慈信政の言葉に一同騒然となる。


「それが真であれば、なにか妖術でも使っておるのか」


「そこまではわからぬ。ただ次は儂の久慈を狙っておるという噂が流れておるな」


「阿曽沼はまだ大きな勢力ではない。今のうちに叩くか?」


「しかし兵を動かせば斯波や八戸がこちらを攻めるのでは?」


 突出した発言力を持つ武将が居ないため議論は遅々として進まず、敵対勢力に囲まれた現状を打破するような案は出ないまま日だけが進んでいく。


(このまま九戸や一戸の連中と居てもジリ貧か。とはいえ八戸の連中と今更仲良くする気にもならぬ。ここは阿曽沼に誼を贈っておくのも一計かもしれぬ)


 久慈信政はそう思うのであった。

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