第百四十二話 雪の看病
横田城 阿曽沼孫四郎
慌ただしく戦支度を済ませた父上たちを見送ると手持ち無沙汰になる。
しばらく会えていなかった豊の顔を見に行く。
「母上、失礼します」
母上の居室に入ると豊がハイハイで駆けずり回っている。
「あー、きゃぁー!」
おれをみた豊が満面の笑みを俺に向けてくる。尊い……。
「随分と大きくなったな」
「ほほほ。しばらく会っていなかったものねぇ。そうそう、雪ちゃんが教えてくれたんだけどね、こうやって袖口に布を波立たせると、ふりふりになるのよ!かわいいわよ!」
そう、豊をみながら母上がフリル袖を縫い付けているのだ。よく見ると豊の前掛けの肩口には既にフリルがあしらわれている。
「もう少しこういうふりふりで映える服を作るともっと良いかもしれないわねぇ」
母上?時代をすっ飛ばしてそのうちゴスロリ和服とか出てくるかもしれんな。その後豊がつかれて寝てしまうまで、ひと時ほど遊び相手をした。こちらもすっかりつかれて腹がなる。
腹が空いたので粟餅を頬張り、青々とした桑畑でも視察に行こうかと清之に伝えに行くと慌ただしく走り回っている。
「一体どうしたのだ?」
「これは若様、申し訳ございませぬ。雪の奴が熱を出しましてな」
なんと雪が熱で寝込んでいると。
「上がらせて貰うぞ」
「いけませぬ。若様にうつしては大事でございます」
「かまわん!」
俺と清之でやいのやいのやっているとお春さんが様子を見に来る。
「一体何をなさってるのです?ってあら、若様」
「若様がなどうしても雪の様子をみたいというのだ。うつすわけにはいかぬので諭しておった所よ」
「あらぁ。でも若様は医術の心得があるのでしょう?」
心得といってもいくつか薬を持っているくらいだ。
「守儀様は戦に行かれましたし、田代様はまだお戻りではないですし、今若様より医術に長けるものがこの遠野には居ないのだから、若様に診て貰うのが一番でしょ?」
「むぅ、そうは言うがな」
「あなた、若様を疑うというのかしら?」
「そ、そうではない。ただ、若様にうつってはと……」
清之の言うことは尤もではあるが。
「俺の知っている薬でどうにかできるわけでは無いが、養生の仕方を助言するくらいはできるぞ」
まあ前世の記憶があるから多分なんとかなるんじゃないかな。
「こう仰っておられるのだから、余り無碍にするのは良くないかとおもうわ。さ、若様どうぞ」
お春さんに促され上がる。
「雪ー、入るわよ?具合は……ってあらぁ、寝てるわね」
起こそうとするお春さんを止める。
「寝ているのを無理に起こすのは良くない。それよりもずいぶんと汗を掻いているな。汗を拭いてやったほうが良いだろう。それと着替えを」
お春さんがぱたぱたと走り回りながらふと立ち止まる。
「殿方は外に出ていていただきましょうか。稚児とはいえ嫁入り前のおなごの肌を見せるわけには参りませぬ」
お春さんに追い出される。
「では清之、味噌汁を薄めに作って参れ。普段通りに作って湯で少し薄めてきてくれ」
「味噌汁ですか?」
「うむ。薄めに作ると塩気が丁度良いそうだ」
前世で脱水時に薄めの味噌汁が良いと聞いたような気がする。経口補水液でも良いが分量を覚えていないのだよな。味噌汁ができたら城の倉から砂糖を取ってきてもらおう。
そう考えていると戸板が開け放たれる。
「さ、良いわよ。ってあら?あの人は?」
「清之なら雪に飲ませる味噌汁を作ってくるよう申しつけておる」
「お味噌汁が良いのですか?」
「うむ。薄めのものだがな」
「あの人が作ると濃いのよね……」
む、濃すぎるのは良くない。そのことを告げるとお春さんは心配なので見てくると言い残し土間へとかけていく。
雪がしんどそうに息をしている。俺が出来るのはこれくらいか。
「おでこが熱い」
井戸から水を汲み、持っていた手ぬぐいを濡らしおでこに当てる。
「ん……」
起こしたかと思ったが、再び小刻みに息をしている。
俺は病気では死なない加護を貰っているが他の者はそういうのは無いからなぁ。多分大丈夫だろうけど、点滴もできないこの時代では心配だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます