第百三十話 上洛 弐
小田原城下 阿曽沼孫四郎
賑わう小田原の街を朝日が照らす頃、小田原の街を西にぬける。早川に沿って歩き、湯本温泉から支流の須雲川に入ると傾斜がきつくなる。ちなみに湯本温泉はすでにというか聖武帝の時代からあったそうで疱瘡(天然痘)によく効いたらしい。本当なんかな?湯治に行けるくらい体力がある人だったから回復したってだけだったりしてね。
「ふぅふぅ」
「若様、この程度の坂で息が上がるとは鍛錬が足りませぬぞ。はぁふぅ」
何を言うか、清之そなたも十分息が上がっておろう。いやしかし坂がきつい。車で登ってもきついがこの時代はもちろん徒歩なのでほぼ登山である。しばらくきつい坂を登ると小さな池がある開けた場所にでる。前世でいうお玉ヶ池だろう。
「皆様、もう少し行けば箱根という小さな村がございます。そこで一休みいたしましょう」
葛屋は何度も行き来しているからか、行商が長かったからか、すこし息が弾んでいるが俺たちほどでは無い。さすがと言うかなんというか。しかし箱根の町……前世で言えば元箱根になるのかな時代が違いすぎるとこのあたりの地理関係はよくわからないね。
「これは素晴らしい眺めだな」
漸く息を整え顔をあげると、穏やかな湖に映る美しい逆さ富士が目に入り思わず息を呑む。
「ほんに美しいのぅ。遠野に下るときは雨でおじゃったからのぅ」
周りのものも同じように息を呑んで見入っている。
「みなさまこれから下っても山中で夜になりますのでこの箱根で宿をお取りしましょう」
いうや葛屋は丁稚を走らせ近くの木賃宿を確保する。
「そういえばこの近くに箱根神社があるのだったか」
「若様よくご存じで。そうです。この箱根大権現(現:箱根神社)はかつて源頼朝公が参詣なさったことで、関東守護の社とされておりまする」
「ほぅ。面白いな。俺も行ってみるか。三喜殿はどうなさる?」
「私はここで夕餉の支度しつつ皆さんをお待ちしております」
ということで俺と清之に守儀叔父上の三人で箱根神社に参拝する。祀られているのは瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)と木花開耶姫(このはなのさくやひめ)に彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと:山幸彦)で、この三柱を併祀(はいし)して箱根大神(はこねのおおかみ)と奉称しているそうだ。
さらに神主に聞くところでは坂上田村麻呂も蝦夷遠征の際に奉献しているそうだ。陸奥のものからすると微妙な感情ではあるが、ここはあやかっておこう。
参拝を終えて宿に戻ると小田原で買ったかまぼこで糧飯を喰らう。
「このかまぼこはまた旨いな」
「小田原のあたりは魚がよく採れるようで、このようにかまぼこ作りがさかんだと聞いております」
葛屋はそう言いながら手慣れたように飯を盛っていく。手代以下は別の部屋でそちらは干物だそうだ。なんでも一度すり身にせねばならない分干物より高級品な扱いだそうだ。
「遠野に帰ったらこの蒲鉾をつくろうか」
量産できるようになれば食糧事情がまた少し改善するかもしれない。あれ、かまぼこって日持ちするんだっけか。
◇
山登りで疲れた体はまだ眠いけど、朝日が昇る前に箱根を出る。この時代はまだ山中城はなかった。整備されるのはもっと後の時代だろうか。そのまま降りていくと三嶋大社だが、石垣などが崩れている。
「若様、この三島大明神(現:三嶋大社)もかつて頼朝公が平家討伐する際に必勝祈願をなさったところでございます」
「なるほどな。我らもその故事にあやかるか。ところで石垣の一部が崩れておるが、これはどうされたのだ?」
聞くところによると先年の地震により一部の石垣が崩れたが、門前町の復興を優先した為にまだ大社の復興が進んでいないと言うことらしい。
「寄進したいが、我らも余裕があるわけではないしな」
「それよりも寺社といえど他領のものにおいそれと寄進しては成りませぬ」
そういえばそうだ。その地の領主の了解も取らずに寄進などしては領主の顔に泥を塗ることになりかねん。とりあえず拝むだけ拝んで西にすすむ。三島の街をぬけると沼地が多くぐずぐずの土地に出る。
「このあたりは随分と地盤が緩いのだな」
「若殿よこのあたりは水が豊富でな、少し掘ればすぐに水がでて沼のようになるのだ」
まさかの大宮様から指導を頂く。地下水位が高いというのは田圃にするにはうってつけだが、雨が降ればすぐに冠水しそうだな。今日中に吉原までいけるかと思ったが三嶋大社参拝で時間を食ったので今日はこの沼津で宿を取ることとなった。
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