第百七話 南部の混乱

大名館 九戸修理亮信実


「兄上、斯波の動きがかなり激しくなっているとの報せが届いております」


 年も明け寒さが緩んできた大名館(九戸城に移るまでの九戸の本城)で九戸修理亮信実と姉帯村(あねたいむら:現一戸町)を治める姉帯蔵人兼実がうなり合う。


「むぅ、雪解け前に攻めてくる気か」


「雪解けとなればすぐに田植えの準備になります故、その前に仕掛けるつもりでしょう」


「根城(八戸)はどうしておる?」


「あやつらも戦支度をしていると聞いております。どうやら北致愛」


 九戸信実が苦虫を噛み潰したような顔つきになる。


「宗家を気取っておるからな、奴ら三戸に来る気かもしれぬ」


 姉帯兼実も渋い面持ちになる。


「久慈信政殿はなんと言っておられますか?」


「根城の奴らへの牽制はしてくれるそうだ」


 二人して嘆息する。


「助力は得られぬか。しかし、この先どうする」


「兄上、ここは籠城し奴らの兵が引くのを待つべきでしょう。それと宗家には北致愛(むねちか)殿か或いは大光寺殿を推すべきかと」


 姉帯兼実の言葉に九戸信実は反応しない。今のところ根城への抑えに久慈へ、斯波や大崎を抑える為に平舘へ援助を求めているが、本音の所では両者を従え、己が起つ最大の機会ではないかと逡巡する。


「それなのだがな、俺は南部の九戸では無く、九戸が南部の主になれば良いのでは無いかと思っているのだ」


「兄上、真ですか!」


「うむ。しかし今ではない。根城と斯波を追い払ってからだ」


 信実の言葉に兼実は喜色をあらわにする。


「遂に我らが起つときが来ましたか。この兼実、必ずや兄上を南部の宗家にもり立ててみせまする!」


「頼むぞ。そのためには平舘や荒木田ら一戸の奴らと浄法寺には斯波と争って貰いしっかり消耗して貰わねばならん」


「千徳めも閉伊から慌てて戻ってきたようです」


 信実の目が光る


「ほう。では今、閉伊はどうなって居るのだ?」


「押さえが無くなったことで、国人領主共がしのぎを削っておるようです」


「なるほどな。まぁあんなろくに米の獲れぬ地はまとまったとて、たいしたことは無い。後ほど攻め込めばどうとでもなるであろう」


「ただ、阿曽沼が先日小国村と江繋村を得たようで」


「そうか。なに、多少阿曽沼が伸びようと我らの敵では無い」


「それはごもっともですな。なんなら斯波の背を討つように仕向けますか?」


「奴らでは万が一にも斯波や大崎をやれんが牽制くらいにはなるな。兼実、そなたも悪よのぅ」


「いえいえ、兄上ほどではございません。」


 馬渕川に高笑いが木霊する。



高清水城


「栃内兵部大輔、戦支度は如何なっておる」


「はっ。御館様、万事抜かりなく」


「和賀や稗貫らはどうだ?」


「二百ずつ出ると」


「これまでは南部めに苦汁を飲まされてきたが、ようやく天の機が巡ってきて居る。万事抜かりなく支度させよ。河村遠江守よ兵糧はどうか」


「はっ。兵糧の買い付けは順調でございます」


 重臣、栃内兵部大輔と河村遠江守の言葉に斯波詮高は満足げに頷く。


「ところでな、阿曽沼は如何した?」


 江柄民部が応える。


「なんでも千徳めが一戸に戻ったが為に重石が無くなり、田鎖党の混乱に巻き込まれて居るそうです」


「ふむ。まあ田鎖の賊らを抑えていてくれるならそれも良い。なんなら閉伊郡をやるので九戸を牽制するよう使いを送らせよう」


 斯波詮高の言葉に河村遠江守が怪訝な顔をする。


「よろしいのですか?」


「なに、多少豊かになったとは言え所詮は山ばかりの遠野よ。輪を掛けて山しか無い閉伊なんぞ得たところで大して富むわけではない。むしろ重荷になって良いわ」


 聞くところによると領民で飢え死にするものはまず居なくなった阿曽沼の動きに河村遠江守はなんとなく引っかかるものを感じていたが、斯波詮高の言葉は理にかなっており違和感は気のせいだと思う事にした。


「では、御館様のお言葉を阿曽沼めに報せて参ります」


 阿曽沼に書かれた文を懐に入れ、河村遠江守は高清水城を後にする。

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