第百話 燃える葛屋

京 葛屋


「ほしたら遠野に行ってくるで」


「行ってらっしゃいませ。旦那様」


 いつものように遠野への旅に出る。今回は博多の商人が持ち込んだ珍しい赤蕪だ。なんでも南蛮ではこれを馬に喰わせているとか。馬の多い陸奥であれば有用かもしれん。今回の道中も以前世話になったあの寺に寄る予定だ。住職から孤児が増えすぎて困っているとの便りが来たからな。

 今回も近江で牛を買いつけていく。遠野では大規模な牧があるそうなのである程度増えても大丈夫やろ。いつもと同じように不破関近くの寺に宿を借り、孤児らも預かり、代金もとい布施をする。


「葛屋さん、いつもすみませんね」


「いえいえ、人助けをするのが仏の道です。私共としてはお寺さんのお手伝いができるだけでありがたいこってす」


「ほほほそなたもなかなかに悪よの」


「いえいえ、御住職ほどではございませぬ」


 二人して天狗湯をのみ高笑いする。そうしているとドカドカと人がやってくる。


「だ、旦那!えらいこっちゃです!」


「お前ら、ご住職との話し中やで!」


「そ、それよりも京の本店が燃やされたっちゅう知らせが!」


「な、何やて!?それで妻と子は?店の者らはどないなっとる!」


「幸い、お方様やお子様はご無事のようでして、店の者たちを連れてこちらに逃れてくるようです」


 そうか、まあ家族は焼け出されたが死んではおらんか。


「むぅ、葛屋さんご家族が追いつくまでここに逗留されてはいかがでしょうか?」


「ご住職のありがたいお申し出に涙が止まりません。恩に着ます。ほしたらお前ら、皆をここまで案内してこい。儂とて京の商人、ただでは起き上がらへんで」


 今から京に戻っても命が危ないか。当面はもう一つの足場である遠野で再起をかけるしかないやろな。しかしどこのだれや、うちの店を燃やしやがったクソ野郎は。


 数日して家人共が合流する。皆ほんまに着の身着のままやな。


「あなた!」


「おとう!」


「おお!さち、兼丸、無事やったか!他のものも無事で何よりや」


「旦那様!」


 ご住職にお願いして皆の分の食事と湯を提供してもらう。


「してうちの店を襲った輩の当てはついとるんか?」


「どうも六波羅蜜寺やら他の寺やらの手のもののようでして」


 ちっ、紙座の連中か。一応付け届けはしとったが最近紙の質と量が増えてきとったからな、目をつけられたか。それで儂が陸奥に向かった隙きを突いて燃やしやがったのか。この借りは高ぅ払ってもらうで、いつかな。


「ご住職、お世話になりました。この御恩は」


「困っている方に手を差し伸べるのは仏の道。それにただでは起き上がらないのでしょう?またいずれ寄っていただければ其れで十分でございますよ」


「ご住職のお心遣い、たまりまへんわ。ほんまおおきに」


 ニタリと実に破戒僧地味た下衆い笑みを浮かべはる。うん、この坊さん商人のほうが向いてるんちゃうかな?まあ世話になったのは違いないし、またいつかくるで。いつかはしらんけど。


「ほな、お前らどないする?これから陸奥にいくわけやけど、人よりも猿や熊、鹿などの方が多い土地やで?」


 ここも十分田舎やけど、陸奥はその比ちゃうからな。熊も狼も狐もわんさかおって退屈せん所なんは間違いないが。肉食っとってまるで熊みたいなやつもおるしな。

とりあえずいこか、新しい葛屋を作りに。



根城 南部義継


「三戸の状況はどうだ?」


「はっ。先頃の大火で生き残った輩が野盗になり周辺の村を襲っているようです」


「まあ領主が突然いなくなればそうもなろう」


 根城南部氏当主南部義継は相づちをうつ。三戸が壊滅したことをうけて蠣崎蔵人の乱以来の勢力拡張のチャンスが巡ってきたことにほくそ笑む。


「斯波や久慈といった奴らも三戸を取ろうと蠢動しておるようです」


「当然だな。雪が溶ければ戦だ。準備はどうなって居る?」


「万事滞りなく」


 八戸を中心に下北半島までの食い詰め者を動員すれば少なくない数を三戸に差し向けることができる。勿論領を接する久慈氏への警戒は必要であるが。


「鬱陶しい三戸が居なくなったのは良いが、真鍮の製法が手に入らんのは残念だの」


 この時代金と同等の価値を有していた真鍮を作ることができた数少ない場所が三戸であったが先日の大火で喪われた。


「しかし三戸は地が火を噴いたと言うが、盛政よあのあたりに火の山があったか?」


「はて、そのような事は聞いたことはございませんな」


「ふむ、まあよい。噂では大火の前に天狗が現れたとか言うからな、何らかの罰が当たったのかもしれんな」


「一体何の神様のお気に触れたんでしょう。」


「恐ろしいことですな。ところで九戸と久慈に高水寺も出てくるでしょうから峻烈な戦になりそうですが」


「あやつらが共倒れしてくれれば良いのだがな」


 根城南部の庶流、新田盛政や七戸朝慶らと三戸派兵について詳細を詰めていく。現代に於いても国内屈指の僻地を誇る下北半島を有する八戸南部の生産力は低い。山背が吹かずとも気温が足りず米がろくに収穫できない不毛の土地。故に常に南下政策を志向するのは三戸南部でも根城南部でも変わりは無かった。

 とはいえ雪の余り積もらない八戸と違い三戸は雪深い地であるため、冬季戦装備の無いこの時代では出兵は雪解けを待つことになる。


注)この時代の根城南部、七戸氏、新田氏など諸侯の史料がほぼほぼ有りませんので、間違いがあるかと思いますがご容赦ください。

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