第九十七話 だるまストーブができました

横田城 阿曽沼孫四郎


 醤油はしっかりできている。紙漉きの要領で海苔を漉いた板海苔を孫八郎が持って来てくれたので海苔醤油で餅を頂く。


「うむ、うまい。さ、母上も召し上がってくだされ」


「まぁまぁ、ありがとう。あらぁこの海苔というのも香ばしいわね」


「これ、豊、そなたにはまだ早い」


 豊が餅に興味を持って手をのばすが、まだ生後6ヶ月にもなっていない。離乳食を始めるにしても早すぎる。火鉢だと少し危ないな。この時代に安全な暖房器具ってのはまあ難しいが。


「おお、神童殿ここにおったか。丁度餅を焼いておったのだな。ささ三喜殿、たまにはご一緒しませぬか?」


「ご家族での歓談に私めが入ってよろしいのですかな?」


「三喜殿、水臭いことをいいなさるな。すでに義兄弟みたいなものではないか」


「こんな義弟は願い下げですぞ」


「三喜殿そんな釣れないこといいなさるな」


 口では抵抗しているものの、三喜殿もまんざらではないようだ。あ、いややっぱちょっといやそうかも。


「それはそうとこの醤油なるものは実に美味ですな。一体どうやって作っておるのですか?」


「それに関してはお教えできかねます」


 間髪入れず父上が応える。そのうち漏れていくだろうとはいえ、そう簡単に教えては商品価値が落ちるからな。


「凍り豆腐も作るのですな」


「今年は大豆がよう採れましたでな」


 凍り豆腐、現在で言うところの高野豆腐は鎌倉時代にできたとか聞く。今年も大豆がよく採れたので保存が利くように沢山作っておかねば、戦場やら飢饉に必要だからな。それに旨味が凝縮されてるし出汁を吸ってさらに旨くなるしな。

 冷蔵庫や冷凍庫ができれば保存がだいぶ楽になるんだが、まだまだ未来技術だな。ポンプが出来たら作って貰おうかな。


 しかし寒い。冬の間ずっと雪が残る。こたつは作ったが部屋全体を暖めるには適していない。火鉢だけでは無理なのでなんとか暖房が欲しい。

 そんなことを考えていると大きな橇を引いて弥太郎がやってきた。


「殿様、若様、皆様あけましておめでとうございます」


「うむ、お目出度う。してその後ろの鉄の球はなんだ?」


 後ろには煙突の付いた球体が鎮座している。橇につけたクレーンで器用に庭に降ろす。というかクレーン作ったのか、いつの間に。


「若様、クレーンに興味を持って頂くのは後にしてください」


 いやいやこれめっちゃ大事な技術じゃん。なんでスルーする。


「さて、こいつは火鉢に替わる暖房で達磨ストーブと言います」


 ダルマストーブってこんな形なのな。初めて見た。


「こいつに炭や薪をを入れて火をつけると……」


 しばらくすると熱気が伝わってくる。


「おお、暖かい!」


「殿、触れるとやけどします故、触れてはなりません」


 豊もおるし、柵を設けた方が良さそうだな。このまま床に置いても燃えそうなので石床を作らなきゃな。


「これは本当に暖かいですね」


「お喜び頂けて幸いです。こちらは豊様のためにお持ちしましたので、どうぞご利用ください」


 豊のためか。ありがたい。碌な暖房も防寒具も無くて凍死しかねないからな。三喜殿もうらやましそうに見ている。


「これはこれは弥太郎ありがたい。そういえばその方には色々と有用な物を作って貰ってたのに褒美をろくにやれてなんだな」


 父上が腕を組み思案する。その間にストーブに載せた鉄瓶から湯気が吹き出てくる。湯呑みにいれて湯を一口含む。


「父上、弥太郎にも名字を与えては如何でしょうか?」


「沼野保安頭のようにか?」


「左様にございます」


「それは良い案じゃの。してどんな名字が良かろうか」


 発明家と言うことでエジソン……いやいや流石に無いな。水車小屋にすんでるし、そうだな。


「水車の水と遠野の野を取って水野は如何でしょうか?父上」


「それは良いな、そしたら役職なども与えたいが、物部……はいかんな」


 流石に物部はいかんでしょう。科学技術や工業を監督する部門として工部省をつくっても良いかもしれん。


「工部という部署を設けてはどうでしょうか?」


「工部?」


「はい、殖産興業と社会基盤の整備を行う部署でございます」


「殖産興業とやらと社会基盤とやらはどういうものなのだ?」


 そうかまだこの時代にはない言葉だったか。


「殖産興業は生産を殖やし、産業を興すという意味でございます。社会基盤とは道造りや治水、湊の整備などを指します」


「なるほどな。物を増やし、領内を便利にしようということか。で弥太郎をその頭にすると」


 概ねその理解でいいかな。物がふえればその物を運ぶ道や湊が必要だ。人が増えれば衛生面の問題が出てくるので上下水道に公衆浴場などの衛生設備、娯楽を提供するための箱物、医療を提供するための病院などすべてインフラだ。そこを統括する部署の頭に弥太郎でいいのかな?


「ちょちょちょ、お待ちくだされ!」


 弥太郎が慌てて止めてくる。一体どうしたのか?


「名を与えて頂くのは大変光栄に存じますし、これまでの行いを評価を頂き工部頭を頂くと言うお心遣いはありがたいのですが、某は人を管理し動かすのが苦手でございます」


「ふむ、そうか?それならば孫四郎、そなたが工部の頭と言うことにしよう。弥太郎には工学大輔として孫四郎を支えてやってくれ」


「はは、若様の下、この水野工部大輔弥太郎、これまで以上遠野のため若様のため粉骨砕身励みまする」


 おいおい、さらっと工部省が俺の管理になったがいいのか?まあいいか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る