第四十五話 まゆみ紙

横田城 阿曽沼孫四郎


「またせたな」


 父上と共に葛屋に面会する。


「とんでもございません。ご贔屓にして頂きあり難く存じます。して今回の商品はどのようなものでしょうか?」


 父上が目配せし、清之が


「まずは何時も通り紙だ。数はあるのだが、これ以上作っても紙座に目をつけられるだろう?」


「まあそうですな。今は私が扱う量も少ないので目こぼしされているだけでございますから」


 後ろ盾がないからそんなもんだ。後ろ盾がないなら作るしかない。清之に清書してもらった文と桐箱を渡す。


「これは?」


「四条様に後ろ盾になっていただきたい旨を記した文だ。そちらの桐箱には献上用の上級紙も試製のものだが用意してある」


「桐箱を確認させていただいても?」


 父上が鷹揚に頷いたのをみて、葛屋が桐箱を開け中身を確認する。


「なんと。これは見事な紙ですな。手触りも文句ありません」


「たまたま真弓が生えているのを孫四郎が見かけてな。いつかこのような機会があるかと思い紙漉きに上質な紙ができぬか試行錯誤させておったのだ。こんなに早くそれも四条様からお声をかけてこられるとは思いもしなかったがな。」


「これが歴史に聞くみちのくのまゆみ紙ですか。素晴らしい肌触りでございますな」


 葛屋がうっとりとした顔で紙をなでつける。夢中になっているので清之が軽く咳払いし葛屋が気を取り戻す。


 そして大槌に渡したのと同じ、印籠を差し出す。


「これは一体なんでございましょう?」


「そなたからもらったケシで作った薬だ」


 葛屋が飛び跳ねるように驚く。


「若様、栽培できたのですか……、まさか……本当に神童でしたか」


 印籠と俺を交互に二度見し、やがて。


「開けて拝見してもよろしいですか?」


 もちろん構わないので首を縦に振る。油紙に包まれた一粒金丹の丸薬が数個ころころと転がり出る。


「これが、一粒金丹というものですか」


「うむ。先立って大槌の嫡子が来られたので分け与えたのだが、労咳の者に試しで飲ませたら咳が止まったそうだ。斯様によく効くものではあるが、使いすぎれば癖になる。癖になればやがて廃人になってしまうのでな、注意して頂くよう、四条様にもお伝えしてくれ」


 葛屋が深々とお辞儀をし、献上品のまゆみ紙に阿片を携え部屋を出る。


 外では蔵から紙束が出される。紙座が無ければもっと大々的に売れるのだが、今はまだ隙間産業でやっているだけなので一度に出せるのはせいぜい十束(そく)程だ。数が少ないということもあるが、やはり座が邪魔だな。商いで儲けようものならこの座をなんとかせねば。


 加えてもっと数ができれば他の産地を駆逐して独占商売もできるだろう。そのためにはパルプ製造などもっと効率よくできればいいんだが、そうなると木よりも水が足りなくなるな。豊富な水を使うためには近場なら前世でも製紙工場のあった石巻か。

 

 葛西氏をなんとかしなければならないのですぐには難しいな。釜石なら製鉄所が作れたくらいだから水はなんとかなるはず。となるとやはり大槌をなんとしてでも獲なければならぬな。


注)和紙の数え方

  半紙:20枚=1帖 200枚=10帖=1束

  檀紙:26枚=1帖

  美濃紙・杉原紙・奉書紙:48枚=1帖

  出典引用:和紙の博物館様 和紙の数え方と厚さ    

  http://www.hm2.aitai.ne.jp/~row/kazu/kazu.html

  

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