第四十四話 私の愛馬はわがままさんです
横田城のそば 阿曽沼孫四郎
「さあ若様、この縄束で馬を洗ってやるのです。最初は後ろ脚からですぞ。蹴られぬよう気をつけてくだされ」
気をつけろってもな……。むぅだいぶ暖かくなったのに、沢の水は冷たいな。少し馬の後ろ脚にかけ、暴れないことを見て縄束でごしごし洗っていく。
「丸く円を描くように洗うのがコツですぞ。」
円を描くように……こうかな?毛が逆立ってフケなどが取れる。結構汚れてんね。
馬もちょうどいいのか気持ちよさそうにしている。
「ふむ。こいつは気性が難しくなかなか人に触れさせないのですが、若様には抵抗しませんな」
「む?お前そんなに気性が難しいのか?」
「ぶふん!」
そうだよと言うようにと嘶き、鼻をこすりつけてくる。どうやら気に入られたようだ。
「おお、随分と懐かれましたな。せっかくですので名付け親になっては如何でしょう?」
「そなたまだ名前がなかったのか。そうだなオシラ様にちなんで白星(しらほし)はどうだ」
「ひひーん!」
白星が高い声で嘶く。気に入ったようだ。
「芦毛の斑を星に見立てたのですな。オシラ様になぞらえておられるのも良いですな」
気に入ってくれるのは良いが、洗おうにも背中まで手が届かんな。
「白星、すまないが座ってくれんか?背中まで手が届かないんだ」
いうや膝を折り、伏せの姿勢になる。
「随分賢いな。他の馬もこんなに言うこと聞いてくれるのか?」
「まさか、そんなことはありませぬ」
「ぶふん!」
そうか、白星が特別賢いのか。よし、背中も洗い終わったぞ。水をかけて手ぬぐいで拭っていく。馬油でもあれば良いのだが生産出来るほどの馬も居らんからなぁ。櫛で尻尾の先から梳いていき、毛並みが整ったので完了だ。
洗い終わったので本来は乗る予定は無かったがと言いつつ、清之が大きな箱から馬具を取り出す。
「存外若様を気に入って居るようですので馬具をつけて乗って帰りましょう。では馬具をつけるのですが、」
腹帯(はるび)を掛け、つづいて泥障(あおり)、膚付(はだつけ)、切付(きっつけ)をかけたら鞍を置く。胸懸(むねがい)と鞦(しりがい)をとおし、轡を嵌める。白星は立ったり座ったりなかなか忙しい。
「よし。これでいいかな?」
「ふむ、こんなものでしょう。おお、そうそう、馬沓を履かせてくだされ」
「馬沓?」
「この馬用の草鞋ですな。馬の爪を守るものです」
なるほど。そういえば蹄鉄が入ってきたのは明治だっけか。それまではこの草鞋を履かせていたとか聞いたことがあるな。蹄鉄に較べてすぐヘタってしまうようだが、今すぐどうこうできないので今後改善するとしよう。
「よし、これでいいか」
「ぶるる」
白星の合格もいただけたようだ。もう一度かがんでもらい、鞍にまたがる。
「おお!結構高いな!」
小さいと言われる日本在来馬だが、立ち上がってみると清之よりも高い目線になる。これは大人が乗るとなかなか迫力が出るな。
「若様、落ちぬよう気をつけてくだされ」
とりあえず常足から。思ったほど揺れぬな。
「さすがは若様。綺麗に乗れておりますぞ。しかしもう少し肩の力は抜いた方が馬も歩き安うございます」
ええい、簡単に言うな。
「しかし今日は本当におとなしいのう。普段は引き馬すら暴れることがあると云うのに。こんな風に人の頭を噛むこともありますのじゃ」
白星が清之の頭をかじっている。まあ嫌って噛んでいる感じでは無いのでどちらかというとじゃれているのだろう。たぶん。
「あ、若様。おはようございます」
「雪か。おはよう」
「若様、馬乗れるんだ」
「雪も乗るか?」
「いいの?」
「白星、いいか?」
白星が雪を鼻で触れる。しばらくするとしゃがみ込む。どうやら乗っていいようだ。
「では雪は若様の前に座りなさい」
清之が雪を抱えて俺の前に横乗りになる。
「雪や、前輪(まえわ)をしっかり持っとくのだぞ」
雪がしっかり前輪を掴んだのをみて白星の胴を叩く。手は届かないので足で、だが。
「ところでこの馬は白星というの?」
「そうだ。芦毛で白いところが星のようなのに、オシラ様を掛けたんだ。」
「オシラサマって何?」
「そういえば……清之、なんだっけ?」
「若様……、先日土地の伝承はお話したはずですが。まあいいでしょう。」
清之がため息をつく。すまんなオシラ様とか山男とかしか覚えてなかった。
「オシラ様はですな、目の神様と言われております。一月と三月と九月に命日をやっとりましょう?」
「む。そういえばオシラ様と言っていたな。」
「さようです。オシラ様は馬の神ともされておりますので、肉の類は供えてはいけないことになっておりますし、祭りの日は獣肉は食べてはいけないとされております。オシラ様が去った家は祟りで廃れるともいいます。」
なるほどそんな話が有ったような気がする。
そんなこんなでゆっくりと横田城にもどる。ちょうど宇夫方の叔父上が鍛錬をしていたところだ。
「おお神童殿、その荒れ馬に乗れるとはさすがだな。俺ものせてもらえんか?」
ブフン!怒ったように鼻息を荒くする。
「これ白星そのように怒るでない。そちらは俺の叔父上で大事な方なのだ」
「キュイ……」
叱りつけたというほどでもないのだが、しゅんとしている。
「むう。やはり嫌われておるな」
「叔父上なにかされたのでは?」
「これと言って何もしておらんのだ」
白星の好き嫌いの判断基準がよくわからんな。
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