第四十二話 この時期はまだ野だたらだったようです
「葛屋よ、如何かな?」
「若様、私のような商人が皆様と同じ食事を頂いてよいのでしょうか?」
「なに、そなたは既にこの遠野になくてはならぬ存在だ。どうだ、俺に仕えぬか?」
「私は商人でございますよ?」
「別に商人に主家があってもよかろう? それでな今後当領地で生産するものはすべて専売にしようと考えておってな。それ用に商家を作ろうと思っておったのだ」
葛屋が喉を鳴らす。
「それを私めに?」
「どうだ?日の本はもちろん、海の向こうまで商売の手を伸ばしてみぬか?」
葛屋の瞳が鈍く煌めく。
「ふふっ。そうだな、遠野商会とでも名付けるか」
「しかし、私だけでは海の向こうまで商いをする銭がありませぬ」
「うむ。そこでだ、株と言う札を発行する」
「はぁ、株札?」
合点がいかないという風に葛屋がこちらを見る。
「一株あたりの値段を決めて出した銭に応じて株を割り当てる。利益がでたならば持っている株の数に応じて利益を分配する仕組みだ」
「なるほど、一人で多額の銭を出せなくとも、多数で持ち寄ると言うことですな。利益は持っている株の数で均等割になると」
「そうだ。こうすることで、利益も損失も分散されるのだ。また商いの方針については、皆平等に発言する権利をもつ」
損失が小さくなるという点には目を輝かせるも、経営方針については株主の意向に左右されうる事に少々気になっているようだ。
「なに、口出しすると言っても年に一度、寄合を行っておおまかな方針を取り決めするくらいだ」
細かく口出しされるわけでは無いことを聞いて、胸をなで下ろす。どうやら葛屋には協力してもらえそうだ。
「おー、神童殿、こんな隅っこで内緒話とはいかんなぁ。おれも混ぜてくれよ」
「守儀叔父上・・・…うっ、酒臭いです」
「そりゃあ、酒宴なんだから当然だろぅ?で、なんの話していたんだ?」
酔っ払っていた宇夫方の叔父上が、急にマジな口調になる。
「なあ神童殿、おめぇ商いするためだけに大槌が欲しいのでは無いのだろう?」
「守儀叔父上、先ほど申しましたとおり商いと魚のためですよ?」
「そうかぁ?先ほどの評定では本音は別なところにあると見えたがな」
やれやれ宇夫方の叔父上の洞察力は侮れないなぁ。普段傾奇者をしているが物事を見る目はピカイチである。
「ここでは申し上げられませぬ。少し夜風に当たりませぬか?」
叔父上が立ち上がる。
「おーちと飲みすぎてしまったわ! 兄上!少し神童殿を借りるぞー!」
言うや叔父上に担ぎ上げられて評定の間を出る。慌てて葛屋が追いかけてきて3人、畦に腰掛ける。
「周りには誰もおらん……っと、山伏殿か」
「左近なら構わんが、他言無用だ。葛屋もな」
「御意に」
「ははっ」
殿様蛙の鳴き声を聞きながら切り出す。
「俺が大槌を狙うのはまず先ほど申したとおり、海の道が欲しいと言うのがまずあります」
叔父上が無言で先を促す。
「商いができれば、例えば飢饉の際に上方から米や雑穀を運んでくることもできます。米が無くとも魚が手に入れられるので餓える可能性が減ると思っております」
もちろん魚はそれだけでは長期保存できないのでその先も考えていかなければならないけど、少しでも食糧増産できるようにしたい。
「なるほどな。神童殿はまず食えるようにとのことか。しかし、他所から買おうにもこの遠野には余り産物はないぞ?」
「そこで釜石や大槌の鮑や鮫がでて来ます。干物にすれば明に高値で売れるでしょう。あと、海藻を得ることで新たな産物を生み出す事ができまする」
「明向けの俵物ですな。たしかに明の商人に高く売れますのでその上がりで米も買えるでしょう。ところで海藻から得られる新たな産物とは?」
「それはまだ内緒だ。できるかもわからん」
「あとは笛吹峠の向こうに鉄の山があると神様のお告げにあった。それもいま鉄穴流しで得るような量とは比べものにならぬ程の量だそうだ」
「ほぅ。しかし野だたらでは鉄の石は使えますでしょうか」
さすが左近詳しいな。
「うむ。野だたらで作れるかわからん。しかし明では鉄の石から作るのが主流なようで、鉄を作るのに使われている高炉というものがある」
「高炉?なんでしょうかそれは?」
「うむ、砕いた鉄の石と石灰(いしばい)と炭を順々に入れ、鉄を取り出す方法だ。たたらのように毎度壊さなくても良い」
左近が唸る。
「むぅ、そんな方法がありましたか」
「それにより大量の鉄が得られれば開墾や耕作が楽になる」
鉄道による高速大量輸送が全国規模で実現すると飢饉の対応がしやすくなる。兵員輸送も迅速になるから普仏戦争並の機動戦もできるようになる。ふふふ。
「それとだ、大量の木材が必要になるので山は一気にはげ山になる。木を植えるが一部は牧にする。今のままの山ばかりでは喰っていけぬからな」
牧が増えれば糞を集めて発酵させれば硝石も多く得られるはずだし。
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