第三十四話 旨い物には勝てません
大槌城 大槌孫八郎
「父上、よろしいでしょうか?」
「孫八郎か……よいぞ」
「ありがとうございます。恐れ多くもこの孫八郎、阿曽沼に臣従すべきかと具申いたします。」
皆ざわつく。一部には嫡男といえども許せんと言う声もある。
「静かにせよ。まずは実際に見てきた孫八郎、そなたの意見を聞こう」
「はっ。まず遠野に行き、驚きましたのは先ほど申し上げましたとおり、色鮮やかな花々が里を埋め尽くしてございました。紅白に黄色の花が咲き誇りまるで話に聞く極楽浄土の様でございました」
なんと、極楽浄土だと。などとざわつくが気にせず続ける。
「ほかに遠野の里の者は痩せたものは居りましたが、この大槌の様に野垂れ死にしている者は見かけませんでした」
一転水を打ったように静まりかえる。この陸奥で野垂れ死にがいないことに皆、驚きが隠せないようだ。
「変わった履き物、革でできた沓の様なものを履いているのも見受けられました。武撃突(ぶうつ)という履き物だそうで多少の水場等では足が濡れずにすむそうです」
履き物には余り関心がないようで反応はいまいちだ。あれなら浅い川であれば渡るのも苦ではないだろうからなかなか凶悪だと思うのだが。
「あとは畑に謎の木箱が置かれていたり、どういうものかは教えてもらえませんでしたが。そして馳走になった食事が、それはもう旨くて!今思い出してもよだれが……。すみませぬ。とにかく飯が旨くてですね。これはもうまた喰いたいくらいでございます。争って死んでは味わえぬと思った次第です。そうそう、土産を頂いてましたが、片方は先ほどの神薬、もう一つはまだ開けてませなんだ」
玄蕃が大きな桐箱を皆の前に置き、蓋を取る。中には油紙にくるまれた燻製肉が入っているじゃないか!
「うひょー! これですこれ! これが実に旨くて!火で炙ったものをですね小刀で切って食すわけですが、これが大変美味でございました!」
父上が火鉢を取りに人をやる。数個大きな火鉢を持ってきて、じっくりとベーコンを炙る。旨そうな香りが評定の間に広がる。油がぽたりと落ち、そのたびにじゅぅぅっと旨そうな音も鳴る。しばらくして皆の涎が垂れてきそうな頃をみて、玄蕃が進み出る。ぬ?もしや!?
「毒味はこの狐崎にお任せを」
言うや、玄蕃が一口頬張る。実に旨そうな顔をしおって!
「あー実に旨……いやあこれは毒でござる。味噌をつけるとなおのこと毒でござる。皆様には喰わせるわけにはいかぬ。某が責任を持って処理させていただきますぞ」
満面の笑みでそのようなこと言っても説得力のかけらもない。
「では私も一口……」
「これ孫八郎や、そなたは大事な跡取り。母が確かめてからにしたほうがよいでありましょう?」
「は、母上、はい……」
くぅ!早く食べたい!
「まぁ、これは。臭みも少なく大変滋味に溢れた美味しいものですね。獣肉など仏の教えに悖るとされておりますが、こうも美味ですとそうも言えませんね」
母上が蕩けたような表情で言うや取り合いが始まる。一刻も持たずにすべての肉を平らげてしまった。落ち着いたところで父上から。
「皆、孫八郎の言う通り大槌は阿曽沼に臣従しようかと思う。別にこの燻製肉が食いたいとかではないが、元々我らは遠野の分家である。現在争う理由も特にない。また神仏の使いと言われる神童殿を敵に回すような恐れ多い事はできぬ。良いか、決してこの肉が食いたいわけではないからな」
「お前様!大変良いお考えにございます!あ、いえ私めもこの肉を食べとうてこう申し上げるわけではございませぬが、やはり戦をするより平穏な方が良いと思いまする」
母上の言葉に父上も満足のようだ。他の皆々も決して肉が食いたいわけではない。斯様な知恵を授けられる神童殿を敵に回したくないと言うことで満場一致し、今年の秋頃に戦ではなく臣従のために遠野に行くことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます