第三十一話 大槌孫八郎の来訪 参

「やあやあ、よくぞ来られた。儂が阿曽沼左馬頭守親だ。今宵はゆるりと楽しまれよ」


「お誘い戴きありがとうございます。某は大槌孫三郎が嫡男、孫八郎でございます。隣におりますのが狐崎玄蕃でございます」


 孫八郎と玄蕃が頭を下げる。満足げな父上が手をたたき、しばらくすると宇夫方の叔父上がお膳を持った女房共を従えて入ってくる。


「某が饗応役を仕った左馬頭が弟、宇夫方守儀である。本日の食事を楽しみにしてくだされ。何、毒など使っておりませぬので温かいうちにお召し上がりくだされ」


 毒が盛られていないのはそれは当然で敵陣のど真ん中であり、毒殺する必要もない。料理は一汁三菜となっている。山盛りの白米に蕗の薹を使った香の物、鱠(なます)には鯉の皮を湯引きしたものを酢味噌仕立て、汁は大根と鯉の味噌汁、焼物として猪のベーコンステーキだ。


「そなたらが来られるとは聞いておらなんだで、大した準備ができずすまぬな」


「いえいえ、とんでも御座いませぬ。斯様な馳走を賜り、恐縮にございます」


 うまそうな匂いが充満する。特にベーコンステーキから漂う芳香に腹がなりまくっている。


「ははは。我が愚息が腹の音で催促しておるし、始めようかの」


 どっと、場の雰囲気も和らいだところで酒が振る舞われる。最初の盃だけだが、京より仕入れていた清酒が振る舞われる。五歳児の舌になってしまっているので全くうまく感じない。うえーってなっているのを見て皆がまたニヤニヤしておるわ。前世ではガード下の安居酒屋でよく飲んだってのになぁ。早くビール飲めるように成りたい。そういえばビールか……大麦が作れればあとはホップさえ手に入ればいけるかな?仕込み方は雪が知っているかもしれないから後ほど聞いてみよう。


 しばらく賑やかな様子だったが、なんだか眠く……


 若……


 むにゃむにゃ。なんか声が聞こえるような気がするぞ。


「むにゃー?」


 ぼんやりした頭で清之をみる。


「たった一口で寝てしまわれるとは……」




横田城 阿曽沼左馬頭守親


「昨晩は大層なおもてなし、感謝申し上げます」


「ははは。大したもてなしもできなんだがな。今日は如何する?」


「もう少し見て回りたいのですが」


「なにか気になったことがあるか?」


「畑に木の箱を埋めているのはなぜなのでしょうか?」


「あぁあれか。あれは孫四郎がやっておることでな。わしにもようわからん」


「孫四郎殿が?」


「そうじゃ。なんでも神仏が時折夢枕に立って知恵を授けてくれるそう。」


 孫八郎が大層驚く。そりゃそうだ神仏が知恵を授けるなど、わしとて聞いたこともないからな。


「つまり孫四郎様は神仏の御使いと申されますか。」


「そのようなものだ思っておる」


 孫八郎がしばらく逡巡している。


「玄蕃、どう思う?」


「は。佐馬頭様には失礼ではございますが、にわかには信じられませぬ」


 玄蕃も信じられないと言う顔をするが、無理も無い。


「大槌に戻り少し考えたく存じます」


「大槌で如何する?」


「帰ってから玄蕃らとともに今後の振る舞いを考えてみたく存じます」


 孫八郎と玄蕃が難しい表情でこちらをじっと見る。おっとそうだ土産だ土産。


「玄蕃殿そうにらむでない。ちゃんと土産も用意しておる」


「あ、いえ、そうではないのですが」


 玄蕃が豆鉄砲を食らったような表情をするのをみて孫八郎が声をこらえながら笑う。


「ああそうだ、孫四郎もそなたらを見送りたいそうでな、支度ができたならば声をかけてやってくれ」

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