第十五話 紙を売って米を買う

横田城 阿曽沼孫四郎


 梅雨のじめっとしたある日、葛屋が遠野に訪れる。


「殿様、お初にお目にかかります。葛屋でございます。若様お久しぶりでございます」


「うむ。そなたも息災なようで何よりだ」


「孫四郎、この者は?」


「この者は先日の市で売れ残りの紙すきをただ同然で売ってくれた葛屋という商人です」


「そなたが紙すきを連れてきてくれたのだな。礼を言う」


「なんですと! あの者は紙が作れたのでございますか!」


「なんだしらなかったのか」


 そんなことなら売らなければよかったとでも思っていそうな表情を一瞬みせたがすぐに作り笑いを貼り付ける。さすがは商人だな。


「それで今日はどうした」


「ははっ。若様のご依頼にありました、高粱という黍が手に入りましたので持ってまいりました。ぽたてという南蛮の芋は明の商人にもあたっておりますのでしばしお待ちを。その代わりではございませんが、こちらの里の芋と天竺で薬として使われている芥子の実を持ってまいりました」


 ケシ! これは素晴らしい! まさかのマジックアイテムである。戦傷や病での痛み止めや咳止めのほかに色々と使える。実を絞れば油も得られるのでありがたい。


「孫四郎、明の黍などでどうするのじゃ?」


「もちろん食うのであります。明の寒いところではこの黍を植えていると書で読みました。それと父上、当家で増やしたいので芥子の実もいただけますか」


「なるほどの。黍などはそなたが好きにするがよい。芥子もそなたに預けよう。して葛屋とやら、これが当家から卸す品じゃ」


 箕介が菰に撒いた紙を二束運び入れる。葛屋は恨めしそうに箕介を一瞥した後、一枚取り出し、しげしげと眺める。


「色は付いておりますが、まずまずのものですな」


「これは売れるか?」


「充分売れましょう。今回お持ちした物では到底足りぬほどには」


「孫四郎、何か欲しいものはあるか?」


「では幾ばくか明の書物と、米、人、そして急ぎはせぬが鳥撃ち銃というものがほしい」


「鳥撃ち銃とはなんぞ?」


「明で使われているものだそうでして、その名の通り鳥撃ちに使えるものだそうです」


 そんなものがなんの役に立つのかと訝しげな顔をされるが、まあこればかりは転生者でないとなかなか理解はしてもらえんだろうな。


 そして鳥撃ち銃、タッチホール式の銃で火縄銃ができる二世代古いものだったか。ここからサーペンタインロック式、マッチロック式と進化していくはずだ。タッチホール式は銃を片手で持ちながら、もう一方の手で火縄を押し当てないといけなかったことで命中率がわるいのと、この時代は金属加工が未熟なためによく暴発したので主力とはならなかったようだ。タッチホール式をマッチロック式に改造して史実より早く火縄銃を開発しよう。雷管ができれば一足飛びに機関銃とか村田銃もどきが作れるようになるわけだけど、それはまだまだ先だな。

 腔発しないよう冶金も進めなければならないが、知識を持っているやつが居なければ何年ではすまない。手を付けない理由にはならないが。知識の平準化と底上げのために学校ほしいけど、いくら金があっても足りないなあ。


 銃は銃で大事だけどやっぱり最優先すべきは米や雑穀などの備蓄食料だ。近年で最も大きな飢饉は40年ほど前の長禄・寛正の飢饉がある。享徳の乱に加え、旱魃、大風などで全国的な大飢饉となり、応仁の乱の遠因の一つとなったとか。今年は山背が吹かないので旱魃がなければ豊作であろうが、常に備えねばならない。



金ヶ沢 阿曽沼孫四郎


「若様ー、父様ー、だいぶ稲が育ちました」


「これ、雪、あんまり走ると転ぶぞ。しかし若様の稲は他のものよりよく育っておりますな」


「うむ。神様に頂いた米なだけあるか」


 ぐるっと田を一巡りする。


「見ると二枚葉で植え付けたものより葉の数が多いもののほうが成長がいいな。五枚のものはもう穂が出てきておるな」


「これは意外ですな」


「やはり最初の苗代の段階で混みすぎてたのかもしれんな」


 近くの百姓共も見に来ている。自分のところの米が増やせるかもしれないとあっては興味も一入(ひとしお)だろう。5枚葉のものは苗代の段階でもっと間隔を開けねばならなんだか?適度な播種量は来年以降の検討材料だな。保温折衷苗代の試験も兼ねてやってみよう。


 稲に興味は行っているが、高粱もなかなかに注目されている。遅れて播種した高粱はすでにかなり成長している。背の高い物と低い物、登熟の早いものも有るようだ。収量の他に高粱は根が深く張るため土壌破砕の効果が得られる。深耕の難しいこの時代でも土壌改良の手段としてかなり有効だろう。


「こちらの田畑は若様が育てておられるのですか?」


 若い百姓が駆け寄ってくる。


「なんだ貴様ぁ!?」


 清之が柄に手をかけて警戒する。


「申し訳ございません。あっしは糠前で百姓しております弥太郎と申します。」


 清之を手で制したいが身長が足りないし、力も足りない。清之よ守ってくれるのは良いが前が見えぬ。


「よい。して弥太郎とやらこの田をみて如何した?」


「はっ!作付けごとに縄張りをうって結果を評価しようとする様子を見るに、科学的素養を感じ入ってございます」


「かがく?」


 清之の頭にはてなマークが生えている。


「そうかそなた『科学』を識っておるか」


「はは。とはいえたいしたことはありませんが」


「ほほぅ。おもしろい!そなたは俺が召し抱える!まあ『科研費』は出せんぞ。ちなみに専門は?」


「工学史の研究で、過去の技術の評価をやっておりました」


「ガチやん……もしや、水車なんかは?」


「もちろん何度か作ってます」


「火縄銃は?」


「知識はありますが流石に研究用途でも作れませんね。鍛冶もしたことがないですね」


「とりあえず水車とボルトと作ってくれる?」


「ボルトはちょっと……金属加工はやってないので、とはいえ必要ですし、なんとかやってみましょう」


 しかし転生者結構いるのか。もしかしたら敵方とか外国とかにもいるかもしれんな。アフリカとか南米とかそうでなくても有力者以外に転生した者は悲惨かもなぁ。まあ遠野というか戦国時代の東北なんて転生先としては充分ハズレだろうけどね。

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