むなしい逃亡計画。

(明日だ)

 結局、腹の皮が突っ張って苦しすぎて、いつも以上に授業に身が入らなかった。

 周囲の状況(というか、主に芙美)に流されて、とうとう1キロも減らせられないまま、撮影は明日に迫ってる。

 別にモデルの仕事をこれからもやりたいわけじゃ全然ないから、太ったことを理由に辞めさせられても、

(それはそれで構わないんだけどな)

 けど、「辞めさせられる」のと、「自分から辞める」のとはやっぱり違う。出来れば自分から言い出したいよな。だって、モデルを辞めさせられた理由が「デブになったから」だなんて、なんだかとんでもなくみっともない理由のような気がするし。

 そんなことを考えながらなんとなし、ボーッとしたまま授業を受けてたら、昼休みの鐘が鳴った 。撮影まで、残された時間は、ついに三十時間。

 俺、結局痩せられないままで、今日も終わるんだろうか。そう思ったとたん、背筋へぞくっと悪寒が走ったもんだから、

(芙美、きっと今日も多分、俺のところにまで弁当を持ってくる)

 芙美には本当に悪いけど、昼休みの間…っていうよりも、これからガッコが終わるまでの半日、どこかへ身を隠そうって決心した。

 だって、もしも太りすぎでモデルを辞めざるを得なくなったとしても、せめて今の仕事は俺、ちゃんとやり遂げたいし。

(さて、どこに隠れようか)

 まるで容疑者みたいに顔を伏せながら、教室から一歩踏み出したところで、

「あ、見~つけた! 涼君!」

 心臓が、口から飛び出るかと思った。大勢の生徒でごった返してる廊下の中、よくもまあ、すぐに俺だけを見つけられるもんだ。

「…よう」

 思わず身構えてしまった俺の方に、何故か芙美は心持ち残念そうな顔をしながら駆け寄ってきて、

「あのね、ごめんね」

「どうして?」

 なんでいきなり謝るんだろう。ひょっとしたら、俺に食わせすぎてたことを反省して、それをこれから改めてくれるのか、なんて、俺はつい期待してしまったんだけど、

「今日、一緒にお昼たべられなくなっちゃった」

 甘かった。

「なんで?」

 それでもあの濃ゆい弁当を食べなくてすむかもしれない可能性が少し高くなったのは、芙美には悪いけど有難い。

「あのね、マコちんが川崎先生の宿題、当たりそうなんだって。全然やってないから教えてって頼まれちゃってさ」

「分かった。気にするな」

 ちょっとだけホッとして、俺がコイツの頭をクシャクシャすると、芙美はえへへ、なんて笑って手を振って、そのまま近くの教室へと入っていった。多分そこが相田とやらの教室なんだろうと思って踵を返しかけたら、

「はい、これ忘れてた。しっかり食べてね」

 芙美は戻ってきて、俺の手に今朝の『朝ごはん』と同じ、でかい風呂敷包みを押しつけた。

(…きっとこれ)

 中味は呼び止めて聞かなくても分かる。

(一の重にはカニクリームコロッケ、二の重には辛子明太お握りがぎっしり…)

 芙美の後姿を見送りながら、俺、思った。

(これ、あの北条にやろう、絶対)


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