むなしい逃亡計画。

「へえ、くれるの? あの子の手作り弁当じゃない? もらっちゃって本当にいいんだね?」

「ああ、構わない。箱と風呂敷だけは俺に返せ」

「ああ、任せておいてくれたまえ、はっはっは」

 俺が風呂敷包みを渡すと、北条は嬉しそうに言って、俺の手から芙美の弁当をひったくると、足音も軽くヤツの教室へ入っていった。

 さて、こっちはこれでいい。少し腹は減るかもしれないけど、

(寝れば気にはならないだろ)

 と、思って、俺は屋上で寝ることにしたんだ。

 …けど。

(…腹、減った。嘘だろ…眠れねえ)

 一年の頃は、こんなことなかったんだけどな。むしろ、腹が減っててもおかまいなしに眠れたような気がする。

(何か、腹に入れようか。いや、それはマズい。でもやっぱり腹に何か入れないと眠れない…いや、それはやっぱりマズい)

 屋上のベンチで横になったのに、俺の頭に浮かぶのはそんなことばかりだ。せっかく天気も良くて昼寝日和なのに、どうしてこんなことになるんだろう。腹を抱えて何度も寝返りを打ってたら、

「だねー、やっぱりダイエットしなきゃ」

「そかな? でも高校生のうちにダイエットしたら、体に良くないって言うじゃない」

 そんな俺の耳に、女たちの会話が飛び込んできた。思わず聞き耳を立ててしまっている自分自身に苦笑したりして。

 俺がいるのに気づいているのかいないのか、二人の話は続いてる。

「だからさ、体を壊さないように、食べるのをちょっとだけ減らして運動すれば良いんだよ。おやつをやめるだけでも、全然違うしさ」

「へー、そうなんだ」

「だよー。とにかくさ、人間、わき腹がつかめるようになったらもうオワリだよ?」

「えー、やだー!」

 最後の言葉が耳に痛い。女二人はすぐに遠ざかっていったけど、俺はしばらく起きあがれなかった。

(あれ、俺のこと言ってるんじゃないよな…よな?)

 きっと自意識過剰で被害妄想なんだろうけど、そんな思いが心に渦巻いて、それに腹も減って、まさに(にっちもさっちもどーにも、な状態ってこのことを言うんだろうな)もうこのまま、腹が減りすぎて動けないんじゃないかって思った時、

「あー、やっと見つけた!」

 芙美の声がして俺、気がついたらベンチから転がり落ちてた。

「だ、大丈夫?」

「あ、ああ…うん」

 きっと怒ってる…そう思いながら恐る恐る起きあがって芙美の顔色を伺ったら…特に怒った様子もない。

「聞いたよー。北条くんに、お弁当取られたんだって?」

 怒った様子は無いけど、意外な言葉に俺は思わず目をむいた。

 いや別に取られたわけじゃ、と言いかけると、

「かわいそー、お腹が空いたでしょ」

 芙美は涙ぐんで言うんだ。

「いや別に、大丈夫だ」

 ほんとは眩暈がしそうだけど、ここで負けたらまずいもんな。俺が首を振ったら、

「ううん。涼君のその顔は、お腹すいてる顔だよ」

 一体どんな顔なんだろう…いや、腹が減ってるのは事実だけど。

「だからさ、私、調理室借りて、新しく作ってきたの! ちょうど四時間目、私達家庭科やってたからさ」

 俺の頭に、雷が落ちたかと思った。

 でも、芙美は、また涙目になって言うんだ。

「涼君。ほんとはモデル、あんまりやりたくないんだよね? 嫌なことを無理してやってるって、すごいよね。私、軽く『やれば?』なんて言っちゃってごめん。だからせめてね、私ができることで涼君の支えになれたらって、そう思って…迷惑だったら言ってね?」

 それを聞いて思わず立ち上がって芙美を抱き締めて…俺、決めたんだ。

 もうモデル、辞めよう。明日はスタジオに早く行って、聖護院センセイにきっぱり言おう。もう太ったって構わない。だって、俺のことをこんなにも心配してくれる女の子が側にいるんだから。

「わ、涼君!?」

 慌てた声を出す芙美を、さらに俺は強く抱きしめる。


 そうだ、明日。全ては明日だ。


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