そして彼は葛藤する。
芙美の家からは、まだ明かりと笑い声が漏れてきてる。それを見ながら、少し準備体操をしたりなんかして…けど、うろ覚えのラジオ体操をしていたら、マジになんだか腹が苦しい。
モデルの仕事をやり始めてから、全然運動してなかったせいで、体が硬くなったっていうのもあるだろうけど、それでも何とか体をひねろうとしていたところで、
「あ、涼君! ちょうどよかった! まだ家に入ってなかったんだね」
芙美ん家の玄関が開いて、芙美が顔を出した。
よくよく目を凝らすと、何だか大きな包みを抱えてるのが街灯の明かりで分かる。
「ほんと、ちょうど良かった」
芙美はやっぱりにこにこ笑いながら、俺にそれを押しつけた。
「はい、これ」
「何これ」
「明日の朝ご飯だよ~」
……二段重ねの風呂敷包みだ。
思わず言葉を失った俺に、さらにコイツはとどめをさす。
「ちゃんと食べてよね。明日は私がお家にお邪魔して、そのお弁当、ちゃんと食べたかチェックするから」
…それ、脅迫か? それとも、そう思うのは俺の被害妄想なんだろうか。
「じゃね。また明日!」
にっこり笑って手を振って、芙美は駆け戻っていった…その「にっこり」は絶対反則だ。
(…どうしよう…これ)
しばらく呆然としたまま、俺はその場に立ち尽くす。
その重箱を抱えたまま俺が途方に暮れていたら、
「ねーちゃん、かーちゃんが風呂入れって」
「分かった分かった。ありがとうね、徹。あれ? アンタどこ行くの」
「ちょっとそこ。涼兄ちゃんに話があるんだ」
「すぐ戻ってらっしゃいよ?」
「はいはい」
芙美の玄関先でそんな会話がして、アイツと入れ違うように軽い足音が近づいてきた。
「涼兄ちゃん、久しぶり。元気か?」
「ああ、徹」
俺も時々遊んでやったことのある、四歳年下の芙美の弟が、なんだか哀れむみたいに俺を見る。中学に入っていきなり背が伸びたみたいだ。
「兄ちゃんも大変だよな。ねーちゃんの手料理、毎日食わされてるんだろ?」
「ああ、まあな」
「大変そうだ」なんていう言葉とは裏腹に、徹は割りとあっけらかんとした調子で俺に話しかけてくる。
「ねーちゃんの料理は美味いと思うけど、あれが毎日じゃ、さすがにデブるよな。なんたって『質も量も』だもん。俺の小学校の遠足の時だって、いつも張り切って作ってくれてたんだけど、いつだって全部食い切れないんだよ。だからさ、俺、そういう時なんかはクラスの女の子と弁当交換したりしてたんだ」
なるほど、その手があったか! 徹の言葉が、天の啓示みたいに思えた。
「結構喜んでくれるんだぜ。ねーちゃんの弁当は何だかんだ言っても美味いし、俺のポイントも上がるしさ」
なら、あの北条に…ほんとは全然気がすすまないけど…、芙美の弁当をやればいいんだ。
「で、参考になった?」
気がつけば、徹はニヤニヤと俺を覗き込んでいる。
「ああ、助かった。サンキュ」
「大変だよな~、ほんっと。ねーちゃん、あれで怒るとマジ怖いもんな。俺、中学も昼メシが給食で良かったよ。うちの父ちゃんみたいにわき腹に肉がついたら人間、オワリだもんなー」
じゃ、と一声残して、徹も去っていった。
…最後の一言が、俺の胸に鋭く突き刺さる。
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