そして彼は葛藤する。

「でもねえ」

 咄嗟に気の利いたことを言い返せなくて言葉に詰まった俺へ、だけど先生はすっと真面目な顔になって、

「幸せなのはいいけど、 健康管理は自分の責任だからね」

「へ?」

 突然話が飛んで、俺はきょとんとした。先生は構わず、

「君、最近急激に太ったような気がするのよねえ。君みたいな年頃から体重を増やしたら、私くらいになってから痩せるのに苦労するわよぉ? 無理にとは言わないけどさ、ダイエットしたほうがいいんじゃない? んじゃっ!」

 俺の目の前を一瞬に暗くするような言葉を投げつけて、先生は教室のほうへもどって行く。

 その途中で芙美とすれ違って、

「あ、先生、さよなら~」

「はいはい。気をつけて帰るようにね」

 芙美も先生に手を振って、俺のほうへ走ってくる。

 俺、ほんと、一番言われたくない人にばかり、一番言われたくないことを言われてるような気がする。

「りょーうくん! もう、風邪引いちゃうよ? 大丈夫?」

「ああ、大丈夫。いつものことだから」

 教室って、なんだかんだで人が多くて、変に温くなる。そこで寝ても近頃何だか、暑くて仕方が無いから…ひょっとして太ったせいなのか?

「でね、そのときマコちんのお父さんったらね。カナヅチを足の上に落として、ぎゃあ、って言ったんだって!」

 早速、芙美と並んでガッコから帰る途中、コイツの明るい笑い声を隣で聞きながら、俺、本気で思った。

(今日の晩飯、抜きにしよう)

「で、涼くん」

「ん?」

 話が一区切りついたのか、芙美は俺の顔をいたずらっぽく見上げて、

「今日、涼君とこのおじさんとおばさん、いないんでしょ」

「ああ。そうだけど」

 まあ、あの人たちの場合、まともな時間に家にいることのほうが珍しい。

 俺が頷くと、芙美は嬉しそうに続けて言った。

「じゃあ私、涼君の家に行って、晩御飯作ってあげる」

「いいのか?」

(しまった!)

 …思わず言ってしまって、俺、死ぬほど後悔した。

「うん、もちろんだよ! 何かリクエストある?」

「そうだなあ」

 嬉しそうに尋ねてくれる芙美を見たら、やっぱりいい、とは言えなくて、俺は考え込んだ。こういう時は、何かあっさりした物がいいって、テレビで言ってたような気がするんだけど…だけど、

「うん、じゃあ、ピリ辛焼肉定食にしよう!」

 俺が答える間もなく、芙美は決めてしまった。

「おい…」

「そうと決まったら、ほら! 早速スーパーに寄って、材料買わなくちゃ。急いで急いで!」

「あ、ああ、うん」

 結局流されてしまって、俺はお前に手を引っ張られたままスーパーへの道を一緒に走る。

 頼むから、もう少しゆっくり走ってくれ…息が切れる。


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