そして彼は気づいた。

 そして今日も無事にガッコから引けて、夜。

「はい、梁川やながわちゃん、いいよ。今日はここまで。お疲れさん!」

 カメラさんの声で、スタジオの中にほっとした空気が流れた。撮影も無事に終わった。

 後は帰って寝るだけだ。

(いや、楽しみはまだあるな)

 芙美がバイトしてる喫茶店のコーヒー。アイツの笑った顔と、エプロン姿を思い描いて 俺の口元は少し緩んだ。芙美ふみは最近、急に可愛くなったから、アイツ目当てで来る客も増えてる。

 早いとこ行ってガードしないと、って考えてたら、

「ちょっと涼介りょうすけちゃん、いい?」

 今回の撮影のプロデューサーでもある聖護院しょうごいんセンセイが話しかけてきた。そう無下にもできないから、俺はしぶしぶ応じる。

「何っすか」

 芙美以外に愛想を振りまく必要も無いから、つい声も素っ気ないものになる。去年のクリスマス、街で芙美と歩いてたら受けたいきなりのスカウト。芙美が「やってみなよ」なんて言わなかったらきっとモデルなんてやらなかったし、別に今だって特に続けたいわけじゃない。いつだってやめていい。

 それに雑誌にちょくちょく載るようになってから、ガッコの中でも知らない奴らに声をかけられたり、女に追いかけられたり…うざったいことばかりだ。

「んー。その無愛想さ、ス・テ・キ」

「…俺、用があるんで」

「あらいやだ、そうじゃないのよん」

 帰ろうとする俺を、ちょっとカマッ気のあるこの先生は慌てて呼びとめた。

「ちょっと話したいことがあるの。ここじゃなんだから、スタッフルームの方へ、ね」

 有無を言わさず腕を掴んで引っ張っていかれる。これがまた、すごい力なんだ。

 中のソファに無理やり座らせられて、俺はため息をついた。

「単刀直入に言うわね、涼介ちゃん」

「どうぞ」

 そう、メシとクソは早いほうがいいっていし、単刀直入、大いに結構だ。 

 俺が促したら、先生もなぜか大きなため息をついて、

「アナタ、太ったわよ。そこはかとなく」

「…は?」

 聞き違いかと思った。先生は、そんな俺にじれたようにもう一度言った。

「だ~か~ら、アナタ、太った、って言ってるの!」

「そうですか?」

「そうですか?じゃないでしょ。最近、ズボンのボタンが止まらないとか、ファスナーが上がらないとか、そんなことあるでしょうが?」

「…はあ」

 確かに思い当たる節はある。今朝も、学校指定制服のズボンのファスナー、上がらなかった。

 ケツの辺りで音もしたのは、そういうことだったのか。でも先生、何で分かるんだろう、さすがファッションデザイナーだ。

 納得と驚きの混じった顔をした俺に、先生は決め付けるように言う。

「モデルとしてのアナタに、期待してる人たちの気持ちを裏切らないでね。早速、ダイエット始めてらっしゃい! 人間はね、わき腹に肉がついたらオシマイなのよっ!」

「…はあ」

 ダイエットしろ、って言われても、経験がないから何をしたらいいのか皆目見当がつかない。

 それにやっぱり、モデルをこれからもやりたいわけじゃないから、別に太ったって構わないと俺は思うんだが。

「いいわね? 次の撮影が三日後だから、それまでに1キロでも減らしてきて頂戴! 

 涼ちゃんとこの社長にも話、通しておくわヨ。デブの梁川涼介なんて、誰も見たいとは思わないんですからねっ!」

 …全くもって、めちゃくちゃな言われようだ。芙美がバイトしてる喫茶店へ向かいながらの夜道、俺は考えた。

 そんなに俺、太ったか? だとしたら、原因はなんだ?


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