第259話 自業自得

 私は絶望した。

 耳にした言葉を現実だと理解したくない。

 きっと、何かの聞き間違いだと、そう思いたい。

 血の気が引いていくのを感じる。

 身体が、絶望と恐怖に震え始める。

 だが、私はそれを信じたくなかった。

 きっと、幻聴かなにかの間違いだと信じたくて私は聞き直した。


「う、嘘、ですよね?私の、私の聞き間違い、ですよね?」

「嘘でも聞き間違いでもないです」


 嘘でも聞き間違いでもない。

 血の気が引くどころか、首から背中にかけてスーーと冷気が吹き掛けられた様に冷えていく。


「そ、そんな、じゃあ、本当に」

「はい。神白さんのお家に報告しました。流石に、登校してから一週間、授業中に何度も眠りすぎです」

「いやあああアァァァァーーーーーー!!!」


 ここが職員室である事も関係なく、恥も外聞もなくムンクの叫びの如く絶叫した。

 家に報告された。

 それが、なにを意味するのか。


 我が母に知られる。


 うん。私、終わった。


「酷いよ先生!なんて事をしてくれてんだよ!!」

「生徒の授業態度が悪かったらご家庭に報告するのは普通ですよ?」

「ごもっとも!だとしても、まだ登校開始から一週間程度じゃんか!身体が学業に慣れてないとかあんじゃん!もう少し報告が先でも良いじゃんか!!」


 悪い側がなに言ってんだと思うだろう。

 私だって自分で言ってて「いや、自業自得だろ?」と思うよ。

 けどね、生物を超越した存在になろうとも、親に自分の悪い事がバレるのは怖いんだよ!

 まぁ、もうバレてるけどなあチクショウがァ‼️


「それですよ」

「はぁ?」


 私の発言に対し、左手でお腹を擦りながら指差してきた担任の斎藤先生へ意味がわからず怪訝な表情を向けると、斎藤先生は話し始めた。


「何度注意しても度々眠る。単に授業態度が悪いだけならそれで話は終わりです。ですが、神白さん達の場合は一年近くも行方不明だったという問題があるんですよ。もし、行方不明だった時の事でなにかしらの身体的な問題が起きていたら。そういう可能性もあり得るので念の為にお家の方へ報告したんです。『神白緋璃さんが何度注意しても授業中に眠ってしまいます。もしかしたら、行方不明だった事が影響で身体や精神の方になにか問題があるかもしれないのでご報告しました』って」

「別にそこまで慎重にならなくても」

「神白さん本人はそうでも、学校側はそうはいかないんですよ。言い方は悪いですが、プライベートなら兎も角、学校に居る際に生徒になにかあれば学校側に責任があるんです。特に今は糞ったれなマスコミも餓えたハイエナみたいに彷徨いてるから尚更。万が一にも何かが起きて嗅ぎ付けられたら近日中には雑誌にある事ない事好き放題に書かれてるでしょうね」

「うっわぁ、目茶苦茶想像出来ちゃった」


 ゴミの擬人化共ならやるだろうね絶対。

 自分が書いた雑誌で人の人生を壊しても平気で同じ事をするクズだもん。

 喜び勇んで捏造盛り盛りな存在価値ゼロな雑誌を書いて貴重な紙という資源を無駄遣いしてるだろうよ。


「そういう訳です。理解しましたか?」

「まぁ、はい。不承不承ですけど」

「……自業自得ですからね?」


 ジト~~とした斎藤先生の視線から目を反らす。

 そんな目で見ないでほしい。

 嫌でも自分に非があると思ってしまうではないか。


「というかですね。私としては寧ろ疑問すら感じているんですよ?」

「?疑問とは?」


 はて?疑問とはなんぞや?

 私なんか睡眠以外にしたっけ?


「行方不明になる前までの神白さんは、教師間では評価が高かったんですよ?校内校外問わず、困ってる人が居れば手助けする善人。授業態度は良く居眠り無し。テストでは毎回上位に名を連ね、オマケに運動神経も抜群で体育の成績も良い。まさしく文武両道。一部の教師間では、神白さんさえ良ければ次期生徒会長になんて話もあった程です」

「絶対に嫌です。てか、過大評価しすぎです」


 誰だよその完璧超人。


「安心して下さい。今はそんな話は微塵も無いですから。それと、先程の話はまだ途中です。あくまで、評価の一部ですよ。文武両道。しかし、同時に正統性さえあれば、躊躇い無く暴力へ走る狂人。己の悦楽の為に暴走する愉快犯。善悪カンストの異常者。これが、行方不明前の神白さんへの評価の全てです」

「酷くないです?泣きますよ?」

「どうぞ?」


 …………。


「で。それが、どう疑問に繋がるんですか?」


 特に疑問に感じる箇所があっただろうか?

 本人だからってのもあるが、特に私には疑問に感じる箇所はなかったのだけど。


「神白さんは、常識がぶっとんだ性格をしてますが、授業は常に真面目に受けていました」

「まぁ、ですね」


 シレッと常識がぶっとんでるとか言いやがったぞコイツ。

 私、一応はあんたの生徒だぞ?


「ですが、行方不明の間に何かあったのか今では悪方面の性格が悪化。授業も常に上の空で眠る事も何度もあります」

「おいこら、サラッと性格が悪化とか言ったな」

「ここが疑問なんです」

「コイツ、無視しやがった」

「教師の荷物運びを手伝った。迷子の子供や老人を交番に案内。不良に絡まれる生徒を守った。コンビニ強盗を捕まえた。色々と神白さん案件の報告が学校に来てるんです。悪化したとはいえ、それでも授業以外では以前とそう変わりありません。なら、授業態度も変わらなくても良いのでは?…と。……神白さん、学校は、いえ、授業は、つまらないですか?」

「」


 ハァ~~いきなり真面目タイムかぁ。


「はぁ~……つまらないか、つまらなくないか。どちらかと言われれば、つまらないですね」

「そう、ですか」


 斎藤先生は私の答えがわかってたのかそこまで表情を変える事なかった。

 まぁ、あんだけ寝てりゃ予想はつくわなぁ。


「当たり前の事ですけど、行方不明だった間は私もクラスメイトの皆も勉強なんて出来ませんでした」

「は?あ、いや、行方不明だったなら、それが当たり前ですよね。でも、だとしたらテストの点数はいったい」

「単純な話ですよ。戻ってきてから勉強しました。数日掛けて私が二年の範囲を頭に叩き込む。残りの進級テストまでの間、皆で集まって勉強合宿。朝から晩まで泣き言言う奴には更なる勉強を叩き付けてスパルタに。で、その結果が今」


 いや~本当、大変だった。

 全員の頭に丸々一年分の知識を微塵の漏れなく叩き込まないといけなかった。

 時間が幾らあっても足りないってのは、まさしくあの時の事を言うんだろうって思うよ。


「それ、本気で言ってます?」


 どこか引き攣り顔でそう言ってくる斎藤先生へ真顔で頷いて返す。


「はい。本気も本気、マジですよ?」

「うわぁ」

「種も仕掛けもない、単純明快なドストレートですよ。カンニングしたとでも思ってたんですか?」

「あぁ~えっと」


 私から目を反らす斎藤先生。

 どうやら図星なようだ。

 まぁ、カンニング以上のファンタジーパワーでズルをして勉強したって秘密があるんだけどねぇ。


「まぁ、ぶっちゃけ先生達がどう思ってようが、私としてはどうでも良いです。過程も大事ですが、もっとも大事なのは結果。先生、そうでしょ?」

「一概には言えませんが、そうですね」

「結果が伴はなければ、過程でどれだけ努力、苦労してようが意味は無い。人間社会なんてそんなもんです」


 厳しい世の中だよ、人間社会って。

 そんなんだから社畜戦士は無限に生まれ、自殺者が後を絶たないんだよ。

 腐ってるよねぇ。

 本当、人間って愚かな生き物だ。

 っと、いけね、話が盛大にそれちゃってる。


「なんか話が変な方向にそれたので話を戻しますけど、私には二年で習う勉学を独力で学び終えてるんです。習う前に既に結果が出てるんですよ」

「うっわ。すっごい自信満々な物言い」


 引いた顔で私に言ってくるのを無視し、私はスッと椅子から立ち上がり後ろ手で手を組ながら話していく。


「全てわかってる事を時間を掛けて説明されるのって結構辛いんですよ?先生にもわかりやすく言えば、小学生の算数の授業を受ける様なものです」


 先生に背を向け、フラ~と歩いていく。


「今更、足し算や掛け算、割り算の説明を真面目に聞けますか?私は無理です。あいにくと、私は自分から苦痛を味わいたいドMではないのですからねぇ。睡眠っていう楽な道に逃げるんですよ。人間、怠惰で愚かな生き物ですから。では、失礼しますね」


 扉を開けて一礼し、職員室から出ていく。

 職員室から出ていくアカリを見送り数秒……茜は、ハッとする。


「ちょっ!!?まだ話は終わってないですよ神白さん!!」


 姿が無いのに呼んだ所で時既に遅し。


「~~っ!!あんの糞ガキーーーー!!!」


 してやられたと気付いた茜は頭を抱えて叫び、周りで見守っていた教師一同は茜への同情とアカリの極めて自然な逃走に軽く戦慄したのだった。


 ※※※※※


 逃げる時には自然体。

 どこで聞いたか覚えてないが、ものは試しと実践してみれば効果は抜群でしたわ。

 てな訳で、逃走成功したし放課後なので帰ろうと思ったのだけど、思わぬ待ち人がいたよ。


「帰ってなかったんだね瀬莉」


 はい。我が親友の瀬莉だよ。


「前まではちょくちょくアカリと帰ってたけど、最近は一緒に帰ってなかったからねぇ。迷惑だったかい?」

「いんや、全然。ばっちこいだよ」

「ばっちこいって、そういう使い方だっただろうか?」

「さあ?」


 はて?どうなんだろ?


「まあ、気にする事でもないし別によくない?」

「それもそうだね。そうだアカリ。冬春の二人に聞いたんだが、美味しいクレープ屋さんがあったらしいんだ。良かったら帰りに食べに行かないかい?」

「良いよ。そんじゃ、行こっか」


 クレープ屋さんへ向かって出発進行~♪


「先生とは何を話してたんだい?」

「寝すぎ。家に報告したよ。って言われた」

「……ドンマイ」

「骨は拾ってくれたら嬉しいです」

「あぁ、薬の材料にでも活用するよ」

「あの、せめて人工ダイヤモンドにでもしてフェリに送ってもらえると」


 流石の私も薬の材料は嫌かなぁ。


「………冗談で言った私もなんだが……その返しは、ちょっと引いたよ」

「えぇ」


 私も半分冗談で返したのに、その反応は理不尽では?

 まぁ、だからといって別にどうこうなる訳じゃないけど。


「あ、ねえ瀬莉、それ、調子はどう?」

「これかい?問題はないよ。正常に働いてくれてるよ」


 そう言って左手を持ち上げた瀬莉の手首には、金属製の腕輪が嵌められていた。

 腕輪の正体は、日本に帰ってから私が皆に渡した防犯用の腕輪。

 悪意を持って近付くと装備者を認識出来なくなるちょっぴり高性能な優れ物だ。

 けど、瀬莉の腕輪だけ追加機能があり、思い出すだけで苛つく件のトラウマ対策として精神安定の効果も付与されている。


「これのおかげで私生活を送れてるし、私はこうして学校を登校する事も出来ている。異世界から日本に帰してくれただけでも返しきれない程の恩を感じてるのに、アカリには感謝してもしきれないよ」

「別に気にしなくても良いのに。結局、殆んど瀬莉の事は皆に丸投げしちゃってたし。その腕輪位しかメンタルケアしてないしさ。……まぁ、恩を返したいんなら、信仰でも捧げてくれれば良いよ。こんなんでも、一応は神様だからね」

「フフ、なら、そうさせてもらうとするよ」


 うんうん。そうしてくれたまえ。

 まぁ、私としては、そうやって笑顔で過ごしてくれさえすれば十分なんだけどねぇ。

 死ぬ思いどころか、文字通り死ぬ苦労をして日本に帰した頑張りが報われたって思えるからさ。


「あ、そうだ。アカリはグループLI○Eは見たかい?」

「ん?グループL○NE?職員室に呼び出しされたから放課後は見てないけど、なんか上がってたっけ?」


 誰かやらかしたりしたんかな?

 そうなら、土日明けの月曜日にでもネタにして笑ってやるんだけど(^ ^)


「そのにやけ面からして面白いネタを求めてるんだろうけど、残念ながら違うよ」

「チッ、違うのか」

「うっわぁ、凄い舌打ちだねぇ。LI○Eだけど、土日に集まれる人で遊びに行かないかって話だよ。それで、良かったらアカリも遊びに行かないかって誘い。どうかな?」


 なんだ、ただの遊びの誘いかぁ。

 う~ん、タイミングがちょっと悪いなぁ。


「ごめん。明日明後日は異世界の方に行く予定なんだ」

「そうなのかい?それは残念だよ。アカリと遊びに行けば確定でトラブルが起きて楽しめただろうに」

「おいこら」


 私は演出装置じゃねえぞ。

 極々普通の世界のバグだっての。


「まぁ、異世界側でなにかトラブルが起きるだろうし、帰ってきたらグループに何があったか上げてくれたまえ。ネタの提供期待してるよ?」

「謹んで遠慮させてもらいます」

「却下で」

「絶対やだ!笑われるじゃんか!!」

「当たり前だろ?人の不幸は蜜の味と言うじゃないか。アカリの場合は人じゃなくて神だけど」

「最低だコイツ!」


 クソ~前は人のトラブルを笑う様な子じゃなかったのに、こんな性悪な性格になっちゃって。

 私はほんのちょっぴり悲しいぞ。


「ハッハッハ、それで?異世界には何をしに行くんだい?」

「向こうの友達の女の子の様子を確認したり、女神様に顔見せに行ったり。後、少しストレス発散に魔物狩りにね」

「ストレス発散って。そんなにストレスが溜まってたのかい?」

「まぁねぇ」


 軽く肩をすくめながら私は瀬莉にそう返した。


「結構前だけどさ、瀬莉を救出して、王都に帰った時に話してたじゃん。私が吸血鬼になり、進化を重ねた事で狂暴性が増してるって」

「あの時の。一年も経ってないけど、懐かしい話だねぇ」

「そうだね」


 懐かしむ様に少し目を細め、空を見上げながら私は話を続ける。


「あれから進化を続けて、更に邪神にまでなった。吸血鬼であり同時に邪神なんてもんになったせいで、無駄に力があるから程ほどに力を振るって発散しないとストレスが溜まっちゃうんだよね。力があるのに満足に振るえないむず痒さっていうか、窮屈さっていうかさ」


 参っちゃうよねぇ~まぁ、殆んど自業自得だけど~タハハ~とおどける様に笑いながら瀬莉へ言う。

 私の話を聞き、理解は出来てはないだろうが納得したのか瀬莉は頷いて返してくれた。


「それはなんというか、大変だねアカリ」

「本当だよまったく。権能で無理矢理この感情を消す事も出来なくはないけど、自分の感情を消すとか嫌だし。だったら、昔みたいに異世界で魔物を狩ってストレス発散しようかな~ってね。そうすれば、ストレスも発散出来る上に素材も集まって一石二鳥だし」

「その時は幾つか素材を分けてくれるかい?」

「良いよ~また今度にでも良さそうなの渡すね」

「あぁ、楽しみに待ってるよ。あ、この通りを進んだら着くよ」

「そうなの?楽しみ」


 もうすぐ着くと言われ、私はニコニコしながら瀬莉と共に通りを歩いていった。


 ・

 ・

 ・


「ただいま~」


 あの後、クレープ屋さんに着き、私はイチゴで瀬莉がブルーベリーを買ったが、冬春がオススメするだけありとても美味しかった。

 イチゴの甘さと酸味、クリーム特有の濃い甘さの相性はやはり抜群。

 これだから甘味は最高だよ。

 今週は少し無理そうだが、フェリやヒスイにも食べてほしいし、今度の休みにでも一緒に行きたいものだ。


「アカリ様、お帰りなさい」

「ママ、お帰りなさい」

「うん。ただいま二人共」


 手を洗うべく洗面所へ向かう途中でリビングから出迎えの言葉を掛けてくれたフェリとヒスイに言葉を返し、リビングを通り過ぎようとした………その時。


「緋璃」

「ッ!?」


 私に掛けられた、温度の感じられない冷たい声。

 ビクッとし、ギギギっとゆっくりと振り返り、リビングに居る声の主……我が母を見る。


「た、ただいま、お母さん」

「えぇ、お帰りなさい緋璃」


 リビングのテーブルに頬杖をつきながら座る、目の笑っていない我が母。

 瀬莉とのクレープ屋さんでの買い食いで完全に忘れていた。


「あ、あの、手、手を洗ってきてもよろしいでしょうか」


 冷や汗だらっだらで私は手を洗いにいく了承を取る。

 あわよくば、了承を得たらそのまま逃げよう。

 そう、考えたのが悪かったのだろうか。


「良いわよ。ただし、手を洗ったら即座にリビングに来てそこに座りなさい。理由は言わなくてもわかってるわよね。逃げようだなんて、考えるんじゃないわよ?」

「は、はひぃ」


 あ……終わった。


 そう確信しながら、私はトボトボと洗面所へと手を洗いにいった。

 そして、授業中の居眠りの罰として一週間ゲーム、漫画、ラノベ、アニメが禁止された。


 地獄か?

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