第258話 授業は真面目に受けましょう

 天気は晴れ。

 ほどよく雲が空を流れ、暖かい日射しが降り注ぎ、時間も9時を過ぎた辺り。


「おばあさんや、少し畑へ行ってくる」

「気を付けるんだよじいさん。ご飯を作って待ってますね。あぁ、そうだ。待っておくれじいさん。天気が良いから飲み物を持っていって。熱中症になって死んでしまうよ」

「おお、すまんなばあさん。それじゃあ、行ってくるよ」


 畑の様子を見に行こうと思い、ばあさんからお茶の入った水筒を受け取り、儂は玄関を開けた瞬間に固まった。

 決して歳による急性の心筋梗塞で身体が動かなくなったりしたわけでない。


「な、なぁっ!?」


 あまりにも思いもよらぬものが見えたから。


「こ、子供が、女の子が倒れておる!?」


 我が家の玄関の前で、女の子が倒れていたからだ。


「ばあさん!ばあさんや!来ておくれ!!女の子が家の前で倒れておる!!」

「なんですって!?」


 咳き込みそうになる大声でばあさんを呼び、歳でがたついている足を動かし女の子の元へ急ぎ向かう。

 うつ伏せで倒れており、顔も地面に面しているので端からは表情は全くわからない。

 しかし、今日の天気は気持ちいい位の晴れ。

 夏が終わり秋に向かう季節といえど、日射しに照らされ、水分補給を怠れば熱中症にならないとは限らない。


「大丈夫か!おい!意識はあるか!」


 焦りながらも慎重に倒れる女の子の側に膝をつき大声で呼び掛けるも反応しない。

「すまん」と謝罪し、女の子の身体に触れて仰向けにして顔と呼吸を確かめる。


「少し顔色が悪いが呼吸は安定している。軽い熱中症かの?ん?これは、地図?」


 この女の子が持っていたのか、傍らに開かれた地図が地面に落ちていた。

 こんな女の子がなんで地図なんて持っていたのか気になるが、今はそんな事を気にしている暇はない。


「じいさん!」

「ばあさん、来てくれたか」


 背後からばあさんの鬼気迫る声が聞こえ、後ろを見れば、聞こえた声同様に緊迫した表情をしたばあさんがいた。

 ばあさんも儂と同じで歳で身体ががたついて辛いだろうに無理して急いで来てくれたようだ。


「その子の具合は」

「気絶している。見た感じだが、軽い熱中症だと思う」

「それならよかったよ。けど、このままじゃ良くないね」


 ばあさんの言葉に「ああ」と頷いて返す。

 可愛いひ孫より少し大きい……小学生か、よくて中学生位だろう。

 そんな子供を知らない子供だからと置いたまま等、歳を重ねた老人として、いや、一人の人間として出来はしない。


「どこの子かわからんが、一先ず儂らの家で寝かしてあげよう。すまないがばあさん、運ぶのを手伝ってくれんか。一人じゃ腰をやりかねん」

「勿論ですよじいさん」


 ただでさえ全身がたついてボロボロ。

 ここにぎっくり腰なんて来ようものなら一歩も歩けなくなってしまう。

 本当なら同じように全身ガタガタのばあさんに手伝ってもらうのも避けたい所だし、出来る事なら若者に手伝って欲しいが、あいにく此処は田舎で年寄りしか居ない。

 息子も娘も結婚していて家には居らず、仕事や孫の学校もあって此処から遠い都会暮らし。

 なので、自分達で運ぶしかない。


「いくぞばあさん」

「はい」

「「せえの!!」」


 ふん!と息を合わせて全身に力を入れて女の子を持ち上げる。

 膝が、腰が、肩が、腕が痛み「イヤーーーー!!」と悲鳴をあげる幻聴が聞こえるが、ここで女の子を下ろしてしまったら絶対にもう持ち上げられない。


「「ふうッふうッふうッ!」」


 息を合わせる掛け声すら発せず、口から出てくるのは苦しい吐息のみ。

 身体中の節々の痛みによる今すぐ手放したい気持ちを「ひ孫に歳近い女の子を放り出せるものか!!」という庇護欲で押し殺し、なんとか長靴を脱ぎ、気合いで寝室へと運んでいく。


「「ハァハァハァ、は、運べた」」


 息が苦しい。

 全身が痛い。

 心臓がバクバクしている。

 絶対に血圧が倍加している。

 ヤバイ、身体が驚いてショック死するかもしれない。


「ば、ばあさん、ハァ、ハァ、大丈夫か?」

「ハァハァ、だ、大丈夫、ですよ、ハァハァ……じいさん。ちょ、ちょっと、死にそう、ですが、ハァ、ハァ……ゲホッ、少し、休憩すれば、じいさんこそ、大丈夫ですか?」

「儂も、大丈夫だ。布団敷いて、ハァ、ハァ……寝かしておくから、ばあさんは、濡れたタオルと冷え枕を持ってきてくれんか」

「ハァハァ、わかったよ、じいさん。すぐ、ハァ……持ってくるよ」


 ふらつくばあさんが立つのを支え、寝室から出ていくのを見送り、儂はもう一踏ん張りと己を鼓舞して押入れから布団を引っ張り出して畳の上に敷いていき、女の子には少し悪いが、身体を転がして布団の上へと仰向けに寝かせた。


「後は、ばあさんを待つかの」


 畑に行くつもりが、まさか畑に行く事なくこんな重労働をする羽目になるとは。

 フラフラという訳ではないが、体力をかなり消費してしまったので今日は大事を取って畑に行くのは止めた方が良さそうだ。

 無理をしては歳だし身体に悪い。

 最悪、熱中症になって倒れてそのままあの世へ旅立つ事になるかもしれない。


「もう少し若ければ無理も出来たんだが、歳にはかてんのう。こればかりは、仕方ないことか。……ん?」

「ん、んぅ」

「目が覚めたかのう?」


 微かに女の子が動き、声が聞こえて目が覚めたのかと思い女の子を見つめる。


 すると


 ぐぅ~~~。


 小さいが、確かに耳に届いた音。

 音の発生源は、目の前の女の子のお腹。


「じいさんや、タオルと冷え枕持ってきたよ」

「ばあさんや、ありがとう。それとすまんが、昼のご飯を一人分増やしといてくれんか」

「その子の分ですね。勿論ですよ」

「すまんのばあさん」

「いえいえ、構いませんよ。それじゃあ、私はお昼ご飯の準備を始めますね」


 ばあさんが台所へと行ったので、儂は儂でやる事をやってしまおうと濡れたタオルで女の子の顔や首を拭いてやる。

 本当なら身体をしっかり拭いてあげた方が良いが、子どもでも歴とした女性。

 男である儂が許しなく女性の肌を晒して触れるのは良くない。

 見た感じ重度の体調不良という訳ではなさそうなので、しっかりと汗を拭くのは本人が目を覚ましてからが良いだろう。


「冷え枕を頭の下に置いて……これでよし。……それにしても、この子は何処の子供なんだ?」


 ここは都会から遠く離れた田舎。

 住んでいるのは自分と同じ老い先短い爺婆ばかり。

 少し離れた先には大きな武家屋敷に住む一家は居るが、あの一家が日中に外を歩くのは全く見た事がない。

 外出するとしても、儂や近所の者が見た事あるのは一目で高いとわかる車で遠出していくのを見た事があるだけ。

 それにそもそも、一家との交流はほぼ皆無だが、あの一家の子供は中学生や高校生、大学生位の見た目で目の前の小学生~中学生位の女の子は一度も見た事はない。

 最近、自覚はないがばあさん曰く、歳のせいか少し記憶がボケてるらしいが、こんな女の子は居なかった筈だ。

 となると、近所の誰かのひ孫だろうか?


「まぁ、この子が目を覚ましたらわかるか」


 記憶がボケてるらしい儂の頭で考えた所でなにかわかる筈もない。

 儂の様な爺は余計な事はせず、大人しくこの子が目を覚ますのを待てば良い。

 ばあさんの手伝いをするべく、儂は立ち上がり台所へと向かった。


 ※※※※※


 ばあさんと共にご飯の準備を終え、時間も正午を少し過ぎた頃。


「んぅ……ここ、どこ?」

「おお、目が覚めたかい」


 眠そうに目を擦りながら台所へ歩いてきた女の子を見て儂は内心でホッと安堵しながら話し掛けた。


「此処は儂とばあさんの家だよ。どこか具合が悪い所はあるかい?」

「?……おなか、すいた」

「ハハハ、そうかそうか。なら、直ぐにご飯を持ってきてあげるからね。ばあさんや、ご飯にしようか」

「ですね。直ぐに並べますね。待っててね。直ぐにご飯を持ってきてあげるからね」

「んぅ?」


 不思議そうに首を傾げる女の子を椅子に座らせて儂はばあさんを手伝い配膳し、ご飯を茶碗によそって机に並べていく。

 ご飯、味噌汁、焼きさば、おひたし。

 お茶とコップも机に置き、箸も配った。

 手を合わせ、食材と神様への感謝を送る。


「いただきます」

「いただきます」

「?いた、だます?」


 食事を始め、箸を使い慣れていないのか不器用に箸を使いご飯を食べていく女の子にほんわかと儂とばあさんは微笑み、ある程度ご飯を食べた所で儂は女の子へと話し掛けた。


「なあ、お嬢ちゃん」

「?」


 ?と首を傾げながら自分を指差して儂を見る女の子へと「そうだよ」と頷いて返す。


「儂は塩田平吉って名前だ。平吉でもおじいさんでも好きに呼んでくれ」

「私は塩田伊瀬だよ。私も伊瀬でもおばあさんでも好きな呼び方で良いよ」

「?……うん。おじいさん、おばあさん」


 どこか理解するのに時間がかかる様に数秒首を傾げ、女の子は儂とばあさんをそう呼んだ。


「うんうん。それでお嬢ちゃん、お嬢ちゃんはなんて名前なんだい?」

「んん?……のろ、いご」

「は?」

「え?のろいご?」


 儂とばあさんは思いもしない名前に唖然とした。

 しかし、直ぐに聞き間違いと思い直す。


「いや、のろ、いこ、か?」


 流石に名前が呪い子ではないだろう。

 そう思い、女の子へと聞き返す。


「のろいこが名前で合ってるかい?」

「うん」


 良かった。

 のろいこ……漢字だと野呂伊子とかだろうか?

 のろいごなんて酷い名前じゃなくて本当に良かった。


「そうかい。じゃあ、いこちゃんって呼ばせてもらうよ」

「うん」


 いこちゃんの了承も貰えたので、儂は気になっていた事を食事の邪魔にならない合間合間で質問していった。

 それでわかった事だが、いこちゃんの家は近くらしい。

 誰かはわからないが、誰かのひ孫だろう。

 外で倒れていたのは、話を聞くにどうやら誰かに会いに行く最中だったようで、熱中症と空腹で倒れてたみたいだ。

 何故か地図の○されたページを見せて儂とばあさんに「ここ!ここいく!」と言ってたが、その○された場所は此処から幾つも県を挟んだ遠くの県。

 どうしたのか?と思いながらも「そこに行くなら車か電車で行けるのう」と返したら「ん!わかった!」と返された。

 まさか、これから行く訳でもないだろう。

 いつか行ってみたい場所で行き方を聞きたかったのだろうか?

 若者は都会に憧れているとよく聞くしのう。


「よく眠っておるのう」

「そうですねじいさん」


 そうして、食事といこちゃんから話も聞き終わり、満腹になって眠たくなったのか、いこちゃんは再び寝室で眠りに就いた。

 その可愛い寝顔を見ながら儂はばあさんへと話し掛ける。


「それにしても、凄かったのう」

「そうですね。最近の都会は鏡にテレビを映せるなんて、とても驚きましたよ。やっぱり、田舎と違って都会は進んでるんですねぇ」


 いこちゃんが突然、ぶつぶつと呟いたかと思ったら「ん!」と言って台所にある鏡に指差したら、そこに綺麗な黒い服を着た、背中に六枚の赤黒い翼と頭に輪が浮かんだ、白色の髪と赤い瞳をしたこの世の者とは思えない綺麗な人が映っていたのだ。


「全然見た事ないですが、あれが映画っていうものなんですかね?」

「かもしれんのう。多分、神様が悪い奴を倒す映画だろう」


 実際は本当に映画なのかわからないが、鏡の中で神様らしき人が森の奥らしき湖で恐ろしい顔の青い大蛇と戦っていた。

 いこちゃんも「神様が悪い蛇を凝らしめる映画かのう?」と聞いたら「?かみ、さま?……ん!かみさま!」と言っていたし、多分、そういう映画で合っていたのだろう。


「迫力が凄くて見ていてドキドキしましたね」

「だのう。最近はしーじー?とかいうのが凄いらしいし、しーじーを使って作ったんじゃないかのう」

「本当、都会は凄いですね」

「そうだのう。さてと、それじゃあ、洗い物でもしてくるかのう。ばあさんは料理を作ってくれたから休んでてくれ」


 もう少しいこちゃんの寝顔を見ていたい気持ちはあるが、儂はその気持ちを押さえて昼ご飯で使った食器の洗い物をするべく寝室から出ていく。


「いえいえ、じいさんだって料理を作る時に手伝ってくれたんですから私も洗い物しますよ」


 二人でやれば、それだけ早く洗い物も終わる。

 わざわざ断る必要もないので「なら、一緒に終わらせるか」と返し、台所に行き洗い物を始めて少し……


『すんませーん』


 玄関から男性の呼ぶ声が聞こえてきた。


「はて?誰ですかね?」

「近所のやつらじゃないな。誰だ?」


 聞き覚えのない声に訝しみながらばあさんを台所に残して玄関へと向かい、玄関の戸を開くと全く見た事のない男が二人立っていた。

 二十代から三十代前半位だろうか?

 白いスーツを着た軽薄そうな雰囲気の男とガタイの良い黒いジャケットを着た粗暴そうな男という厄介そうな二人組。

 なんでこんな奴らがこんな田舎に?と思いながら、一先ず挨拶をする。


「こんにちは。一体儂の家に何用で?」

「いや~突然すんませんねぇ。実は聞きたい事がありまして」

「聞きたい事。一体どんな?」

「ここから少し向こうの山の近くにある家。あそこの家について何か知ってませんかねぇ」


 軽薄そうな男の質問に内心少し驚く。


「なんで、あの家について?」

「あんたが知る必要はないからさっさと知って事を答えろ」

「まあまあ落ち着けって。それで、何か知りませんかねぇ?」

「いやぁ、特にはなにも。儂や近所の連中は、あの家の家族と全く交流がないもんですから。せいぜいが、両親と男の子二人、女の子一人の五人暮らしだって事位しか」

「そうですかそうですか。いやぁ~突然来たのに教えていただいて恐縮ですわ。それでは、僕達はこれで失礼しますねぇ」

「チッ、ここも何も知らねえのかよ」


 歩き去る二人の背を眺めながら儂は一体なんだったのかと思いながら、ホッと何事もなく話が終わった事に安堵した。


「変な二人組だったが、なんだったのやら。まぁ、儂には関係ないかのう」


 疑問は浮かぶが、あの一家の事なら自分の様な爺が関わる事はまずない。

 直ぐに考えるのを止めて儂は洗い物をしているばあさんの手伝いに戻り、二人で洗い物を終わらせると一服するべくお茶をした。


 そして


 いこちゃんの様子を見に行くと、いこちゃんは寝室から姿を消していた。

 慌てて家中を探したが何処にも居らず、近所を聞き込みしながら探し回り、近所の友人がいこちゃんらしき女の子を車に乗せて何処かに走っていった事がわかった。

 あいつなら問題はないと一先ず誘拐や行方不明な訳ではない事がわかり安心したものの、儂もばあさんもいこちゃんとお別れの挨拶はしたかったと寂しく思うのだった。


 ※※※※※


「ッ!!?」


 おはようございます。

 慈愛の女神なアカリちゃんです。

 学校に毎日通いながら暇な授業を受ける日々を過ごしている私ですが、最近、暇すぎて授業中に寝ちゃう事があって困ってますねぇ。


「それじゃあ……神白さん、この計算を答えて下さい」


 チラッ


「8n-3」

「せ、正解です。それと、寝ないで授業は真面目に受けて下さいね?………(なんで寝てたのに直ぐに答えれるのよッ)ボソボソ」


 聞こえてるぞ。

 それと、チラ見して即座に計算しただけだが?


「ハァ~……ビックリした」


 いやはや、マジでビビった。

 深夜に口避け女に襲われる夢とか最悪だって。

 咄嗟に右のカウンターとジャーマン・スープレックスして沈めたけど、こんな悪夢はもう見たくないわ。


 授業中に寝た罰なのかねぇ~と思いながら、私は真面目に授業を受けるのだった。





 ーーーー


 ちなみに、作者が過去に一番ビビった悪夢は、ゾンビにマウントを取られて頭突きで心臓に木製の杭を打ち込まれる夢です( ´・ω・)シヌカトオモッタ

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