第256話 久々の学校

 時間は進み、授業を4限まで終え昼休みを迎えた。

 生徒達は各々持ってきた弁当、又は我先にと食堂へと突撃。

 友人同士で和気あいあいと楽しく昼食を食べていた。

 昨日見たドラマや芸能人やアーティスト、流行りの漫画やアニメ、ゲームの話で盛り上がり、校内は何処に居ても生徒達の楽しそうな話し声が聞こえてくる。


 そんな、生徒達の楽しそうな声を聞きながら、教職員達も職員室で笑顔を浮かべながら昼食を食べていた。


「お、終わったぁ。やっと、半日が終わったよぉ。うっ、うぅ、もういやぁ」


 嘘である。


 アカリのクラスの担任であり、数学の担当でもある斎藤茜は溶ける様に机に倒れ……


「なんなの、なんなのよアイツら。なんで全員揃って英検一級で海外で生活してた私よりも英語がペラペラなのよ」


 英語担当の教師は信じられないものを見たかの様に大きくショックを受け……


「クソッたれ!なんで全員今月の授業予定の範囲を完璧に覚えてるんだよ!授業工程考え直さなきゃいけねえじゃねえか!」


 社会の歴史担当の教師は本来の予定を大いに狂わされ……


「…………俺、教師向いてない、のかなぁ」


 物理担当の教師は大きく自信喪失し、何処を見ているのかわからない目をしながら呆然としていた。

 説明がなくともこの四人に何があったのかは予想出来るだろう。

 アカリ達による本日の午前の被害者達である。


『』


 職員室中から集まるのは笑顔とは程遠い哀れみと同情の視線。

 まだ半日しか経っていない。

 だというのに、こうも早くダウンする姿を目の当たりにし、職員室に居る全教師達は軽い恐怖を抱きながら驚愕し、午後から授業を担当する二人の教師は直に起こる己の未来を想像し、片や血の気が引いて青ざめ、片や目眩がして椅子から転倒しそうになった所を隣の席の教師が慌てて支えられた事で怪我等をせずに済んでいた。


「授業、必要なのかな?どうせ先の内容も完璧に自習してるだろうし」


 暗くどんよりとした空気の中、机に倒れながら茜は内心思った事を小さく呟いた。

 独り言だとしても教師としてこんな事を呟くのは良くないだろう。

 だとしても、授業の内容を思い出し、口からこぼしてしまう程に思わずにはいられなかった。


「かなり参ってるな。大丈夫か?」

「斎藤先輩、大丈夫ですか?」


 左右から声が掛けられ亀の歩みのような速度で首を左右に動かして声の主の顔を見る。


「風村君、愛利ちゃん。うん。大丈夫。全然大丈夫じゃないよ」

「マジで疲れてるっぽいなこりゃ」

「あの、先輩、良ければコーヒー飲みますか?」

「え、良いの?ありがとね」


 お昼ご飯後にでも飲む為に昇降口横の自販機で買ってたのだろう。

 確か同じ種類の缶コーヒーが並んでた。

 受け取った缶コーヒーのプルタブを開けて一口飲み、ふぅ~と一息つく。

 コーヒーのおかげか幾分か気持ちも落ち着き、思考もまともになるのを感じる。


「ハハ」


 結果、再び現状のハチャメチャさを理解してしまいゴチン!と額を打ち付けながら机に倒れ込んだ。


「ちょ!?本当に大丈夫か!」

「先輩!?今凄い音が!おでこ大丈夫ですか!?」


 二人に左右から心配の声を掛けられるが茜は小さくうめき声をあげるのみ。

 茜の頭に浮かぶのは今日の授業の光景と以前の進級条件テストの結果。


「もう、やだ」


 自分も携わり作成した進級条件テストの時もそうだ。

 何度見直しても数学のテストの点数は全員が百点。

 授業も態度は良く、真面目に受けてくれるが、本来予定していた授業範囲は全員が完璧に理解しているどころか、当分先までの範囲を自習しているっぽかった。

 他の先生達の様子からしてきっと自分と同じ感じだったのだろう。

 朝は朝で何故か教壇横で目が覚めるし授業が思い通りに進めれないし、意味がわからない。

 もう、なにもかも目茶苦茶。


「行方不明だったんじゃないの?赤点常連の子も居たよね?なんで全員優秀なの?どこかで改造手術でも受けてたの?授業要らないじゃん。ッ、うぅ、お腹痛いぃ。もう授業止めてよ。このまま飛び級でもして大学にでも行ってよ。私を担任から解放してよぉ」

「斎藤先生」

「茜先輩」


 二人は、少しでもストレスを吐き出そうと愚痴を溢し、今にも泣きそうな茜の姿に見ていられず、うまく掛ける言葉が浮かばず目を反らす。


『コンコン』


 ノック音が聞こえ、職員室の扉が開かれた。

 メンタルダウン中の四人を除き、職員室の全ての教師が扉へと顔を向けた。


「え、な、何この空気…あっ。……し、失礼します。二年四組の杉山愛です」


 一目で異様な空気に包まれてるのがわかったみたいだ。

 職員室に入ってきた女子生徒は少し引いた表情を浮かべたものの直ぐに自分の学年と名前を告げた。

 しかし、どこか困惑した表情を浮かべながら職員室へとやってきた目的を一向に言おうとしない。


「杉山さん、どうしたんですか?」

「あ、道永先生」


 茜の隣に居た愛利は自分のクラスの生徒だったので自分が用事を聞こうと思い、職員室へとやってきた用事を聞いた。

 誰か授業担当や部活の顧問の先生に用事があるならその先生を呼べば良いし、個人的な相談でもあるなら自分が相談に乗ってあげれば良い。


「実は、二年六組の教室がなんかおかしくて」

「え」

『』


 ピシリッ。

 聞こえる筈がないのに、空気が割れる様な音が聞こえて職員室全体が固まった。


「昼休みだし騒がしいのはおかしくないんだけど、なんかテレビで見たワールドカップみたいな歓声が時々聞こえるし。なんか教室の中にヒヨコの着ぐるみ着た幼女が居たし。流石に先生に報告した方が良いのかなって思って報告に来たんだけど」

「」

『』

「道永先生?」


 職員室全体が静寂に包まれる。

 一秒、二秒、三秒と静寂は続き……


 ゴンッ!


「斎藤先生!おい!斎藤!クソ!ストレスに耐えられなかったのかッ」

「斎藤先生!っ!気絶してる。それに酷い顔色。一先ず保健室に運びましょう!誰か担架を!!」

「俺が持ってきます!」


 静寂は一瞬にして変貌。

 職員室は大騒ぎとなり、斎藤茜は担架にのせられ保健室へと運ばれ、誰が二年六組……アカリ達のクラスへ注意に行くか決めるのに職員室は暫くの間、騒ぎ声が続くのだった。


 ※※※※※


「はぁーーーー」


 重い溜め息を吐く。

 気分は最悪。

 しかし、これは教師としてこなさねばならない義務。


「だとしても、流石にキツイな」


 決まった決定に否を唱えるのは教頭という立場としてよろしくないが、本音としては嫌である。

 生徒の楽しむ姿は心を晴らしてくれる心のオアシスだ。

 だが、アレが居るクラスには出来る事なら行きたくない。


「前も愉快犯みたいな性格だったが他者への優しさはあったというのに、何故あんな悪魔みたいな性格に変わってしまったのか。一体、行方不明だった間に神白君に何があったんだ」


 何かあって性格が歪んだのか。

 それとも、今の性格が元来の隠していた性格であり、行方不明を切っ掛けに曝け出したのか。

 前者であってほしい。

 それなら日は掛かっても徐々に心が癒され元の性格に戻る可能性がある。

 しかし、後者だった場合はどうにか対処を考えないといけない。

 将来、社会に出た時に人間関係でトラブルになるであろうから矯正とは言わないが、人様の前では本性を隠す様に指導しないといけなくなる。


「全く、とんでもない難題だ。だが、これも生徒を導く教師の役目。私達が頑張らねば。……着いたな。だが、彼女の話程騒がしそうではないが」


 歳ではあるが、私も男だ。

 サッカーは好きだしワールドカップは何度もテレビで見た。

 だから、あの熱狂的な歓声がどれだけのものか知っているから彼女の例えを聞いて相当騒いでいると覚悟していたのだが、着いてみれば全然騒がしくない。

 いや、騒がしくはあるが、昼休みという時間帯的に普通といえる。


「本来なら良くないが、スマホか何かで動画でも見ていたのだろうか。最近はY○uTuberも有名だしライブ配信でも見ていたのかもしれないな」


 一体、どんな動画を見ればワールドカップレベルの歓声をあげるんだよ、と自分自身に内心でツッコミを入れるが、そうとでも思わないと納得して進めないので無理矢理そうだと納得するしかない。


「すぅーーーふぅーーーー。よし」


 一度大きく深呼吸し、気持ちを引き締め扉を開ける。


「皆さんこんにちわ。昼休み中にすまないね」


 笑顔を意識して教室の中へと入り、教室を軽く見渡しながら生徒達へと挨拶する。

 何事も挨拶に始まり挨拶に終わる。

 社会で最も大切なものだ。

 まぁ、それはそうと、彼女が言っていたヒヨコの着ぐるみを着た幼女は全く見当たらない。

 彼女が見た幻覚かなにかだったのだろうか?

 だとしたら、部活動等で疲れが溜まっていて幻覚を見てしまった可能性があるので無理をしないように言っておかないといけない。


「あ、教頭先生こんにちわ。どうしたんですか?」

「ズラきょ…教頭先生こんにちわ」

「こんにちわ~教頭先生~」


 少し気になる呼び方が聞こえたが、気にしない。

 続けて掛けられる生徒達からの嬉しい挨拶に笑顔でウンウンと頷き、私は生徒達からの挨拶が止んだ所で教室へ訪れた用件を生徒達へと話した。


「実はね、他のクラスの生徒から皆さんが昼休み中に大声で歓声を上げてる。ヒヨコの着ぐるみを着た幼女を見たと職員室に報告が来てね。一応だけど注意に来たんだよ。見た感じヒヨコの着ぐるみを着た幼女に関しては見間違いだろうし、私としては久し振りの学校だし少しはしゃぎすぎてるだけだろうし、昼休みだから構わないけど、少し気を付けるんだよ」

「わかりました」

「はーい」

「気を付けま~す」

「すんませ~ん」


 生徒達の元気な返事に満足し、私は生徒達へ「それじゃあ、私は失礼するよ」と告げて教室を後にする。

 そして、職員室に向かう道中、向かいから歩いてくる生徒に気付き挨拶した。


「こんにちわ神白君」

「教頭先生、こんにちわ」


 向かいから歩いてきてたのは、少し前に自分が悩んでいた生徒である神白緋璃。

 さっきまで教室に居なかったようだが、丁度教室に戻ってる所に出会ったみたいだ。


「久し振りの学校で疲れるかもしれないが、午後の授業も頑張るようにね」

「はい。気遣ってくれてありがとうございます。でも、まあまあ体力には自信があるから大丈夫です!」


 フンスと力こぶを作るように左手を曲げる姿を見て私は笑顔を浮かべながら内心思う。

 皮は天使の様な可憐な少女なのに中身はあんなに悪魔じみてるんだろう、と。

 そんな内心の気持ちを顔に出さない様に気を付けながら私は「それじゃあ、午後も頑張ってね」と告げて神白君と別れて職員室へと戻り、特におかしな所はなく、ヒヨコの着ぐるみを着た幼女も居なかったし、久し振りの学校ではしゃいだのではないかと職員室で報私の帰りを待っていた教師達へ報告するのだった。


 ※※※※※


「ただいま~」


 のほほ~んとそう言いながら、扉を開けて私は教室へと入る。

「お帰り~」と皆から返されながら私は自分の席に着き、少しジト目になりながら皆へと注意した。


「皆さぁ、少し騒ぎすぎだよ?直ぐに気付いたから良かったものの、危うくバレる所だったじゃん」


 朝のティンダロスの猟犬との喧嘩の時は私が即座に隠蔽工作したからバレずに済んだものの、先程までの昼休み中はあん畜生な邪神生徒会に呼ばれてて教室に居なかったので万が一バレたら面倒でしかない。

 騒ぐのは良いとしても、皆にはそこら辺をもう少し考えてほしいものだ。


「悪かったって。でも、仕方ないだろ?」

「そうそう。だってよ、アカリさんと日本神話の喧嘩だぞ?」

「しかも、ゴジ○様まで出たんだからしょうがないだろ!」

「俺達が騒ぐのもしょうがないだろ!」


 男子共が私が権能で昼休み中に見せてやった日本神話との喧嘩のせいだと反論。


「そうよ!こんな可愛い子まで置いてかれたら私達が叫んでも仕方ないじゃない!」

「私達を萌え殺す気なのかい!?」

「そうよそうよ!つまり、アカリが悪いのよ!!」


 続けて女子共も瀬莉が抱き上げたものを指差しながら私が悪いとブーイングの嵐が巻き起こる。


「これ、私が悪いん?」


 私は、瀬莉の抱き上げられてぷら~んとしてるのに顔を向けて聞いた。


「さあ?わかんない」

「わかんないかぁ」

「うん。まぁ、きにするひつようないでしょ」

「それもそうだね。あ、瀬莉、そろそろそれ返して」

「もう少し駄目かい?」


 せめて後五分と言いたそうな顔でそれを抱きながら私に懇願してくる瀬莉。

 可能ならそうしてあげたくもないが、昼休みはもう残り少ない。


「駄目。もう昼休みも短いから終了ね。ほら、それ返して」

「仕方ないね。わかったよ」


 最後に名残惜しむ様にそれをギュッと抱き締め、私に手渡されたそれをぷら~んと持ち上げると、私とそれの目が合う。


「それよびはひどくない?」

「だって同じ私だし良くない?」

「まぁ、そうだけどさぁ」


 それ………混沌の権能で生み出したヒヨコの着ぐるみを着た幼女の私が、私へとジト目になりながら渋々といった表情で納得する。

 ちなみに、何故こんなのを生み出してるのかと言うと、私がテレパシーで生徒会室に呼び出されたので私の代わりに日本神話との喧嘩を視界投影、解説してくれるものが欲しかったからだ。

 混沌の権能を使って生み出してはいるが、元となる混沌と共に妙覚をヒヨコに移してるので精神崩壊、説明の為に記憶共有させているので混沌による諸々の問題を解消させている。

 なので、これは規格外に強くて見た目がプリティーなだけの危険なヒヨコ幼女でしかない。


「そんじゃ、元に戻るよ?」

「うん」


 私が人差し指を出す。


「E~T~」


 それに合わせる様にヒヨコが着ぐるみの翼を突き出す。


「し~」


 私と人差し指とヒヨコの翼が合わさり、スゥ~と透過する様に私の中へと消えていくヒヨコ。

 元は私の権能で記憶も共有していた。

 その為、特に元に戻っても記憶がフラッシュバックしたりやら記憶が増えて頭痛がするみたいな後遺症も無い。

 ただただ元あるべき状態に戻っただけ。

 それだけである。

 なお、指と翼を合わせる行為は特に意味は無い。

 なんとなくやっただけである。


「ああ~私の癒しがぁ」

「ヒヨコアカリちゃんが~」

「私もご飯あげたかったのに~」

「私も抱っこしたかったなぁ」


 嘆く女子達。

 口には出さないものの、羨まし気で残念そうな表情を浮かべる男子達。

 どんだけヒヨコにメロメロになってんだよと少し苦笑いを浮かべながら、右手で頬杖をつきながら私は収納からとあるものを取り出して眺める。


「アカリ、そのオレンジ石の石なに?」

「あぁ~これはね」


 隣の席の夢が見やすい様に少し夢の方へ近付け、私は左手に持つ石の名前を呟いた。


「権能の宝珠。私の天空の権能を取り出したものだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る