第76話 天然の抱き枕
時は少し遡り
アカリが、王都へと向かっていた頃。
王城の執務室は、重苦しい空気に包まれていた。
重苦しい空気の原因。
それは、王城に届いた報告書の内容にあった。
報告書の内容、それは。
魔王によるスタンピード発生によりアルタナ滅亡。
生存者は、冒険者の少女と冒険者ギルドの受付嬢の僅か二名。
そして
複数の吸血鬼に竜、龍、多種多様の魔物による襲撃でオーレスト領内の町が二ヶ所壊滅。
生存者は、僅か七名。
あまりの凄惨な内容だった。
「まさか、こんな事が」
「このような事態が立て続けに。いや、同時に起こるなんて」
国王ガゼウス、宰相ダニエルは、報告書の内容を信じられなかった。
そして、宰相のダニエルの言葉通り今回の出来事は同日に起きたようなのである。
報告書によれば、オーレスト領の町を襲撃した吸血鬼の中の一体の特徴からその吸血鬼がカラクを襲撃したザクトと呼ばれる個体だと思われた。
つまり、今回のアルタナをはじめオーレスト領の町二ヶ所全てが魔王達による襲撃だという事だ。
「本格的に攻め始めたのでしょうか」
「分からん。魔王の目的が人類を滅ぼす事なのか、支配なのか、ただ暴れたいだけなのか。イスピア襲撃からカラク襲撃まで半年の期間があった。なのに、今回は二月もない。目的も不明、襲撃間隔もバラバラ。何一つ分からん」
向こうの情報が何か少しでも分かれば、予測を立て対策の一つでも立てれるかもしれない。
だが、魔王達は毎回突然現れたと思えば甚大な被害をもたらして消えていく。
残された後には崩壊した跡地があるだけ。
僅かな生き残りの人々に話を聞いても分かるのは暴れる魔物の姿を見ただけ。
カラクの時の様に多くの冒険者や住民が生き残り街が無事なのは奇跡であり本来ならこの様に凄惨な被害になるのが普通なのだ。
「一先ずは、各領主達へ今回の事と更に警戒の引き上げの通達。ボルマー達魔法部隊に魔王達の捜索を急ぐように伝えよ」
「了解しました」
ダニエルが執務室を出ていくのを見送ったガゼウスは、椅子に深く腰を下ろした。
国王として、男としてはあまり弱音は吐きたくないが、こうも問題が一度に重なると精神的にキツイものがある。
勇者達を召喚してまだ短い。
その為に、彼らの実力はまだまだ低い。
魔王と戦闘する等子供が龍に挑む様なものだ。
なのに、こうも魔王が動いているとなると焦りが否応にも募ってしまう。
流石に参ってしまいそうだ。
ボルマー達の魔法による捜索も難航しているのをみるとあまり発見は期待出来ないだろう。
「今回の唯一の吉報はこれだけか」
ガゼウスは、机の報告書の一枚を手に取る。
そこには、件の冒険者の少女であるアカリを見付けた為王城へと連れていく事が書かれていた。
行方が分からなかった彼女が居た場所は、何とアルタナだったらしくダンジョン攻略をしに来ていたらしいのだ。
だが、その攻略の際に彼女はカラクに続き魔王と再び遭遇し魔王が意図的にスタンピードを起こす所を目撃。
ダンジョンから出た時には時既に遅く受付嬢一人しか助けられなかったらしい。
前述のアルタナの生存者二名は彼女達だったという訳だ。
こんな事を思うのもなんだが、短期間に二度も魔王の襲撃に蜂合わせするとは。
アカリという少女は酷い運の悪さなのだな。
だが、それにしても……
報告書には、彼女を見付けた事以外に驚きの事が書かれていた。
なんと、彼女は信じられない事にアルタナのダンジョンの完全攻略に成功していたらしいのだ。
過去Aランク冒険者が攻略して以来誰一人攻略出来なかったダンジョンの完全攻略。
まさに偉業だ。
この事から、彼女の実力はAランク冒険者と同等と考えてよいだろう。
「彼女を招く準備もしておかねばな」
その後、アカリ達を護送している隊からの報告から到着日が分かったガゼウスは、ダニエルや他の部下と予定を組み直しアカリとの謁見の日時を決めたのだった。
※※※※※
同じくアカリが王都へ向かってる頃、アストレア王国の何処か。
日の光が断たれた暗闇に包まれた場所で何者かが話していた。
「今回は、皆に随分負担を掛けて悪かったね。おかげで、楽に終わらせれたよ」
「あぁ、気にするな」
「我が主の為なら、これ位問題ありません」
「あなた様の為なら、この程度いくらでも」
・
・
・
一人の男の言葉にその後も多くの者が敬意を持って言葉を返していく。
彼らの正体は、今回の騒動の原因である魔王やザクト、襲撃に参加した吸血鬼達だ。
「それにしても」
ザクトは、今回の襲撃を思い出しその際の事を口にした。
「思ったより簡単に町を滅ぼせましたね。前の邪魔した女みたいなイレギュラーは居なかったですし」
「当たり前だ。人間共からすれば本来お前や俺らは強い部類なんだ。お前や主が遭遇した様な存在がゴロゴロ居てたまるか」
ザクトは、カラクでのアカリの事を思いイレギュラーな存在の出現も警戒していた。
しかし、結局終わってみればこのざま。
簡単に町の住民を惨殺。
又は、屍食鬼や吸血鬼に変えて戦力を補充する事で町を滅ぼし終えたのだ。
一つの事を除けば。
「そうですね。ですが、やはり奴らの相手は本当に面倒でした」
「そうだな。俺も今までに何度か相手したが、毎度ながら面倒だよ。主が用を終えて拾ってくれて良かったよ」
ザクトとザクトよりも早く主の眷属だった吸血鬼は、愚痴を溢し合う。
主の前でこんな事を言い合うのは良くないが、主自身も側で話す彼らの会話に頷いていた。
「君らの言う通り奴らは面倒だ。故に、今回スムーズに事を運べたのは実に嬉しく思うよ。おかげで、手駒や君達が新たに生み出した眷属で戦力も増えた。良くやってくれたよ」
主の称賛にザクト達は喜びの表情を浮かべる。
しかし、主の次の言葉で険しい表情へと変貌した。
「だが、喜んでばかりはいられない。もうじき、奴が出てくる」
「おい、どうするんだ?」
「あれはどうもしないよ。いや、正確には手の出しようがない。だから、放置で良い」
主の返答は、何もしないというものだった。
しかし、続く言葉は違った。
「それとは別に、あの少女のせいかスタンピードを起こすのに思ったより多くの血液を消費してしまった。カラクでの襲撃も失敗していて想定よりも遅れている。少し考える必要があるね。まぁ、当てはある。追々で良いだろう」
こう言うって事は、何かしら考えがあるのだろう。
主はその後、自分達を解散させると闇を造りその場から消えていった。
※※※※※
やあ、おはよう。
寝起きの眠気と憂鬱な精神で気分が最悪なアカリちゃんだよ。
あまりの絶不調具合のせいで頭の中で『新しい朝が来た。絶望の朝が』なんてラジオ体操の歌最悪Ver.が流れてしまった位だ。
「……眠い」
寝惚け眼で窓の外を眺める。
外の景色からしてまだ日の出直後位に見える。
時間的には問題ないと判断した私は、二度寝しようとベッドに倒れた。
「……眠れない」
しかし、憂鬱な精神のせいか眠れそうにない。
何か眠るのに役立ちそうなものはないかと周りを見ると、隣のベッドでスヤスヤ寝ているフェリの姿が目に入った。
そして、何を思ったのか私は立ち上がるとトコトコ歩き…………
「ん」
フェリエという名の天然抱き枕に抱き付き、ふわふわ、ムニムニのお山に顔を埋めるのだった。
すると、心が落ち着く良い匂いに満たされる。
暖かい、柔らかい。
それに、フェリから良い匂いが。
あ、眠、くな…て
段々と眠気が強くなり先程までが嘘の様に意識が眠りの闇に落ちていく。
その際に、「ふぇ?は!?え!?な、何で?!」みたいな声が聞こえた気がしたが、その時には既に深い眠りに落ちていた私が気付く事はなかった。
それから多分二時間後。
「アカリ様、説明をお願い出来ますか?」
部屋には、ベッドに座るフェリと向かい正面のベッドに正座する私の姿があった。
何故自身を抱き枕にしてたのか説明を求められた私は、正直に答えた。
「朝早くに目が覚めて眠たかったから二度寝しようと思った。だけど、全然寝れなかったからフェリを抱き枕にした。目茶苦茶快眠だったからまた抱き枕ヨロシクね!」
驚く程の快眠だったので、サムズアップで次回の抱き枕の要求も忘れずに。
それを聞いたフェリは、理由に一瞬納得しかけたが最後の要求で納得しかけた気持ちは即瓦解した。
「お願いなので、いきなりは止めて下さい。ビックリして私が眠れなくなるので」
「えぇ~~」
「『えぇ~~』じゃないです。ほら、朝食に行きましょ」
「は~い」
フェリが嫌なら仕方ない。
あの、ふわふわ、ムニムニがもう堪能出来ないのは非常残念だが諦める事にしてフェリと共に朝食を食べに向かうのだった。
~~~~
「迎えが来るまでどうされます?」
食事を終えて部屋に戻るとフェリが迎えが来る昼までの間の予定を私に聞いてきた。
「部屋で待機かな」
正直昨日の観光の続きといきたいが、午前は午後程使える時間が長くない。
なので、仕方ないが迎えまで部屋で過ごす事に決めていた。
それに、別の理由もある。
「待機ですか?」
「うん。迎えが来るのは多分昼前でしょ?だけど、何か問題があって連絡しに来るとかもあるかもしれないしね」
入れ違い等があって帰ってきたら急ぎの面倒事があった等あれば特に最悪。
まぁ、そんな事は滅多にないだろうがそれなら初めから部屋に待機して部屋で出来る事をしてた方が良い。
そんな訳だ。
「なるほど」
「てな訳で昼まで部屋というか宿待機ね。私は、鍛練と収納の中を整頓するけどフェリは何する?」
「私は、日射耐性をあげる鍛練をします」
「おぉ~~向上心があって良いね!頑張って」
「はい!」
そうして、私とフェリはそれぞれ迎えが来るまで鍛練を開始した。
私は、魔力制御を行いながら早速収納の中身の整頓。
正確には、増えた中身を簡単に確認していく。
転生してから色々と仕舞ってきたからなぁ。
木の枝やら木の実、薬草に魔物の死体やら。
うわ、ナニコレ……飲み物?
あ!フィーとデートしてた時にナンパされて撃退する時に仕舞ったあれか!
かなり前の思わぬ物を見付けたりしながら整頓していると時間はあっという間に過ぎていった。
コンコン!〉
「アカリ様。アカリ様にお客様がお見えです」
「あ、はい!今行きますね」
私に用がある客。
間違いなく王城からの迎えの者の事だろう。
「行こっか」
「はい」
フェリを連れて受付に向かう。
そこには、思った通り迎えの者と思われる見映えの良い服装をした男が一人立っていた。
「貴方が迎えの人?」
間違いはないだろうが、念の為に男に一言尋ねた。
すると、私の声に男がこちらに顔を向けた。
「もしや、君が冒険者のアカリかい?」
「えぇ、そうですよ」
「そうか。私が、迎えの者で間違いない」
どうやら、迎えの者で間違いなかったようだ。
「所で、そちらの女性は同伴者だろうか?」
「えぇ、そうですが?何か問題が?」
男が、フェリを見て聞いてきたので答える。
本当なら離れたくないが、もし同伴が無理なら仕方ないがフェリには待ってもらう必要がある。
少し緊張しながら返答を待つと男が口を開いた。
「大丈夫だ。君達二人の事は報告で陛下も把握されている。彼女の同伴を君が希望する際は問題ないとおっしゃっていた」
私は同伴OKだった事に安心した。
フェリもその事に安心したのだろう。
胸を押さえてホッとしていた。
「すまないが、本人確認の為にフードを取って顔を見せてもらえるか?」
「あ、はい。どうぞ」
最近は癖になってきて建物内でも被っているフードを取って男に顔を見せる。
「…………」
「……ハァ」
分かっていたが、初見の人だと毎度起きる固まる現象が起きた。
初めから私に嫌悪を抱いていたり、戦闘中や異常時なら起きないが、平時だとやはり高確率でこうなる。
ちなみに、フェリの時は異常時なので初見は問題なかったが後で再び私の素顔を見た時は若干固まった。
「ちょっと!」
「あ、すまない。本人で間違いないようだ。外に馬車が用意してある。王城へ向かおう」
私の声で正気に戻った様で本人確認出来たとそう言って男が外へと歩いていく。
それにフェリと共について行くと男の言った通り宿の外の入り口横に昨日の馬車よりも更に豪華な見た目の馬車が停まっていた。
「うっわ」
「凄いですね」
私は、豪華さに軽く引く。
フェリは、豪華さに純粋に驚く。
「どうぞ」
そんな反応をしていると男が馬車の扉を開いて中へと促すので目立つ事を避ける為にもさっさと入る事にする。
「どうも」
「ありがとうございます」
それから、男も馬車に乗り込むと馬車は王城へと向けて動き出すのだった。
※※※※※
王城へ着いた私達は、現在謁見まで待機する為に控え室にいた。
「何でこんな格好まで」
「私もですよ。室内で助かりました」
しかも、控え室に着くなり謎のメイド部隊に囲まれて私とフェリはドレスに着替えさせられたのだ。
本当にフェリの場合は、太陽光が届かない城内で助かった。
これが、太陽光が届く場所や城外だったら危なかった。
「ハァ~面倒だ」
「頑張って下さいアカリ様」
直に国王との謁見が始まるのを思うと高校受験の面接の時の様な嫌な緊張感が湧いてくる。
控え室に案内されて多分十五分位経つと思う。
実に最悪の待ち時間だ。
確か、精神を落ち着ける時は素数が良いんだっけ?
2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、 …………
落ち着くかボケェ!!
こんなん幾ら数えても落ち着かんわ!!
他に落ち着く方法は
全然落ち着かず他に落ち着く方法を探そうとした。
しかし、私が心を落ち着ける前に無情にもその時がやって来てしまった。
「アカリ様、フェリエ様。陛下の準備が整いました。ご案内致します」
「あ、はい」
「き、緊張してきました」
案内役の男に連れられ城内を歩いていく。
一歩一歩進む度にまるでストレスフルな社会人みたいに胃がキリキリと痛んでくる。
まさか、成人して体験するのではなく異世界に転生して体験するとは思いもしなかった。
そして、それは隣のフェリも同じなのかお腹を片手で擦っているのが見えた。
今すぐ回れ右して帰りたい所だが、ここまで来て帰れる訳もない。
しかも、視界の先には二人の兵士?騎士?に守られる周りと造りが段違いに違う大きな扉が見える。
どうやら、謁見の間はもう目の前のようだ。
「着きました。こちらで陛下がお待ちです」
案内役の男が私とフェリの二人が到着した事が部屋の中に伝わる様に大きな声で私達の名前と到着と言いながら扉を開ける。
案内役の男が、中へ入る様に小さくジェスチャーしているのが見えてフェリと共に中へと歩いていき部屋の中を軽く見渡す。
部屋の中には、扉を守っていた者と同じの格好の者達十名と数こそ多くないが国の重鎮と思われる幾人かの初老の男達。
部屋の奥にある豪華な椅子には、これまたやけに豪華な服装をした四十、五十代位に見える国王と思われる男。
そして、見覚えのある一人の少年の姿があった。
「ほぉ~そうか。お前らだったのか」
それを見た私は、誰にも聞こえない小さな声でそう呟いた。
その時には、私から緊張は消えていた。
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