第46話 真夜中の激戦(4)

 気絶し横たわる姿を見たマルクスは、慌ててアカリの側に駆け寄った。


「アカリ君!おい!アカリ君!大丈夫か!目を覚ますんだ!アカリ君!!」

「…………グッ……ウ"ア"…」


 周りの騒音に掻き消されない様な大きな声で何度も呼び掛ける。

 しかし、アカリからは痛みに苦しむ様なうめき声が僅かに返って来るだけでマルクスの声には一切反応する事は無く気絶から目覚める事は無かった。


 いったい、どうして。


 マルクスは、酷く混乱した。

 何故アカリが、吹き飛んで来たのか?

 ザクトと戦闘していた筈では?

 ザクトに負けてこうなったのか?

 だとしたら、ザクトは何処で何をしているのか?

 疑問が浮かんでは、直ぐ新たな疑問が浮かび頭の中を埋め尽くしていき頭が正常に働かなくなりそうになる。


 いかん、落ち着け冷静になるんだ俺。


 しかし、直ぐにこのままでは駄目だと混乱しそうになる自分を何とか落ち着かせた。


「アカリ君すまないが少し身体に触れるぞ」


 アカリは、一部とは言え頑丈に作られている城壁を破壊するような速度で衝突したのだ。

 パッと見た感じは目立った怪我はしていないものの何処か大怪我している可能性がある。

 なので、マルクスは慎重にアカリが怪我をしていないか確認を行っていった。


「良かった。特に何処も大きな怪我は無いみたいだ」


 一通り確認したが何処も大きな怪我は見られず安心した。


 それにしても、あんな速度で衝突したのに怪我を全くしていないなんてアカリ君は頑丈なんだな。

 普通の人なら良くて全身骨折か最悪即死だと思うが。

 後、まさかこんなに綺麗な顔だっ……


「って何を考えてる私は!」バシンッ!!


 マルクスは、自分の思考が明後日の方向に向かいそうになってるのに気付いて自身の頬を張り手一閃して無理やり思考を戻した。

 等とセルフツッコミを意図せずしていた時……


「う"ぅ"……あれ?……ここは」

「アカリ君!?良かった目が覚めたか。身体の具合は大丈夫か」


 アカリが目を覚ましマルクスは、直ぐに身体の具合を確認した。


「あ、マルクスさんだっけ。ここは……ってザクトは!!あ"っ"!?痛っでぇ"~~~~!!!??」

「大丈夫かアカリ君!?」


 マルクスは、目覚めた途端に飛び起き頭と腹部を押さえて痛みに悶絶するアカリに驚き慌てる。

 その後、少ししてようやく落ち着いたアカリにマルクスは、質問していった。


「アカリ君とりあえず、身体の具合は問題ないのかい?」

「ちょっと、身体に痛みが走ってるけど大丈夫かな」


 アカリは、身体中に特に腹部が痛むものの再生スキルに吸血鬼の回復力で既に痛みが引いてきてるので問題ないと答える。


「そ、そうか。君物凄い速度で吹き飛んで来たんだぞ?その結果があれだ」


 マルクスは、アカリにどれだけ自分が今奇跡的に無事なのか知ってもらうためにアカリの後ろを指差す。

 アカリは、マルクスの指を辿って後ろを見た事でようやく城壁に気付いた。


「え、マジで?」

「マジだ」

「これで生きてるとか私化け物じゃん。あ、化け物か」

「いや、人間だろ君?」

「あ、えっと、うん」


 マルクスは、アカリの変な発言に軽い?が浮かんだが直ぐに質問を続けた。

 ここは、城門近くで守りが他より硬い為にこうしてアカリの具合を確かめたり質問する事が出来ているが戦場なのにかわりない。

 なので、何事も手早く進めるに越したことはない。


「所で、ザクトはどうしたんだ?」

「そうだ、ザクト!アイツは何処に!!それに私は、どれだけ気絶してたんですか」


 ザクトの名前を出した途端アカリが慌てだした事にマルクスは驚いたが、アカリに落ち着く様に言って答える。


「君が気絶してた時からまだ10分ちょっとしか経っていない筈だ」

「そうですか。クソッ!!」

「アカリ君どうしたんだ。それに、ザクトとの戦闘はどうなったんだ」


 自分の返答を聞いて何故か機嫌が悪くなるアカリに疑問を抱いたがそれよりも、先ずは1番の問題であるザクトとの戦闘の事を聞く。


「遊び」

「は?どういう事だ?」


 マルクスは、思っていた答えとは全く異なる答えが返ってきて思わず聞き返す。


「だから、遊び。遊ばれたんですよ。こっちが本気で戦ったのに奴にとっては戦いにもなっていなかった。10分以上経ってるのに奴が追撃してないのが良い証拠ですよ」

「…………」


 軍勢相手に善戦し強力な魔法を扱っていたアカリ相手に遊んでいた。

 その言葉にマルクスは、何も言えなかった。


「分かってはいましたけど、悔しいですね」


 アカリは、文字通り手も足も出なかったザクトとの戦闘を思い出す。


 ※※※※※


 ザクトとアカリの戦闘は、熾烈を極めていた。

 ただし、それは他者の目から見ればの話し。

 他者から見れば、その戦闘は激しい剣撃や魔法が飛び交う激戦に見えた事だろう。

 しかし、その実態は違った。

 それは、両者の表情を見れば一目瞭然。

 片やアカリは、焦りに満ちた表情。

 片やザクトは、涼しいげな真顔。

 この表情を見ればザクトが優勢なのは一目瞭然であり、ザクトがアカリを圧倒していたのは事実だった。

 ザクトの戦法は、至ってシンプル。

 血液支配により剣を造り斬りかかる。

 これだけ見れば、相手をするのは簡単に思えるだろう。

 しかし、実際は違った。

 アカリを上回る圧倒的な力、速度、反射神経による猛攻は凄まじくアカリは、辛うじて剣で受ける避けるのが精一杯。

 逆に、こちらが時折見せる隙をついて魔法や武器で攻撃したとしても霧化で避けたり簡単に血剣で防がれ意味を成さなかった。


「ハァハァハァ………ハハハ、やべぇ強すぎ」


 アカリは、手も足も出ない現状に思わず苦笑いが漏れてしまう。

 気付けば、いつの間にか戦闘は城壁前から別の場所に変わっていた。


「だったら、邪魔をするな諦めろ」

「それは、無理な相談かな!!」


 アカリは、そう言うと会話で隙を晒した胴体を狙ってひと息で距離を詰めて剣で斬りかかる。


 しかし


「クソッ!!またか!」


 これまで同様霧化により剣は空を斬る結果に終わる。


「諦めろ。貴様の攻撃は俺に効かん」

「五月蝿いな!!」


 しかし、アカリはかわされたのも構わず霧化から戻るザクトを狙って剣で斬りかかる。

 だが、やはり…………


「無駄だ」

「どうかな?」


 当然受け止める。

 そんな事、アカリは分かっていた。

 だから、斬りかかるのに合わして準備していた。


「鎌鼬!」

「おっと」


 だが、それも軽く横にかわす事で避けられた。


「嘘でしょ」


 今のは、完全に隙をつけたと。

 避けられるとしても切り傷位のダメージは与えられると思っていた。

 しかし、結果はこの通り。

 あまりにも、簡単に避けられた。

 アカリは、それに驚愕し戦闘中にもかかわらず動きを止めてしまった。


「隙だらけだぞ」


 それにより、ザクトの接近に反応が遅れてしまった。


「フン!」

「しまっガア"ァ"!!」


 ザクトは、隙だらけの私に蹴りを叩き込んだ。

 ただの蹴りなら良いが相手は格上の吸血鬼の蹴り。

 蹴りの威力は凄まじく咄嗟に狙われた腹部を魔力を集めて防御し剣でガードしたにも関わらず、剣はあっさり破壊され蹴りは腹部にめり込み私を蹴り飛ばした。

 そのまま私は、どこまで蹴り飛ばされたのかもわからず何か硬いものとぶつかったのを最後に意識を失った。


 ※※※※※


「本当にどうしたもんかな」


 アカリは、ザクトとの戦闘を思い出すが対策をたてようにも何も思い付かない。

 何か、弱点とは言わずともダメージを与えられる手段が見付かれば戦いようはある。

 しかし、そういったものが何一つ見付からないのだ。


 これ、詰んでね?

 え、マジで無理じゃね?


 アカリは、どうしようもない現在の状況を前に頭を抱えてしまう。


「やべぇ、マジでどうしよ」

「こうなれば、全戦力で突撃するしかないか」

「それは、本当の意味で最後の手段ですかね。……来たか」

「来た?………ザクト」


 アカリは、近付いてくるザクトに気付き顔を向ける。

 マルクスも、アカリの視線をたどりザクトに気付き顔を強張らせた。


「さて、どうするかって……あ」


 呆けた声を出した理由。

 それは、近付いてくるザクトが突然多くの火、水、風や矢に包まれたからだ。


「これは、上の彼らか」


 マルクスの言う通りザクトを攻撃しているのは城壁上に居る冒険者や兵士の者達。

 恐らく皆、先の屍食鬼の騒動からザクトをどうにかしないと不味いと思い攻撃しているのだろう。

 だが、ザクトは霧化で物理攻撃も魔法も避けれる。

 なので、この攻撃もあっさり霧化して無効化しているのだろうとアカリは思った。


「え?」


 しかし、ザクトはそうしなかった。

 今も雨あられと降り注ぐ攻撃の数々を霧化する事なく血液支配による血液の壁を造り出して防いでいた。


 何で?

 わざわざ、血液支配でそんなの造らなくても得意の霧化すればいいのに。


 アカリは、ザクトの行動に疑問を持ち考える。

 そして、1つの事に思い至った。


「もしかして…………は?え、ちょっヤバい!!」

「!?お前達逃げろ!!」


 私、マルクスさんが、突然大声を出した理由。


 それは


「いい加減鬱陶しい。失せろ鮮血之雨ブラッドレイン


 ザクトが掲げた掌から噴き出す血液。

 それが、次の瞬間には空中で数百近い武器へと変貌し城壁へと向けて放たれ様としたからだ。


 ドガアアァァァァァァン!!!!!


「やりやがった」

「嘘だろ。城壁が」


 ザクトの放った血液支配による攻撃。

 それは、あれ程頑丈であり魔物の猛攻にこれまで耐えてきた城壁をいとも容易く破壊した。

 私が、衝突してほんの一部が崩れる様なものではない。

 完全なる城壁の破壊だった。


「マズい!!このままだと、街の中に魔物が侵入するぞ!今すぐ中に連絡しないと。それに、巻き込まれた連中の救助も!」


 マルクスさんの言う通りこのままだと、街へ魔物が侵入し被害が甚大になる。

 その事は、この戦場に居る全ての者も理解しており既に冒険者、兵士の者達も各々行動していた。

 破壊された城壁へと行こうとする魔物を押さえる者。

 巻き込まれた者達を救助しようとする者等と皆迅速に行動していた。

 それでも、完璧に防げる訳ではなく幾らかの魔物の侵入を許してしまっていた。


「クソッ!!アカリ君、私は中に侵入した魔物の対処に向かう。お前達、街に侵入した魔物の対処に向かうついてこい!!」

「「「「ハッ!!」」」」


 マルクスさんは、そう言って部下の兵士数人を連れて街の中へと向かった。

 そして、残った私はどうするのかと言うと。


「やってくれやがったなザクト」

「あれを食らって無事とは驚いたな。それなりに、本気で蹴ったつもりだったが」

「それ、その蹴り滅茶苦茶痛かったんだからな」


 あれは、本気で痛かった。

 まるで、内臓が潰れる様な身体が胴体から千切れる様な激痛に身体が襲われたのだから。

 気絶していなければ痛みにのたうち回っていた事だろう。


「だったら、身に染みて俺と貴様の差が理解出来ただろ。何故また俺の前に立ち塞がる。俺に勝てる算段でも見付けたのか?」

「別に、そんなもの見付けてないよ」


 先の城壁を破壊した一撃。

 あれだけで、自分とザクトが吸血鬼としてどれだけ格が違うのか等良く理解出来た。

 それでも、この街を守る為にはザクトをどうにかしないといけないのには変わりない。


 本当は、今すぐ逃げ出したい位怖いんだけどね。

 だけど、ここまで来たなら後悔しない様に最後まで頑張らないとね。


「お前に勝てる何て微塵も思ってない。だけど、負けるつもりもない」

「良いだろう。今度は、本気で相手してやる」


 私とザクトの戦闘が再び始まった。

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