第44話 巫女の向き不向き

 用意した装束をキエに預け、指定した場所に届けてくれるよう頼んだ。神妙な顔で頷く彼女に、ココのお稲荷も注文する。


「姫様、ついでに頼むことではございませんよ」


「ごめん、でも約束しちゃったの。柚子風味も入れてあげてね」


 仕方ないと笑うキエの承諾を得て、視察用の衣装に着替える。こちらは舞うわけでも動くわけでもないので、裾の長いワンピースドレスだ。倭国の意匠なので、和風ドレスと呼ぶべきかも。襟を右、左と合わせてから腰の部分に帯を締めた。帯飾りや紐を巻いて、可愛く結ぶ。


 最後にふわりと薄衣を纏った。これは頭の上まで被るのが作法だ。普通に着用するサイズより、大きめに作られていた。男女関係なく、皇族や公家などの貴族は着用して街に出る。


 面倒くさい部分もあるが、一目で身分が分かるように工夫したらしい。日除けになるので、女性には評判がよかった。今回は桜色のワンピースなので、薄桃の衣を羽織る。髪飾りは衣に引っかかるので控えめに、その代わりに手首と足首に玉の輪を飾った。


 琥珀に近い蜂蜜のような色と、若草色を重ねて付ければしゃらんと音がする。満足して鏡の前でくるりと回った。


「うん、可愛い」


『そういうのって、人に言ってもらうものじゃない?』


「だって、私とココしかいないじゃない」


『ぼ、僕に言えと?!』


「違うわよ。人が私しかいないって意味」


 褒め言葉を強要する気かと慌てるココへ、アイリーンはウィンクして臙脂えんじ色の草履を履いた。小さな刺繍が施された足袋もお気に入りだ。用意を終えて、兄の部屋へ向かう。当たり前のように飛びついたココを抱いて、静かに声をかけた。


「兄様、準備ができました」


「ああ、リンだね。入っていいよ」


 珍しく戸の前に誰もいない。静かに開けて滑るように入れば、兄だけでなく姉もいた。真ん中の姉、ヒスイだ。


「ヒスイ姉様、ご一緒されるのですか」


 外出用の準備を整え、薄衣を被った姉は艶やかな目元を緩めて笑った。赤を使った目はキツイ印象なのに、すごく引き立つ。少し垂れ目だとこの方が美人に見えるのね。巫女の化粧に近いため、アイリーンにも馴染みの赤だった。


「ええ。先日建てた子どもの保護施設を見に行きたいのよ」


 巫女としての能力は授からなかったが、次女であるヒスイは政に長けている。普段から皇太子シンの補佐を行ってきた。今回もその延長だろうと頷く。


「リンはまた、何をしたいのかしら」


 何をやらかすの? と匂わせながらも、途中で言葉を変えた姉はこてりと首を傾げる。皆、私が何か騒動を起こすと思ってるなんて。ぷんと頬を膨らませ、怒ってますよと示す。


「ある神様を祀るために、踊りたいのです。騒動なんて起こしません」


「おや、そうなのかい? まったく聞いていないけれどね」


 確かに兄シンには外出を強請っただけで、理由を話していなかった。思わず話してしまい、慌てて口を手で押さえるも遅い。呆れ顔の神狐が、尻尾を大きく一振りした。


『ヒスイの才能って、こういうところだよね。巫女はバカが付くくらいまっすぐな子が向いてるから……』


 遠回しに「巫女向きじゃない」とココが呟く。なるほどと思うアイリーンは眉を寄せた。ちょっと待って、それって私がバカって意味じゃない?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る