第43話 僕がいないとダメなんだから
皇太子である兄の外出許可は思ったより早かった。元々視察の予定があり、そこに便乗する形でアイリーンも街へ出る。楽しみにしながら、キエに舞の衣装を用意してもらった。
禍狗になってしまったが、元は神々の一柱だ。礼を失しては、巫女としてご先祖様に顔が立たない。キエは複雑そうな表情ながら、アイリーンの説明を理解した。過去ずっと封印を守ってきた隠密の立場で考えたら、「神様でした、そうですか」と納得できない。
この辺は、神々と言葉を交わせる巫女が少ないことも影響していた。アイリーンのように複数の神様に愛され、契約獣を得て自在に霊力を操る子は滅多にいない。
ご先祖様にそういった巫女様がいたとしても、かなり昔の話だった。彼女らの残した話は、もう神話に近い昔のこと。ほぼ原型を留めていない。
まったく違う話に変換されてしまったものもあり、狗も呪いや邪であり穢れと伝わってきた。実際、瘴気を発していたため、誰も疑わなかったのだ。まさか神の一柱で、堕ちてもいないと伝わっていたら、もう少し祀る形で残されただろう。
過去の謝罪の意味も含め、アイリーンは最上級の装いを求めた。用意された衣装と道具を確認し、ほっと頬を緩める。あとは自分が禍狗となった神様の怒りを解くだけ。
「頑張らなくちゃね」
『気負わず、いつも通りがいいよ。転んだら台無しだから』
ぼそっと辛辣な言葉を寄越すココは、むっとした顔のまま。一度は承知したものの、やっぱり不満があるらしい。ふわふわの神狐を引き寄せ、アイリーンは膝に乗せた。
「ねぇ、ココ。狗神様はきっと寂しかったのよ。苦しいし悲しい。だからお慰めして、気持ちを楽にしてほしいの」
ちらりと視線を向けるものの、ココの尻尾は垂れたまま。
「もし私に何かあって、ココが同じ状態になったら……子孫の誰かに助けてほしいと願う。きっとご先祖様も同じよ」
『また勝手に夢で会ったの?』
「会ってないわ、そう感じるだけ」
嘘ではなく、本当に夢で再会できていない。黒い闇の中で、誰か女性の声が聞こえた。夢を塗り潰した感情は、あの子を救ってと訴えた。あれは巫女だった人だと思うの。説明しながら、ココの柔らかな毛を撫で続けた。
「お願いよ、ココも手伝ってちょうだい」
アイリーンの優しい声に、意地を張っていた神狐の尻尾が揺れる。ゆらりと左右にゆっくり動いたあと、溜め息が聞こえた。
『仕方ないな。僕がいないとアイリーンは本当にダメなんだから』
「そうね」
『お礼は、お稲荷を重箱いっぱいに詰めてもらおうかな』
「キエに頼んでおくわ」
『柚子風味も食べたい』
我が侭を口にしながら、ココは自分の気持ちに折り合いをつけた。わかっている、こういう子だから心配で契約したんだ。僕が苦労するのは、リンを選んだ僕自身の責任だよ。
人間のように大きく息を吐き、仕方ないと呟いた。それから気になっている部分を指摘する。
『リン、この足袋は違うよ。花模様が入ったやつに交換して』
「え? うそ! こっちじゃないの?! 早く言ってよ。詰めちゃったじゃない」
衣装箱に手を突っ込み慌てる少女に、白い狐はにやりと笑った。
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