第38話 あの子を助けておくれ
ココの回復を最優先に、白蛇様と準備を始める。しばらく隣大陸へ行っている時間はなさそうね。その間に禍狗が悪さをしないといいけれど。
『悪さと言っても、瘴気を振り撒く程度であろうに』
何を心配していると首を傾げる白蛇神に、アイリーンはかいつまんで事情を説明した。フルール大陸で、孤児らしき子どもを食べてしまったこと。向こうの魔法使いらしき少年にそれを見られたこと。捕まえ損ねた経緯まで、愚痴を交えて話す。
黙って最後まで聞いた後、白蛇様は傾くほど首を横に曲げた。ひっくり返りそうで、思わず手を差し伸べる。笑って戻った白蛇神が、心底不思議そうに呟いた。
『そも、誠に子どもを食ろうたのは狗神か』
「でも、口や爪が汚れていたのよ?」
『狗神は、人の子が大好きであった。故に腑に落ちぬ。何より……人を食らい穢れたなら、巫女に夢が繋がる筈はないのじゃが』
うぬ、と考え込んでしまった。アイリーンはきょとんとした顔で、あの日の状況を思い出す。屋根の上で並んでおにぎりを食べて、ルイと別れた。でも奇妙な気配と瘴気を感じて、駆け込んだ先で襲われるルイを見た。
禍狗は爛々と赤瞳を輝かせて、同じ色に染まった爪や口元……それから地面の石畳が濡れて。そういえば、ルイはケガをしていなかった。足元に小さな手足があったけれど、禍狗が齧っている姿を見ていないわ。
もしかしたら誤解だったの?
「禍狗は……」
『狗神と呼べ。あれは哀れな子だ』
同情する響きに胸が締め付けられる。目の前にいる白い蛇の衣を纏う神様の、強い感情が流れ込んだ。後悔や哀れみ、すこしの羨望? 複雑な想いを呑み込んで、アイリーンは大きく息を吐き出した。その分だけ、神域の清められた息を吸い込む。
流されかけた感情を抑え、ゆっくり深呼吸を繰り返した。大丈夫よ、私は私。他の誰でもないし、神々の器でもない。自らに言い聞かせる。
『ああ、すまぬ。そのような意図はなかったのだ』
操ったり乗っ取る意図はなかった。言葉にされたことで、アイリーンの胸に募った想いが溶けていく。ほっとしながら、笑顔を向けた。
「人を食らうと夢は途切れるのですか?」
『神は人を創り、人の想いにより自我を保つ。誰も信じない狗であっても、穢れがなければ堕ちない。我らがあの子を封じた理由も、そこにあるのだ』
神々の言葉は
浄化できる巫女がいなかったのかしら。力が足りなかったのかもしれない、姉ヒスイのように。稀に力が不足する時代があったことは、古い文献に記されていた。
『あの子を助けておくれ』
「はい、全力を尽くします」
神々との約定は破ることが許されない。自らを縛る鎖になると知りながら、アイリーンは笑顔で引き受けた。だって、目が覚めたらココは手伝ってくれる。文句を言いながらも、力や知恵を貸すのよ。白蛇様も味方なら、怖いものなんてないわ。
待ってなさい! 私が解放してあげるんだからね。
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