第37話 準備万端で意気揚々と

 話が決まれば、準備はすぐに始まった。受け入れを表明した倭国は、東開大陸随一の領土と影響力を持つ。事実上、東開大陸の宗主だった。独特な文化や民族衣装、慣習がある。可能な限り知識を詰め込んでから出発したい。


 ルイは夜の外出を減らし、その時間を勉強に当てた。東開大陸との間を行き来する商人は数少ないが、探せば見つかる。彼らの知る倭国の情報を集めた。多神教であるため、倭国は外来の宗教を否定しない。神々が一人増えた、程度の感覚だった。


 ドラゴンを封じた女神を崇めるフルール大陸も、多神教である。一神教の国であれば、いきなり洗脳に近い改宗を求められる可能性もあった。その点は安心できる。留学を受け入れる理由については、意外な事実が判明した。


 倭国は東開大陸の統一を考えていない。どの国とも友好を結び、平和に共存することを望んだ。その政策の一環なのだという。


 ビュシェルベルジェール王家は、真逆の考えで大陸を統一した。様々な宗教や国があるから争いが絶えない。ならば、すべて同化してしまえばいいと考えた。先祖の苦労もあり、様々な文化と宗教を呑み込んだ国家が作られる。その過程で、多神教になったと学んでいた。


 すべてを吸収するか、一緒に並んで成長するか。選ぶ方法の違いが、留学の受け入れに繋がる。隣大陸のフルールとも、共存したいのだと。その考えはルイも共感できるものであり、感心しながら商人の話を聞いた。


 複雑な衣装の着こなしはもちろん、初めて履く草履や下駄にも興味が尽きない。ツインテールの少女が着ていた衣を絵に描いて示したところ、商人達は苦心の末に似た衣装を教えてくれた。どうやら絵の才能はないようだ。嫌な事実が判明してしまった。


「巫女様のご衣裳のようですな」


 大商人ドニ・バローは、意味不明な絵を解読した唯一の男だ。ルイの絵をじっくり見つめ、何度も質問して隣に描き直した。その絵を見て、これだと顔を綻ばせたルイに頷く。


「普段はあまり見かけることはないでしょう。着用なさっているとしたら、皇族のご令嬢や神職に就く女性ではないかと」


「そうなのか」


 まさか皇族に連なる令嬢が、あのように屋根の上でおにぎりを食べたりしないだろう。神職の女性なら、可能性はあるかもしれない。珍しい衣装と判明したことで、リンを探す手がかりが得られた。ルイは万全の事前準備を終え、意気揚々とバローが用意した船に乗り込んだ。


 魔法で大陸間の移動を試みれば、膨大な魔力が必要になる。途中で力尽きて海に落下する危険性もあるため、船で一週間揺られるのだ。早くと焦る気持ちを抱え、舳先で目を輝かせた。


 揺れる舳先で酔ったルイは、すぐに船室へ戻される。学友として二人が同行したが、彼らも同じように船酔いした。ほとんど窓の外を見ることなく、吐き気のせいで食事も喉を通らず。陸が見えたと船員が声を張り上げた時には、心底ほっとする。


「二度と船には乗りたくない」


 帰るまでに何としても魔法で長距離を飛べるようになる。意味不明な決意を表明した第二王子を、学友達は両手を挙げて応援した。帰りの船便を想像するだけでぞっとする彼らは、一緒に運んでもらおうと縋りついた。

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