第21話 気になるあの子と屋根の上

 王墓で出会った子を見かけた。ここしばらく動けなかったから、久しぶりの夜間外出だ。ルイは迷うことなく、魔法を駆使した。炎で上昇気流を作りだし、自分の体を押し上げる。風を操るより炎の方が得意だった。


 ふわりと押し上げられた足が屋根に着地する。隣家に向かって飛び、再び上昇気流を操って少女が座る屋根に回り込んだ。


 話しかけて、きっと邪険にされるだろうと思った。今日は仮面をしていない彼女は、やっぱり管狐に似た白い狐を連れていた。自分が目立つ自覚はないんだろう。


 気づかれていないと思ってるあたり、可愛い。こんな妹が欲しかったな、素直で……。兄に不満はないが、自分の存在が王家の結束を乱しているのは申し訳なく感じる。感傷を押し殺し、微笑んだ。


 無邪気に食べ物を勧めてくる。黒い三角の食べ物は、手掴みで食べるらしい。サンドウィッチの黒パン? それにしても見事な黒さだ。受け取ったらずっしり重かった。


 しっとりした「おにぎり」にルイは齧り付く。毒見もなしに食べるなんて、不用心にも程がある。ルイと名乗っても反応しない少女が、第二王子を狙う刺客とは考えづらかった。自分に言い訳しながら口を付ける。


 やはり彼女が毒を盛るとは思えない。だって、少女自身も同じように隣で齧り付いた。大きく口を開けて食べる姿は、ややぼんやりとしている。認識を曖昧にする魔法か? まあ、それなら僕も使ってるからお互い様かな。ルイは苦笑いして指摘しなかった。この雰囲気を壊したくない。


 がりっ、何か固いものを噛んだ。顔を顰めたのは、びっくりするくらい酸っぱいから。何を食べた? 固い骨のような物を口の中で避けた。


「種が、あるの」


 申し訳なさそうに謝られて、怒る気はないと示してから、断って種を出す。言われた通り、骨ではなく種だ。あの酸っぱいのは何かの実らしい。種子の殻だけ気を付ければ、意外と美味い。


 食べ終えると礼を言って別れた。手の上に残した種をじっくり確認して、ハンカチの間に挟んだ。


 梅干し、だっけ?


 間違いなく、フルール大陸の食べ物じゃない。それを加工した状態で持ち込んだのか。もしかしたら転移で運んだ? 彼女が簡単に行き来しているなら、また会えそうだ。


 今夜の夜間散歩の最大の功績は、彼女の名前を得たこと。リンと名乗った。東開大陸の女性なら、漢字と呼ばれる記号じみた文字で書くのだろう。どの文字だろうか。ルイは高揚感を覚えて、足取りも軽く街を駆ける。


 留学の話で揺さぶりもかけたし、何が出るか。ルイは久しぶりの楽しさに浮き立ちながら、王宮へ向かって走り出した。


 途中で奇妙な気配を感じる。王城に近い位置のため無視できず、仕方なく左手に方向転換する。後ろから爆風を模した風を吹かせることで進んでいたため、急旋回できずに回り込む形になった。


「っ、コイツはこないだの?!」


 禍狗と呼ばれた化け物だ。赤く爛々と輝く瞳がこちらを見つめ、身を低く伏せた。襲ってくる! 息を詰めて、剣を抜いた。

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