第22話 正義の味方登場よ

 飛びかかってきた魔物の爪を剣で弾く。折れたと錯覚するほどの衝撃があった。しっかり柄を握り直したルイは周囲の様子を窺う。血の臭いがする。ぐるると威嚇する音で喉を鳴らす禍狗の足元は真っ赤だった。禍狗の爪や口も汚れている。食事中、というわけか。


「くそっ!」


 王子らしからぬ言葉が漏れた。自国民を食料にされて、笑っていられる王族などいないだろう。そんなのはただのクズだ。


 夜半に出歩くのは大人が多いが、足元に散らばった手足は子どものようだった。親らしき保護者が見当たらない路地裏……孤児か。


 保護に力を入れているが、子ども達は窮屈さを嫌って逃げ出す。将来のために必要な勉強と言っても、自由に生きてきた子ども達は理解できなかった。食事を与えて閉じ込める家畜紛いの孤児院では続かない。難しい舵取りを行う王家だが、やはりもっと厳しくすべきだったか。


 命を奪われる危険があるなら、閉じ込めてでも生きて欲しかった。傲慢な考えなのを承知の上で、ルイは怒りに任せ、魔力を練っていく。


 せめて仇は討つ。


「フレイムソード」


 地下に眠るドラゴンの鱗を使って精錬された特殊金属に魔力を流す。供給される魔力量と属性により、様々な変化を見せる国宝だった。


 ルイの魔力を受けて、炎が走る。めらめらと淡い黄色が踊り、徐々に色が薄くなった。白に近い淡い黄色の炎は、逃げられた前回より魔力を多めに使う。ここで殺さねば、次の被害が出ると判断したルイが剣を振りかぶった。


 ぐぁあああ! 脅すように唸り声を咆哮に変えた禍狗が飛んだ。呼び動作なく距離を詰める禍狗は、狼のような牙をむき出しにする。首筋に噛みつこうとした禍狗の顔目掛け、剣を突き立てた。


 キン、金属音がして剣が滑る。ただの毛皮に見えるが、金属の質を持っているらしい。となれば、炎の剣は相性が悪い。失敗した。氷や風を選べばよかった。


 最も得意な属性を選んだが、最悪の選択らしい。


「正義の味方登場よ」


 えいっと勢いよくルイの前に降り立ったのは、アイリーンだった。マスクの上から仮面をして顔を隠している。王家の墓所で出会った時と同じ出で立ちのアイリーンは、自分を運んだ式神に命じた。


「やっちゃってよ、雷どーん!」


 空を指さした人差し指で禍狗を示す。途端に晴れた空から落雷があった。言葉通り、どんと一発直撃する。毛皮の一部が焦げたらしく、嫌な臭いが漂う。顔をしかめたルイを庇う形で前に立ち、アイリーンは腰のポーチから式紙を何枚も引き出した。携帯用のペンを使い、慣れた様子で文字を書き足す。


 発動条件の揃った札に霊力を流した。札がぼんやり光る。


「派手に行くわよ、ココ」


『いつもじゃん』


 後片付けの方が大変なんだから。ぼやきながらも神狐ココは止める気はないらしい。アイリーンの肩から飛び降り、ぶわっと尻尾を膨らませて攻撃態勢をとった。ゆらりと尻尾を揺らしたココが体積を増やす。倍ほどの大きさまで変化した狐の鋭い牙が覗いた。


『始祖の血をここに、地に振る舞いて、子孫の願いを神狐に託し願い奉る――束縛せよ』


 アイリーンの口から紡がれる歌に似た響きが、まるで月光のように周囲を照らす。半透明の膜が作り出され、禍狗を包み込もうと広がった。


「待てっ! その禍狗は……」


 孤児の仇だ。フルールの民の血を飲み、肉を食らった魔物を許せない。奪われた命の償いを……叫んだルイの魔力が、神狐の巫女の霊力と触れ合い爆発した。

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