第20話 探り合いと酸っぱい梅干し
食べるためにマスクも仮面も外している。焦ったアイリーンは、おにぎりで顔を隠した。大きめのおにぎりだが、さすがに顔全体は覆い尽くせない。しかし当人はいたく真面目だった。
「誰なの?」
「空き家だと思ってた屋敷の上で、夜にピクニックしてる奴がいたら気になるさ」
気楽な様子で金髪の青年はどかっと隣に座った。並んで座れば顔を隠す必要がなくなり、アイリーンはほっとする。正面から顔を覚えられるのでなければ、認識阻害の術をかけておけば平気よね。指先で式紙を1枚発動させた。
「そうね、でも空き家じゃないわ」
皇族の持ち物じゃないけど、隠密が手配して所有してるもの。表向きは、事業を営む商人の屋敷として登録したと聞いていた。
「ふーん、いつも明かりがついてなかったからね。それで何してるの?」
顔ではなく、手元を覗き込んでくる。好奇心旺盛な青年は、よく見たらまだ少年と呼んでもおかしくない年齢だった。私と同じかしら。アイリーンは微笑んで、竹に包まれたおにぎりを見せる。
「ピクニックって言ったの、あなたでしょ。おにぎりを食べていたのよ。名前は?」
「ルイだよ。それ、美味しい?」
こてりと首を傾げた金髪の青年ルイは、不思議そうな顔をする。
「ルイ、ね。覚えたわ。私はリンよ」
愛称だけを名乗る。これなら本名とは違うから問題ないわよね。アイリーンはちょっと意地悪をするつもりで、彼に真ん中のおにぎりを差し出した。
「食べてみたら?」
『あっ……』
それ、酸っぱい梅干し入りだ。ココが声を出したものの、アイリーンのウィンクで黙った。うっかり止めたら、あの梅は自分のところに来る。察してしまったのだ。
「ありがとう、貰っていいなら頂くよ」
無邪気に受け取るルイがぱくりと齧る。鮭が入ったおにぎりを食べながら、アイリーンは様子を窺う。真ん中よりやや下に入ってると思われる梅干しまで、まだ余裕がある。
「美味しい、初めて食べた」
嬉しそうに食べる彼の姿に、申し訳なさが込み上げてくる。初めておにぎりを食べたとしたら、梅干しなんて知らないわよね。騙したみたいだわ。止めようとしたが、すでに遅かった。
「あの……」
がりっ。種を噛んだ音がした。
「種、があるの」
「う……っ、すっぱぁ」
整った顔を顰めるルイが、唸りながら口を手で押さえる。キエが用意してくれる梅はいつも酸っぱくて、ココもアイリーンも苦手だった。だから押し付けてしまったが……謝ろうか迷いながら見つめるアイリーンに、ルイが謝った。
「ちょっと失礼」
吐くのね、諦めと申し訳なさで眉尻を下げたアイリーンだが、ルイは種だけを器用に吐き出した。砕けた欠片を見ながら、残りを飲み込んでしまう。
「大丈夫?」
「酸っぱかったけど、美味しいよ。あれ、なんだか癖になるね。今の酸っぱいやつ、なんて名前だっけ」
「梅干しよ」
「へぇ……この大陸じゃ聞いたことない食材みたい」
ルイの一言にどきりとする。誤魔化さなくちゃ、そう思うのに頭が真っ白になった。
「譲ってくれてありがとう。今日は帰るね」
ひらりとベランダを使って飛んだ彼は、滑るような身のこなしで庭までたどり着いた。そのまま闇に消えてしまう。手を振って見送ったアイリーンは大きく息を吐き出した。
『リン、今のはまずいと思う』
残ったお稲荷を口に放り込んだココの言葉に「私もよ」とアイリーンは肩を落とした。
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