第4話 ボクサツ君は踏みにじる!




 ★


 ボクサツ君は、お洒落なオープンカフェにいた。

 可憐ちゃんは、ボクサツ君を見つけるなり、満面の笑みで駆け寄ってゆく。ボクサツ君は見晴らしの良さそうな席に陣取って、優雅に珈琲を飲んでいた。


「やあ、可憐。今日はお友達を連れてきたのかな? 可憐に生きてる友達が出来るなんて、僕は嬉しいよ」


 と、ボクサツ君は可憐ちゃんを撫でる。

 可憐ちゃんはボクサツ君に撫でられると、ぴょんと飛び跳ねて喜びを露わにする。


「えへへ。私だって生きてる人と仲良くできるんだから」


 可憐ちゃんはボクサツ君に頭を寄せ、再び良い子良い子を強請ねだる。ボクサツ君は可憐ちゃんに応え、これでもかと頭を撫でまくる。二人がどういう関係かは知らないが、可憐ちゃんは、やたら過保護にされてるらしい。

 ふと、ボクサツ君と目が合った。


「ええと。友達というには少し歳が離れているみたいだけど。君は可憐とはどういう知り合いなのかな?」


 ボクサツ君が問う。


「あ、お友達というか、その、私、昨日レストランに居て、それで……」


 つい、言葉に詰まってしまう。だが暫くしすると、ボクサツ君の顔にひらめきに似た色が浮かんだ。どうやら、思い出してくれたらしい。


「あ。君は、昨日ファミレスにいた女の子だね。それにしても、犬まで連れてこんな所まで。一体、どうしたんだい?」


 ボクサツ君の言葉通り、私はコロロを抱き抱えていた。自宅は修羅場と化しているので、連れて来る他なかったのだ。

 私はボクサツ君に歩み寄って、愛犬を紹介する。


「うちのコロロです」

「わあ。可愛いだね」


 ボクサツ君は嬉しそうに手を伸ばし、コロロの頭を撫でる。


「か、家畜?」

「おっといけない。つい、いつもの癖で」


 と、ボクサツ君は涼しい顔で言う。次の瞬間、ボクサツ君のテーブルにチョコレートケーキが二つ運ばれて来た。ボクサツ君はその内の一皿を取って、おもむろに、自らの足元に置いた。

 私には、彼が何をしているのか分からなかった。が、間もなくボクサツ君の陰からスーツ姿の女性が、四つん這いで這い出した。その女性は薄く茶色がかった髪に、黒縁眼鏡をかけ、小柄で、やけに胸の大きな女の人だった。彼女はスプーンも使わず、直接、チョコレートケーキに齧りついた。


「にゃあ、にゃあ」


 彼女は猫の真似をしながらケーキを齧り、ボクサツ君の足に頬を摺り寄せる。口の周りはクリーム塗れである。

 変態だ。

 私は思わず、一歩下がった。

 ボクサツ君は、まるで汚物を眺めるような嗜虐的な微笑を浮かべ、変態の下顎を撫でつけている。


「か、可憐……ちゃん?」


 私は、助けを求めるが如く可憐ちゃんに目をやった。だが、可憐ちゃんは変態を気にも留めず、ボクサツ君の膝の上でチョコレートケーキを食べている。笑顔だった。

 な、何かがおかしい。

 私は、先程、自宅で起きた修羅場に匹敵する恐怖を感じていた。


「へ、変……態?」


 思わず言葉を漏らす。すると可憐ちゃんがこちらにキッと向き直る。


「違うよ! 変態は千夏ちなつちんだけだよ。ボクサツ君を一緒にしないで!」


 可憐ちゃんはぷんぷん言って、ショートケーキの苺をむしゃりとやる。

 この娘、現実が見えていないのか?

 私は、自分が誤解をしているとは、どうにも思えなかった。でも、可憐ちゃんの目を覚まさせる手も思い浮かばない。唯々、苦笑いを浮かべる事しかできなかった。


 ★


 一五分後、私はボクサツ君に、これまでの経緯を全て話し終えた。話をしている内に感情が高ぶって、思わず涙が溢れてしまった。

 暫しの沈黙が、私達を包んでいた。


「許せない」


 ボクサツ君が、怒りを押し殺したような顔で立ち上がる。


「君は何も悪くない。どうして、君が虐めを受けなければならないんだ。僕にはそれが許せない。この国では、他人は人様だよ。人様を人様として扱わない奴は、生きる資格がないんだあああ!」


 と、ボクサツ君は変態ひとさまの尻を踏みにじる。踏まれた女性は「きゃあ」、と声を漏らし、地べたに這いつくばる。だが、その吐息はどうも陰鬱で、変態的喜びを孕んでいた。私は何処からツッコむべきか迷っていた。

 ふと、可憐ちゃんと目が合った。可憐ちゃんは少し悲しげな、全てを諦めたような顔で、小さく首を横に振った。


「うさちんの事、ボクサツ君に助けてほしいの。ダメ?」


 可憐ちゃんが我に返り、ボクサツ君に言ってくれた。


「うううん。駄目とは言わないが、でも、うさぎちゃんといったかな? 君は相談する相手を間違えているよ。確かに、可憐は霊を見る事が出来るようだ。でも、この娘の霊能力はちゃんと修行をして獲得した力じゃない。悪霊への正式な対処法を知っている訳じゃないんだ。その上、僕には霊感がない。僕は祓い屋でも探偵でもなければ、警察官でもない。ただの物書きだ。そんな男が戦力になると思うかい?」

「でも……強いんですよね? 可憐ちゃんが言ってました」

「その認識は正しくない。僕は強い訳じゃない。可憐はまだ武を理解していないから、強い、弱いでしか語れないんだ」

「そんな難しいこと、私に言われてもわかりません。助けてくれないんですか? もし駄目ならはっきり言ってください!」


 私は感情にまかせ、声を上げる。

 ボクサツ君は、一つ、溜息を吐く。


「もし、僕が断ったら、君はどうするつもりなのかな?」


 まるで、私を見透かすような視線が突き刺さる。私が答えずにいると、ボクサツ君はもう一つ溜息を吐いた。


「仕方ないな。引き受けるしかないんだろう? ただし、僕も良い大人だからね。なにかしら報酬は要求させてもらうよ」

「……はい。お金なら、お年玉とか、払えるだけ払います」

「女子高生の財布には期待していないよ」

「え? じゃあ、私の身体……とか?」


 私は思わず身を竦め、後ずさる。


「そうそう。僕は女子高生が大好物で。って違う! 君は僕を変態かなにかと勘違いしていないか?」

「勘違いは……していません。だって、変態なんでしょう」

「君は僕を怒らせたいのか! 兎に角、力を貸せばいいんだろう」


 と、ボクサツ君は面倒くさそうに腰を上げ、手にした繩をぐっと引っ張った。縄は四つん這いの女性の首輪に繋がっており、引っ張られた女性は「ぐふっ」とうめき声を漏らす。ついでに言うと、愛犬のコロロはその女性の袖に食らいついて、それを食い千切らんばかり、激しく頭を振っていた。


 ★ ★ ★


 私達はボクサツ君の奴隷、否、連れの女性が運転する自動車で、私の自宅へと向かった。ちなみに、女性の名前は、子熊こくま千夏ちなつさんというらしい。職業は、なんと警察官なのだそうだ。世も末だ。


「私、面倒くさいのは嫌いなんですよね。そもそも女子高生って存在自体、虫唾が走りますし。女子高生なんて、みんな水虫と虫歯と痔になって滅べば良いんですよ」


 運転席で、千夏ちなつさんが悪態を吐きまくる。私はミラー越しに千夏さんから睨まれ、緊張を強いられ続けている。彼女が何故、こうも女子高校生を嫌うのかは分からない。どうせ、過去に女子高校生との間に何かがあっての事だろう。だとしても、私にとってはとんだとばっちりだ。


「良いじゃないか。どうせ、非番なんだろう?」


 助手席のボクサツ君が、にこやかに千夏さんを宥める。


「簡単に言いますけどね、法律的な事をいえば暴行事件の片棒を担ぐようなものですよ? 検察や裁判所で霊だなんだといっても、通用しないんですからね!」

「解ってるよ。面倒なことにならないよう、君を連れて行くんだから」

「いくらボクサツ君でも、こう都合良く使われるのは気に入りませんね。何か対価を要求します」


 千夏ちなつさんがぷりぷり怒った調子で言う。すると、ボクサツ君はそっと手を伸ばし、千夏さんの頬っぺたを抓った。


「反抗的な態度は、ご褒美を強請っているのかな? ん?」

「あうっ……そ、それはそにょ」


 途端に、千夏さんは陰鬱な吐息を漏らす。それからは黙り、ボクサツ君にされるがままだった。ボクサツ君は千夏さんの頭を撫でつける一方、その顔には、汚物を見るような侮蔑の色が浮かんでいた。


 ★ ★ ★


 私の自宅に辿り着いた時には、もう、日が暮れていた。


「じゃあ、作戦を説明するよ」


 車を降りた私達に、ボクサツ君がプランを説明し始める。


 ボクサツ君の作戦はこうだ。

 まず、私達は自宅に戻る道中、コンビニエンスストアに寄って水鉄砲を購入した。水を恐れる葉を追い詰める為だ。

 最初に、私と千夏さんと可憐ちゃんが水鉄砲で武装して家の中へと入る。

 次に、私が一人で二階へと上がり、何とかして葉を部屋から出す。まあ、悪口の一つも言えば、葉はカンカンになって追って来るだろう。葉が一階まで下りたら、隠れていた可憐ちゃんと千夏さんが飛び出して、二階への退路を塞ぐ。そのまま、二人は水鉄砲を使って葉を玄関まで追い立てる。

 葉が玄関から飛び出したら、外で待ち構えていたボクサツ君が殴り倒すか取り押さえるかして自由を奪う。その隙に、私達は三人がかりで葉を縛り上げる。

 以上が、葉捕獲作戦の内容だ。

 ちなみに、捕獲場所を家の外に決めたのは、ボクサツ君が狭い場所での闘争を苦手としているからだそうだ。手間はかかるが、まあ、家の中を滅茶苦茶にされるよりはマシだろう。




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