眠れぬ夜
「アルディート君はSランクに
戦闘開始から約二分。ギルド
それもそうだ。先に
アルが剣を振り汚れを払えば、
アルの戦闘試験の課題として用意されたメタルスコーピオン。
動きはその巨体からは想像もできない程に素早く、ハサミによる攻撃は金属も押し潰す重機のように重い。通常の刃物では傷さえ付かぬ硬い
上質な武器素材になるとしても、倒すまでに
そんな魔物二匹を相手に
ベルデさんの指示通り五十センチ大に生きたまま解体された魔物が、いっそ哀れに思えた。
「戦闘能力に限って言えば最上位のSSSランクにも相当します。が、
最上位ランクって…。
メタルスコーピオンとの余裕の戦いぶりに加え、僕が放った魔法の流れ弾から
この居た
僕との力の差が大き過ぎて、
戦闘に
「どうした?カルム。無事終わったのに元気無いな。疲れたか?」
「んー…まぁ。今日は色々あったしね。そっちはまだまだ元気が有り余ってるようで何よりだよ。」
ユヌ村を出てから
「では、こちらにお名前だけご記入いただけますか?」
カウンター越しにベルデさんと向かい合う僕達の横を、試験場からの階段を上ってきた冒険者達が距離を取りながら通過していく。依頼を受注するでも無く、打ち合わせのテーブルに着くでも無く、ただアルとだけは目を合わせぬように。
僕が
「おやおや、近頃は
透き通った氷の浮かぶフレッシュドリンクをカウンターに置きつつ、肩をすくめ
彼らだって日々多くの依頼をこなし生計を立てている立派な冒険者だ、SSランクの基準で見ては
それに僕もアルも、別に
打ち解けるのには
「いただきます。」
口に運ぶグラスで鳴る氷の音が、すっかり静かになった空間で涼しげに響いた。
「改めまして。カルム君そしてアルディート君、
「はい、お
ペンを握り、差し出された
この世界の文字でサインすらできないのは、
「僕の名前って、どう書くんでしょう?この世界の文字を読めはするんですが、書くとなると勝手が違うみたいで。」
「お名前でしたら“
「あ!そっか。すみません、お
「いえいえ。」
“
早々にサインを済ませたアルは、依頼が貼り出された掲示板を眺めつつ
「やっぱそうすっか。」
パンと手を合わせ言うと、掲示板のど真ん中、派手な
「ギルド長、王国からの依頼ってこれだろ?急ぎじゃないなら、先に他の依頼を
「えぇ、構いませんよ。王国の依頼に期限はございませんし、現状シャーフに滞在中の冒険者で、これを達成できる可能性のある者はおりません。誰かに先を越される心配は無いでしょうから、ゆっくりと
僕が魔物との戦闘でビビらないよう、気を
アルとしては多少の
ドリンクを飲み干し、解体の報酬で受け取った
「これは私が勝手にお出ししたものですから、お代は結構です。」
「…いいんですか?」
「ギルドは普段、酒場としても営業しておりますので、今後はそちらもご利用いただければ
なるほど、これがアロガンさんが言っていた救世主の特権か。証明となる
「あはは、ご
「それが良いでしょう。“
「どこまでできるかはわかりませんが、全力で頑張ります。…それじゃあ、今日はこのへんで。」
「はい。どうぞお気をつけて。」
すかさず先回りしてドアを開くと、
あんな風にされると、本当に執事にしか見えないな。強くて万能なオジサマ執事…オタク心を刺激する良い設定だ。
町長の娘であり
酒の席というのが気になるところではあるが、アルは喜んでいたし。
団員募集のチラシの裏、雑に書かれた地図を頼りにご自宅を目指す。どんなに地図がわかりづらくとも、町長の家くらい途中で誰かに
夕暮れ時、涼しい風が流れるシャーフの町を、少しばかり
途中アルから
花々に
「
「はわぁっ⁉︎」
突然目の前に現れた姿に驚き、素っ
急上昇した心拍数に胸を押さえれば、
「男がなんて声出してんだい。わざわざ歩いて出迎えるのが面倒だからテレポートしただけだろう。ほら、まだ顔を合わせて無いウチの連中もアンタらには
その見た目とは裏腹に、勢いのある
返事をするより先にテレポートで転送され、酒で盛り上がる大広間のど真ん中。
周囲のテーブルには大皿に盛られた幾つもの料理が並び、酒の
「お前達!
「おぉ♪そんじゃお言葉に甘えて。いっただきま〜す!」
ルクラさんの声で
「で?アンタはジュースにしとくかい?」
「えぇ…っと。そうですね。飲めないことは無いんですけど、得意な方でも無いので。僕は、隅の方で。」
身の危険を感じじわじわと
気配の
「おや、気付かれてしまったか。せっかく抱き心地を確かめようと思っていたのに残念だ。…どうだい?飲めないのなら、あっちでおじさんと未来の話でもしないかい?」
「い、いえっ!お構いなく!」
伸びてきた手を
「つぅかま〜えたっ♪」
「は?ちょっと、うわっ!」
本来なら歓喜すべき状況なのかも知れないが、どなたもすっかり出来上がっている様子。柔らかな感触を
「綺麗な顔してるのねぇ。ん〜……身体の方はどうなのかしらぁ?」
「な、何言ってるんですか…ひっ⁉︎」
服の中に滑り込んで来た女性の手が、胸やら背中やらを
早くも別のテーブルで酒を
こんな事なら、
こうなっては、愚かな考えだったとしか言いようがない。
「う……ヤバ。」
かなり強い酒を流し込まれたらしく、
腹を圧迫され、色んなものが今にも飛び出して来そうだ。
「一緒に便所に行くとしよう。な、カルム君♪」
この声はエトバスか。状況が好転したとも言えないが、この場から逃れられるのならもう何だっていい。
「ちょおっとぉ!その子は今、あぁしたちと楽しくやってるんらから〜。出すもの出したら、さっさと返しなしゃいよぉ?」
「あー、わかったわかった。」
回らぬ
「だから、おじさんが先に誘ったろう?」
早々にこうなる予想がついていたから、助け舟のつもりで声を掛けてくれたのか。いや、だとしても説明不足だし、初対面から印象が悪過ぎだ。意図を察せるはずもない。
反論と吐き気を必死に
表門の方から見て
前世では酒を飲むと、感情や思考に変化が起こるより前に足腰が立たなくなり具合が悪くなっていたから、姿形は変わってもそれは同じなのだろうとは思っていたけど…。
意識がはっきりしている分、具合の悪さもしっかりと感じられてまさに地獄。現状、頭を持ち上げる気力すら無い。
「さっさと逃げ出せば良いものを、お
ほんのり緑色に発光して見える液体をグラスに少量注ぐと、僕の口元へ近づける。
「さ、飲んで。これを飲めばすぐに吐き気がおさまる。ちゃんと
妙な薬を飲まそうとしているに違いないとは確かに思ったが、それを読んで真面目な顔で釘を刺すあたり
素直に飲み干せば、嘘のように吐き気が治まっていく。
この世界の薬は、原料となる植物や生物が持つ魔法的な効果を活用したものだから、前世に有った薬とは違い即効性は異常に高い。身体も直ぐにいつも通り動かせるようになり、姿勢を正して座り直した。
「…ご迷惑、おかけ…しました。」
この男に頭を下げるのも少しばかり
深く頭を下げ顔を上げると、視線を合わせ正面に
「いいんだよ。今こうして二人きり、美しい君を間近で見ていられる。それだけで本当に幸せなんだから。」
「はぁ……」
ならば好きなだけ見てくれればいい。それでお礼になるのなら安いものだ。
改めて部屋を見回すと、
「素敵な絵ですね。」
「だろう?こういう美しいものを集めるために働いていると言っても
そうすると、ここはエトバスの部屋。見れば見るほど本人のイメージとは程遠く、更には難しそうなタイトルの本が並ぶ本棚や机が、知的な雰囲気も
「でもそれだと、あなたの寝る場所が無くなってしまいますから。ルクラさんも僕達の分の
「またあそこに飛び込むつもりかい?行くなら止めはしないけど、今度は無理矢理酒を流し込まれるくらいじゃ済まないかもしれないねぇ?」
これは
「遠慮はいらないよ。どうせ今夜は当番で、おじさん寝れないんだ。」
「昼間も農場に居たのに、夜も仕事を?」
なんというブラック。他の連中はご
「…身体は、大丈夫なんですか?」
「おじさんのことを
そう言って
あぁ、なんとなくわかってきたぞ。
そもそも他人に危害を加えるような変態を、
「なんか色々誤解してたみたいで。…すみませんでした。」
「おや。誤解されたままで構わないんだけどね?まぁ、そんなに心配せずとも、休める時にちゃんと休んでいるさ。おじさんのことは気にせず眠るといい。」
シーツに
「ありがとうございます。」
手元の本へ視線を落としたまま、片手を上げて
「少しだけ、話しをしても構わないかい?」
「カルム君は、ユヌ村から来たんだったよね…。なら、救世主様とは、お会いしたのかな。」
「えっ?……ぁ」
思わず飛び起き、我ながら
これは、どう
「ユヌ村に新たな救世主様が
「…僕です。こんな
枕元に置いてあった
「やはり、そうでしたか。数々のご
ベッドを下り腕を引っ張って椅子に押し戻すと、正面に立ち向き合った。
「とりあえず!態度を改めるのはやめてください。それから救世主様と呼ぶのもやめてください。できれば、カルム君のままでお願いします。」
「しかし、そういうわけにも……」
「あぁもう、わかった!なら僕も
ぐっと顔を近付けると、うっとり目を細め満足げに笑う。
「……あぁ、美しい…」
こいつっ。僕の方から
「くっくっくっ、すまない。昼間教会に行った時、神父様に話しを聴いてね。カルム君がそうなんじゃないかとは思っていたんだ。だが初めから正体を隠してるようだったから、ちょっと
「
「死ぬこと自体を受け入れてはいても、苦しみながら
救世主の力を求めて教会を訪れた者の記録は全て残っていると言うし、明日一通り確認した上で順に
「このままじゃ気になって眠れないな。いいよ、詳しく聴かせて。」
ベッドに腰掛け詳細を話すよう
話を
相手が何者なのかはわからない。魔物かも知れないし、人という可能性もある。どちらにせよ、このままでは十日後に死ぬのは確定していて、もし戦わず全力で逃げるという選択をしたところで“
本人は死ぬこと自体受け入れていると言ったけど、正直そんな言葉信じられなかった。覚悟を持って日々
「そんな顔をされては、覚悟が
その表情に、声に、心が
フィーユの“
コールネイチャーで
ならば残る手は一つ。アルに
アルなら僕の
「アルにも話して、二、三人ずつ書き
「ありがとう、カルム君。今日、君に出会えて本当に良かった…」
寿命の延長はまだ一度成功したのみで今度も確実にできるとは限らないから、先に告げて期待させるのはやめておこう。
それに、このままでは何かが足りない気がする。書き
これを
「エトバス。お風呂って使わせてもらえる?」
「ん?あぁ。一階に大浴場がある。今日はもう誰も使わないだろうから、貸切りなんじゃないかな。」
「ちょっと頭をスッキリさせたくて。一階に行けばわかるかな?」
「階段を
「一人で!行ってくるから!あと僕、結構
アロガンさんか、ネルか。どちらの助言を
残念そうに手を振るエトバスを部屋に残し、小走りで大浴場へと向かった。
エトバスの言った通り、大浴場は貸切状態。
(お待ちしておりました!カルム様!)
僕が名前を呼ぼうと
「連絡が遅くなってごめん。途中で
(それを聴き安心いたしました。ご無事で何よりです。)
「ん。ありがとう。」
(…それで、何か問題でもございましたか?)
とは言え、すぐに本題に入れるのは有り
「で。このまま書き
(そうですね……)
僕が話した内容を頭で整理しているのか、
(私が気になったのは、二点。申し上げてもよろしいでしょうか?)
「
やはりアロガンさんに相談して正解だ。天使時代の仕事ぶりを、
(まず一点。
「っ!…そうか。教会に行くより先にこの話を聴いたから十二人だけと思って対応を考えていたけど、彼らだけでは済まないかも知れないんだ…」
(はい。そしてもう一点。カルム様が足りないと
あぁ、まさしくその通りだ。現時点で、十日という期限内にエトバス達を死に至らしめる原因を取り除ける見込みが無いから、書き
答えを示され納得に至るも、実質的な問題の解決にはならず頭を抱える。
シャーフにはSSランクのベルデさんが居て、Bランク以下とは言え戦闘に慣れた多くの冒険者が滞在している。それに今は
(シャーフの
「ふぅ…。
(⁉︎入浴してらっしゃったのですか?…お背中もお流しできず、残念です…)
「あーうん。そのうちお願いするよ。それじゃ。」
さて。早々にアロガンさんとのコールを切ったのは、ネルに尋ねるべきことが絞れたからだ。
被害者が
アロガンさんへ告げたようにギルドで尋ねれば、敵をある程度絞り込むのも可能だろう。けれど推測を相手に挑むのでは、確実な勝利は期待できない。更に情報を集めれば勝率は上がるのかも知れないが、“
であれば、僕に残された手段は一つ。この世の全てを知る神様に、敵の正体を教えてもらえば良いのだ。それさえわかれば、それなりに作戦だって立てられるし、排除できる可能性も高まるはず。
腰にタオルを巻いて大事な部分を隠し、教会で祈りを捧げるかの
「ネル。聞きたいことがあるんだ。」
呼び掛けると同時、空間を押し潰すような感覚に
「こんな
「構わない。アレと話すのも見ていた。
ネルにあるまじき話の早さに驚く。いや、僕とアロガンさんのやり取りの
しかしコールの間ずっと見られてたってことは、この腰に巻いたタオルも
「えっと、そうなんだけど。…っふぅぅ…」
大きく息を
首を傾げその頬を撫でつつ、ネルは
「
認定試験の時に見た、あの光の結界のことか。アロガンさんの
ならばどうする?
「
「アルディートが
「えっ?それは…、神様的に言っても良いこと?」
カバーできない範囲をどう守るのかばかり考えていたところへ『結界に頼らぬ方法で』と言われ、目から
「これは助言。ネルは何もしていない。力を尽くし皆を救うといい。」
「ネル……。ありがとう…」
世界への手出しを自ら禁じている神が、一方にだけ味方し道を示すなど世の
ネルの助言で大まかな方針は定まったとは言え、ここから先は自力で考えるほか無い。
「カルムの髪、ネルが洗う。」
「は?い、いいよ!自分でやるから!」
「ネルが……髪…」
あぁぁ。めちゃくちゃ落ち込んでいるオーラを背中にひしひしと感じる。
考えてみれば、
「やっぱり!お願いしよう、かな。」
「任せておけ。」
振り返る僕に、キリリとした顔で親指を立てる。いや、無表情なのは相変わらずだから、ネルの感情を読み取るのに僕が慣れてきただけなのかも。
洗い場の
誰も見ていないんだし、これくらい甘えたってバチは当たらないだろう。
あれ?バチを当てるのって神様の担当なんだっけ?なら、その心配も無いわけか。
「
「あははっ、人間の
互いの立場を忘れこの状況に身を
僕は前世でひとりっ子だったしな…。幼い頃は、周りの友達が兄弟
大人になって妹系にハマった時は、僕の妹を名乗る女の子が突然家に
…………あれ?
もしかしてネル、僕の妄想を満たそうとして少女の姿で居るなんてことは無いよね…?
首を振り、その考えは
「あー…ネル?流石に身体は自分で洗うから。」
「むぅ……」
僕の髪を洗い、
少女に全身くまなく洗わせるなんて非合法な
背を向け前方を隠しながら、手早く全身を洗い泡を流す。
「さてと。いくら
「わかった。またな、
「ふっ…おやすみ、ネル。」
一瞬にして消えたネルの残した水滴が、
心配のあまり、本を片手に廊下を
この世界にもその表現が存在するのかと驚くも、先に
僕の他にも
本は手元にまで届いても、肝心の救世主の力は届かない。どれほど
期限は明日より十日。今回の
やはり僕が僕自身を
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