認定試験
創作スキルで用意したタープの作る影にフィールドラグを広げ、草原でのデイキャンプさながらに居心地を整える僕の周りを、神様がゆったりと浮遊している。
神様が
「それで…。神様はまた、どうしてこのタイミングでおいでになられたのですか?」
神様相手にどう話せば失礼にあたらないのかわからず、その姿を見上げぎこちなく問う。
小さな両の手で僕の手を握ると、
「他人行儀なのは好ましくない。カルムはエテルネルをネルと呼び、そこの勇者と同様に接するべき。」
「え?いや、でも…」
どうやら神様はその
「別にどう話すかなんて
外見による先入観から、へつらった態度を取るのも違和感が
前世で
「勇者は良い事を言う。ネルは勇者が気に入った。勇者もエテルネルをネルと呼んで構わない。勇者とネルは友達だ。」
「おっ!神様と友達なんてすげぇな!んじゃネル、ネルも俺のこと勇者じゃなくて名前で呼んでくれよ。」
「わかった。アルディート。困った事があればネルに言うといい、助言くらいは
表情からは読み取りづらいだけで、神様も感情豊かなようだ。ツインテールを握りアルの周りを飛び回ってはしゃいでいる。
僕たち人間などには対処しきれないような問題も、
けれど神様にも人の様な感情が有って、友達が一人できただけでこんなにも喜ぶ様を見ていると、その価値観は僕らと何ら変わらないように思えた。
想像も及ばぬ
「…あの。ネル。」
自分の中で勝手に築いた常識などは
「どうしたカルム。ネルがアルディートと仲良しで寂しくなったか?ハグするか?」
「いや、そうじゃなくて。敬語はやめようかなって…んんぅ」
薄っぺたな胸を押し付け抱きついてくる。これは僕の方が甘やかされていると
「ん、む…。ね、ネル、もうハグはいいから。なんで今こうして僕らに姿を見せてくれたのか、聞かせて欲しいんだ。」
「……?ネルはカルムに会いたかった。ハグしたかった。だから来た。」
んー。それはもう聴いたんだけどなぁ。
神様の割に察しが悪いのか、僕の聞き方が悪いのか、思うように会話が進まない。
それでもどうにか一つずつ質問を重ね、初めから僕を導くつもりはあったのに今まで姿を見せなかったのは『アロガンさんが居たから』という回答を得るに至った。
しかし、そこでまた一つ疑問だ。小さな村の神父でしかない人間が居たからって、それが何だというのだろう?僕や勇者にならば姿を
「アレはネルの
「は?ちょっと待って、アロガンさんが天使⁉︎いや、
衝撃的な事実にまたも頭は混乱したが、冷静にならねばエテルネルから詳細を得るのは困難だ。
一旦周囲を歩き気持ちを落ち着けてから再び質問を繰り返し、現在に至るまでの経緯を聞き出した。
アロガンさんは元はイブールという名で、エテルネル付きの天使だったそうだ。
頭が良く、必要な事は先回りして何でもこなす。数多く居る天使達の中でもその能力は
が、彼には神の力を持ってしても、どうにもできない問題が一つ。
エテルネルを
ある時、そんな状況を
新たに与えられた
ユヌ村を
まぁ僕のサポートに関しては、エテルネル自身が説明下手だから、優秀な彼に任せたってのもあるだろうけど。
ともかく、エテルネルの
ついでに僕に対しても
ここまで聞き出し整理するまでなかなかに時間を要したが、これだけ
一仕事終え大きくため息を吐くと、どこか納得いかない顔をしたアルと目が合った。
「あの人には口止めされてたんだけど…もういいよな。」
「ん?…あぁ、もしかして。森でアロガンさんを襲った理由を聞いた時のこと?」
確かあの時アルは何かを言いかけて、それをアロガンさんが
「俺があの人を攻撃したのは、高レベルな結界で守られてるあの森には異質な
なるほど。思念伝達なんて便利なものを使える上、そういうやり取りがあったわけね。でも
と思ったところで気が付いた。
エテルネルは最終的にアロガンさんことイブールを、力の大半を奪った上で人間に
この世界でも人間の寿命は長くて百年程度。三百年もの間、今の姿のまま生きているなどおかしな話だし、もしそうならば村人達が不審に思って
「俺と敵対しないってことは悪い事をする気は無いって意味だろうから、そこは別にいいんだけど。ネルの話しだと今は人間のはずだろ?魔族の気配がすんのは変じゃないか?」
アルの言う通りだ。ひょっとして、エテルネルによって奪われた力を早々に取り戻し
「えっと…。ネルはアロガンさんを人間としてこの世界に送ったんだよね?人間の寿命って短いのに、三百年間も村を
「アレは従順。ネルの命令が絶対。通常の転生では幼少期に守護力が弱まり危険と考えた。肉体の変化に伴った弱体化は老いてからも同様。
つまり普通なら他の人間と変わらず老いて死に、誰かの子供として0歳からスタートという流れを繰り返すところを、老いて思うように動けなくなるより前に別の身体へと魂を移すことで守護力を保っている…と。
「でもそうすると、
「
あぁ、極刑に値する罪を犯しながらも裁かれること無く逃げ延びている極悪人を捕らえ、
ただなぁ、中身がそうで無いとしても、ガワが犯罪者ってのはちょっと受け入れ難いと言うか。神様達にとっては肉体なんて魂の器に過ぎないってことだ。
だいたい僕だってその器を変え転生させてもらってるわけだから、割り切って考えるべきなのだろう。
「アロガンさんの力についてはどうなんだろう?アルは、魔族の気配を感じたって言ってるんだけど。
「力は二割程度。アレは完璧主義。魂を鍛え、より守護力を高めようとしている。」
「そのまま強くなり続けて、暴走するなんてこと…無いよね?」
「この世界の道理に反するのならネルが処分するだけ。シャンスもそれで同意している。」
罰を与える程度の意味合いなのだろうが、処分と言うと大分物騒な感じがする。まぁアロガンさんなら、エテルネル直々のどんな罰にも
それよりも、気になったのはシャンスって名だ。聞き覚えはあるものの、どこで聞き何者だったのかが思い出せない。
「シャンス…とは?」
僕が聞くと、エテルネルが口を開くより先に、アルが得意げな顔で説明し始めた。
「現世には四つの世界が存在しててな、それぞれの世界は別々の神様によって創造されたんだ。テールの神がスウリール、ボヌプレムはボアドゥース、ラージュゲールがディシニ、そしてイディアリュウールがシャンス。シャンスは四人の神様の中では一番若くて、他の三つの世界を巡った記憶と神々の助言をもとにこの世界を
こいつのメンタルは鋼か?神々の頂点に立つのがエテルネルだと知っていながら、本人を前にしても変わらずのこの態度。
もういちいち驚いていたって僕の身が持たないし、無感情の
四つの世界に、五人の神様か。知らないことを教えて貰えるのは非常に助かるのだけど、畳み掛けるように与えられる情報を覚えておける気がしない。こんな時は書き記しておくのが一番。
前世、仕事で使い慣れていたような手帳を創作スキルで生み出すと、二人に確認を取りながら情報を整理し書き込んでいく。
テール。地球を含めた他幾つかの星から
ボヌプレム。天国と称される場所に当たる愛と平和の世界。テール及びイディアリュウールで死んだ者の魂を受け入れ、天使や精霊、妖精と呼ばれる者達が転生に際しての指導や手続きを行っている。天使達を統括し王として君臨しているのは女神ボアドゥース。めちゃくちゃ豊満な美女の姿を
ラージュゲール。地獄と称される場所に当たる怒りと争いの世界。ボヌプレム同様に魂を受け入れ、
イディアリュウール。多種族共生、自然に満ちた魔法の世界。余命宣告システムを採用。不満解消の策として、前世の記憶を有した他の世界からの転生者(救世主)を不定期配置している。創造神はボアドゥースとディシニの子シャンス。エテルネルの孫にあたる。
イブール。アロガンさんの天使名。
エテルネル。時の神。
アロガンさんから聴いた分はまた後で書き込むとして、一先ずはこんなものか。文字は
「ネルは最高に可愛い神様。カルムは不満か?」
しまった。どんな文字で書こうともネルは神様なのだから読めて当たり前。せっかく遠慮して黙っていたのに、本音がダダ漏れだ。
「いや、ほら。ネルは僕のママだって言ってたから、僕がママってものに抱くイメージに
バレてから先、
じわじわ浮力を失って、しょんぼりとした雰囲気を
「…ネルは何にでも
「あー、ごめん。ごめんってネル。うん、ネルはそのままでいいよ。ちゃんと可愛いし。僕、そういうのも好きだから!」
あぁ、何だこの性癖暴露みたいな言い訳は。エテルネルの機嫌を直すのには成功したが、自分が恥ずかしくて辛い。
若干の羞恥心に頭を抱えていると、僕の肩に触れつつアルが立ち上がる。右手を
「カルム、
アルも相手からも互いが視認できているのかも知れないが、僕には遠過ぎてよく見えない。
うち二人が放牧している牛と山羊の元へと向かい、残りの者達が武器に手を添えこちらへ歩み出した。
「あっそうだ、これ片付けておかないと。ネル、ちょっとタープの外に出て……て、あれ?ネル?」
たった今まで直ぐ
(ネルはいつでも見守っている。またな、カルム…アルディート……)
声は耳にではなく、優しく脳内に響いた。
そうだった。ネルは神様、
「アル、悪いけどそっち側持ってもらえる?畳んでしまっておくから。」
「収納魔法使えるんだったら、そのまま入れときゃいいんじゃないか?」
「別空間に放り込むわけだし広げたままでも邪魔にはならないかも知れないけど、また取り出す時の事も考えろって。それに、ちゃんと整えてしまっておきたいタイプなんだよ。僕は。」
このストレージって収納魔法、初期レベルでも十畳の部屋程度の容量が有り、体積で埋めるまでは個数や重さ、形も特に関係無く詰め込むことが可能。完全に別空間に隔たれており、僕がどんなに動き回ろうと収納したものが振動で壊れてしまう心配は無い。しかも中にある物は“
丁度片付けが済んだくらいのところで、こちらへ向かっていた
それもそうだ、どう見たってそこらの駆け出し冒険者が挑んでどうにかなるレベルの魔物じゃない。そんな魔物が一匹ならまだしも三匹、首を斬り落とされ死んでいるのだ。
現時点、むしろ警戒されるのは魔物の死体よりも僕達の方である。一切面識の無い僕では要らぬ擦れ違いが生じかねないと思い、アルに付き添う形で彼らに近付いた。
「よっ!こないだぶり!最近家畜の数が減ってるっつってたの、こいつらのせいだったんだなぁ。」
「あぁ。アンタが倒したのかい?…バイパーの群れを棒切れ一本で一掃した時も、ヤバい奴だとは思ってたけど。…アルディートだったか、アンタ一体何者なんだい。」
応じたのは、黒髪がよく似合う西洋系な顔立ちの長身な女性。頭には羊のような角と耳、存在感のある胸に
「ただの冒険者だって。俺も色々あってさぁ、これからまた王都に戻るとこなんだ。なぁ、家畜を食い荒らしてた魔物討伐の報酬にさ、町まで送ってくれよ。」
「そりゃ構わないが。…そっちのは仲間かい?」
「え、ぁの…ちょっと…。ひっ⁉︎」
たじろぐ僕を品定めでもするかのように見つつ、首筋から顎にかけ指を滑らせニヤリと笑う。草食を思わせる
「君はとても美しいな、見ているだけで心が洗われるようだ。どうだい?今日こうして出会えた記念に、おじさんとデートしないかい?」
今の外見であれば性別を間違えるのは無理もないが、こういう軟派な男に出会うのは初めてのことで扱いに戸惑う。
思い違いを修正しようとした矢先、男の脇腹に後方からの蹴りが減り込み、その勢いのままに吹き飛んだ。
腕組みをして見下ろす
「嬢ちゃんが怯えてるだろう!自重しな‼︎」
「いや…僕、男なんで。なんか…申し訳ないですけど。」
恐る恐る告げる僕に、再び視線が集中した。他三人の
「ユヌ村で会ったんだけど、カルムは魔法が得意でさ。俺が剣しかマトモに扱えないから魔法使いの仲間が欲しいんだって話したら、冒険者ってのにずっと興味があったらしくて、即仲間になってくれたんだ。こいつらを簡単に倒せたのも、カルムの魔法のおかげなんだぜ。なっ?」
「へ?あ、あぁ。いえ、僕の魔法なんて大したことは…」
王の承認を得られていない勇者に、転生したばかりの救世主。説明するのはややこしいし、
さっきの戦闘ではビビって腰を抜かし
「アンタ、あたしらの町に立ち寄ったことは無いのかい?魔法が得意ってんならテレポートくらい使えるだろう。」
「あー、今まで一度も村から出たことが無くて、今日が初めてなんです。アルに聞いたところ、皆さんの町までは歩いて三日はかかるそうですし、一度運んでもらってポイントを設置させてもらおうかなと…」
「ふぅん、まぁいいさね。何にせよアンタらは恩人だ。町に戻ったらもてなすよ。あたしの名はルクラ、町長の娘だ。よろしくな。」
「カルム・オレオルと言います。よろしくお願いします。」
何か疑われている感も否めないけど、とりあえずは納得してもらえたかな。
他の
「それは暗号か何かかい?」
「ひあぁ…⁉︎」
それぞれの名前と特徴を走り書きする手元を肩越しに覗き込まれ、驚きのあまり変な声を出してしまった。
「っくっくっく…
「は、はぁ…」
喉を鳴らして笑うエトバスの言葉が冗談ばかりとも思えず距離を取る。すかさずルクラさんの拳が彼の腹部を捉え、
「いい加減にしな!まったく…。コイツは農業の腕は立つし戦士としてもかなり優秀なんだが、見ての通りオツムの方に難があってね。多少痛めつけても構わないから、変な事されないように気をつけるんだよ。」
アロガンさんと言いエトバスと言い、この世界では秀でた能力を持つ者程、紙一重でなければならない決まりでもあるのだろうか。
アルを盾に遠目からヒールをかけてやれば、こちらに流し目を送りニヤリ笑みを浮かべている。
「痛めつけるとか、そういうのはちょっと性に合わないので。適正な距離感を保っていただけると助かります。」
「はっ…あっはっはっは!アンタ優しいねぇ。流石、箱入りだ。あの村の外でこの先も冒険者としてやってくつもりなら、もっと非情にならなきゃ…そのうち大怪我するよ。」
「俺が守るから、心配ないよ。」
僕を小馬鹿にするような態度が仲間として気に入らなかったのだろう、少々不機嫌にアルが言った。
とは言えルクラさんの忠告も
それから僕は、
魔物の解体なんて初めての経験で多少不安はあったけど、この世界での通貨を報酬として頂けるとあっては、現状
おおよその流れを聞いてみれば、やることは案外単純だった。切り
解体作業員の指示に従いアルが剣で
アルの常人ならざる剣
極力目立たないようにと考えていたのに、ちょっと張り切り過ぎたかな。この様子じゃ、じきに噂が広まるのも止む無しか…
「カルム、あんま無理すんなよ。ネルにも言われただろ。」
報酬に釣られたのは事実ながら、それより何より困っている人を放っておけなくて解体まで
「ごめん。なんかアルばっか働かせてるみたいで申し訳なくて…」
そう言って返すと、アルは心底呆れた様子で盛大に溜息を吐く。
「カルムってほんと人の事ばっかだよな。俺だって、困ってる人を一人でも多く救いたいって思ってるから、気持ちが先走るのはわかんなくもないけど…。誰かを助けるにしてもさ、自分が元気じゃなきゃどうにもなんねぇだろ?ちょっとは冷静になって、仲間を頼れ。」
やや強い口調とは裏腹に、頭を撫でる手はとても優しい。魔力の譲渡を終えて
「ぁ、う…。ごめん。」
中身では二十も歳下の相手に、こんな風に
常に他者を気遣えるだけの余裕があるのは、そうなれるだけの並外れた努力を積んできたということだ。大した争いも無い平凡な田舎でただ生きていただけの男が
「アルはホントに勇者なんだね。」
「え⁉︎俺が勇者だってこと、実はまだ疑ってたのか…?」
「そういうことじゃなくて。アルの勇者としての心の資質を言ってるんだよ。凄いなって思ってさ。」
「?そうか?」
無自覚なのがまた凄いんだよなぁ。
唐突に今回の解体で貰える報酬のことを思い出して、そのお金で何を食べるのかなんて言い出したし。
いやでも、村ではアロガンさんの手料理ばかりだったから、この世界の食文化にはとても興味がある。解体場まで来る途中、食事処やら露店から食欲をそそる香りが漂っていた。どれくらいのお金になるのかわからないけど、報酬を受け取ったらちょっと行ってみようかな。
「まだギルドに登録してもいない新人冒険者⁉︎冗談はよしてくれ。君らみたいなバケモノを、ギルド側が放っておくわけがないだろう!」
面と向かって僕達をバケモノ呼ばわりしてくるのは解体場の場長バッズさんだ。報酬を頂いて早々に退散しようと思っていたのに、受け渡し手続きに少々時間がかかるからと
「アルも僕も、田舎から出て来てまだ間が無いんです。バケモノだとか言われても、誰かと自分を比較する機会も無かったので、よくわからないと言うのが本音でして…」
「あぁ、いや、すまない。ワシもこの仕事に
嘘は言っていないのかも知れないが、深夜の通販番組さながらの
「そんなに…ですか?身一つで田舎を飛び出して来たものの、お金が無くて困ってたんです。やはりギルドに登録した方が稼げますかね?」
「君らなら稼げるなんてもんじゃ無い。ギルドに登録した者だけが受けられるクエストの中には、貴族や王国からの依頼もあってな。当然難易度は高いが、その分報酬はデカい。金も名誉も手に入るとあっちゃ、興味も湧くんじゃないかね?」
要するに、そういった依頼が現在ギルドに届いていて、僕らに受けさせようって魂胆なのだろう。もし依頼を達成できれば、恐らくギルドとしても何らかのメリットがある。現状、僕ら以上に使えそうな冒険者に心当たりが無いのだとしたら、ここで確保しておきたいと考えるのも当然の話だ。
「そういう依頼をこなせば、王様に俺のこと知ってもらえんのかな。」
「それは
「別に有名になるのとか興味はないんだけど……そっか。なぁ、カルム。」
アルが言わんとしていることがわかり
依頼達成で王様からの覚えが良くなれば、
「ひょっとして、
「あー…はははっ。勝手にすまない。解体作業の様子をギルド長も見ていてな、王国の依頼を受けてもらえるよう話を進めておけと任されたんだ。ランク認定試験の準備が済み次第、迎えに来ることになっている。」
ランク試験…、まさか筆記試験だなんてことは無いだろうから、実戦を
王国の依頼に関しても、詳細を聴けていないのが何ともな…。
「依頼内容がわからないのは少しばかり不安ですが、そのギルド長さんは僕達ならばと判断されたんですよね?なら、ご期待に添えるよう頑張ります。」
「おぉ!そう言ってもらえると助かるよ!
「ありがとうございます。助かります。」
渡された
教会を
「カルム君とアルディート君でしたね。まずは、こちらの要請を
元冒険者というのも頷ける
ギルド長の名はベルデ。自身もSSランクの冒険者資格を持ち、驚くべきことに王様とも交友があるのだと言う。
上手くいけば、ベルデさんから王様に取り次いでもらうこともできるかも知れない。信用を得る為にも、さっさとギルドへの登録を済ませて大きな依頼をこなさなくては。
「実のところギルドの仕組みもよくわかっていないので、全てお任せします。ただ…やはり戦闘試験なんですね。それぞれ単独で戦わないといけないんでしょうか?」
「はい。冒険者ランクは個人
戦闘試験と聞いても一切動じないアルに対し、緊張を顔に出す僕に気付き聞いてきた。
「あまりというか…、実は一度もありません。本当のことを言うと、例の
「そうだったのですか。ふむ…、でしたらカルム君は私がお相手いたしましょう。カルム君の魔法が実戦で通用するレベルなのかだけ見せていただければ結構です。」
正直に答えれば僕だけ試験を見送られるか、それでも魔物と戦うことを強制されるものと思ったが、ギルド長が直々に相手をするとは一体どういうことなのだろう。その軟弱な根性を叩き直して差し上げます!なんて、ボコボコにされたりしないよね。SSランクの冒険者が相手だなんて、そこらの魔物を相手にするよりもずっと恐ろしい気がする。
「危害を加えるつもりはございませんので安心してください。救世主様に怪我を負わせたとあっては、世界中を敵に回すことになり兼ねませんから。」
「っ⁉︎どうして…」
耳元で告げられ驚いた。ユヌ村を出て以降、誰にも救世主であることは話していなかったし、アナライズでステータスを見たところでそこまではわからない。
「ギルドは教会とも連携しておりますので、そういった情報は
警戒し身構える僕に、ベルデさんはニッコリと笑いそう答えた。
「あぁ…そういうことですか。もう町中に知れたのかと思って焦りましたよ。自分のやるべき事はしっかりやっていくつもりですが、無用な争いに巻き込まれるのも避けたいので。できれば僕の正体、黙っていてもらえませんか?」
「承知しております。ですので、ここでは新人冒険者ということで。認定試験、頑張ってくださいませ。」
「あ、はい……頑張ります。」
ベルデさんに連れられギルド受付の裏手、長い階段を下りた先には訓練場と試験場を兼ねた地下空間が広がっていた。ぐるり周囲には簡易な観覧席もあり、先ほど外で見かけた冒険者達が僕らに向け
正確には僕に向けて、か。か弱いお嬢ちゃんだの、ひょろひょろのモヤシだの言いたい放題だ。
これも娯楽の一つなのだろうし、実際僕が貧相に見えるのは事実だから仕方ないとは言え、なかなかどうしてイラっとするな。
「先に僕からお願いしてもいいですか?今なら、やれそうです。」
「えぇ、構いませんよ。」
中央まで歩み出て、ベルデさんと距離を取り向かい合う。
「この空間には、どれだけ暴れようとも外へ被害が及ばぬよう強力な結界が
説明を終えしなやかに右手を上げると、そのまま横に払い魔法陣を展開する。
「私を殺すつもりでかかってきてください。マジックウォール!」
圧のある声と共に、その身体を淡い光の壁が覆った。流石はSSランク、防御魔法を詠唱のみで発動する点からも経験の豊富さが
対して僕は雑魚だ何だと
「…っ、行きます!ファイアーレイン‼︎」
呼び出された無数の火球がベルデさんに降り注ぐ。動かぬ的に全弾命中するも、爆煙の
「アクセレーションっ!」
アルが
目で追えぬ程の速さで周囲の槍を蹴り折り、その風圧で炎を消し去ると、何事も無かったかのように初めの位置に戻りスーツの乱れを整えた。
ほんの数秒の出来事に沈黙していた観覧席が、舞い散る土煙りが落ち着くにつれ次第に
僕を応援する声もちらほら出始めたはいいが、どいつもこいつもお嬢ちゃんお嬢ちゃんと…。いつもならどうとも思わないのに、今は何故だか
「僕は男です!ちょっと黙っててください!」
ベルデさんから終了の合図はまだ無い。この程度では納得できないってことなのだろう。
ちまちまと攻撃魔法を当てていたところで、
「ふぅ……サンダーレイン。ストーンプレス。」
ゆっくりと息を吐き、二つの魔法を唱えた。しかしどちらも発動する気配が無く、ベルデさんとアルを除き皆首を傾げている。
なぜだかすっかり僕の味方になったつもりでいる者達からは、励ましの声が上がり始め。
皆好き勝手に騒いで…、こちとら必死なんだぞ。これでどうにもならないんだったら、経験を積んでまた出直すしかない。
「アル!手間かけさせて悪いけど、みんなを守って!」
「おー、わかった。任せとけ!」
右手を高く掲げると同時に、
「スゥ……フレイムバースト‼︎」
追って撃ち込んだ爆撃魔法も、まだまだレベルは低いが破壊力は抜群。雷撃と合わさり更に威力を増して、積み上がった巨石をも砕く高熱の爆風が吹き荒れた。
あ…ヤバい。これ僕も逃げ場が無いんじゃ…
ゲームでは
岩でも当たればそれこそ致命傷だろうけど、こんな閉ざされた空間で防御の考えも無しに威力の高い魔法を使った僕が悪いのだから仕方が無い。
あぁ、またアルに叱られてしまうな―――
やがて爆風が収まり、あたりが静かになったのを感じ目を開くと、そこにはベルデさんが背を向け立っていた。初めに使ったマジックウォールとは別の防御魔法だろうか、僕たちを覆う光のドームがガラスのように砕け散る。
「カルム君。あなたをAランクに認定します。行使可能な魔法はSランクに相当しますが、まだご自身の能力を把握でいていない上、状況に応じた判断力も欠けている。Sランク以上の冒険者は魔王戦などで軍団長を任されることもございますから、現状カルム君にその資格を与えることはできません。もし更に上を目指されるのでしたら、もっと経験を積んでまた試験に挑戦してくださいませ。」
「…はい。すみませんでした…」
それ以上、返す言葉も無い。
魔法の火力にだけ関して言えば評価に値するものだったのかも知れないが、全くの無傷で立っていられると、それすら自信が持てなくなってしまう。
とは言え、魔法を撃ち込んだ先に目をやれば、我ながらちょっと引いてしまうくらいには地形が変わってしまっていた。練習する場も無かったから攻撃魔法なんて初めて使ったけど、えげつないな。
「お疲れさん。」
試験場の端まで飛び散る岩を飛び越え、アルが声をかけてくれる。その背後、観覧席を強固に守っていた魔法壁が光の粒子となり消えていった。
「今度は俺の番だな。えっと、俺は魔物と戦うんだっけ?」
「大型のメタルスコーピオンを二匹ご用意いたしました。この魔物、
両手で五十センチ程の大きさを示し微笑んでいる。実践能力を見るのが目的のはずが、これでは解体作業の続きじゃないか。
「そんじゃ、腹も減ったしさっさと済ますか。今夜はルクラが美味い飯でもてなしてくれるって言ってたし。へへっ、楽しみだなっカルム!」
「ハハハ……そうだね。」
ベルデさんの意図を知ってか知らずか、それでも能天気に居られるアルが羨ましい。
観覧席に引っ込む僕を見送りヒラヒラと手を振った。
ベルデさんの中では、アルのランクは既に決まっているのだろう。ギルドの規定に従い、カタチばかりの試験を行うだけのこと。どうせやるならとギルドの利益になるものを選ぶあたり実に
高く掲げた右手の上方に大きな魔法陣が展開した。これはベルデさんの魔法ではなく魔道具の力か。人差し指にある指輪の宝石が強い光を放ち、魔法陣から二匹のメタルスコーピオンが呼び出される。
銀色に艶めく巨大なサソリが二匹。両のハサミを上げ尾を震わせながら不快な音を立てた。
「では、始めてください。」
観覧席にAランクを上回る者は一人も居ないようで、僕が最後の魔法を放って以降、静けさを保っている。
その顔を見渡せば、もはや呆然とするばかりの冒険者達。彼らはこの後起こる出来事に、戦慄することになるのであった。
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