第二章 羊人族の町
旅立ち
己の意思とは関係なく、自身の
アロガンさんが責任を持ってフィーユを
その辺りも含めての
結果的に、フィーユは
勇者の秘密をあまり多くの人間に
時間にして一時間程度。ガタイのいい成人男性が小さな少女の両手を握り、右だ左だ大きく小さくなどと指示を出しながら楽しそうに動く様子を見ていると、僕は一体何を見せられているのだろうと何とも言えない気持ちになった。
アルが教えること自体は簡単だと言っていた通り、
成功するって確信はあった。けれど明確な根拠があったわけではないから、
ともあれこれでフィーユは、ベッドで横になってばかりの生活から解放される。僕の回復魔法も、もう必要ない。
両親はフィーユの病について一切の心配が無くなり、夕食後にもかかわらずご近所を巻き込んでの酒盛りを始めてしまった。まぁ、
早速盛り上がるプースたちを横目に退散を試みるも
一人また一人と酔い潰れていくのを見守りながら、ようやく家に戻れたのは深夜二時も回った頃。寝る場所も無いからと引き
「世界は違っても、酔っ払いの相手が大変なのは変わらないな…。場の空気を壊すのも申し訳なくて、僕を気に掛けてくれてる人がいる間は席を外すわけにいかないし…」
「カルム様に近付くことすら遠慮していた者もいましたから。皆、嬉しかったのだと思いますよ。」
用意してくれた水を飲みつつ、言葉を交わしたそれぞれの顔を思い出す。確かに皆とても嬉しそうで、直接関わりの無かった人からも感謝の言葉が絶えなかった。
結局、呪いだ何だと噂していても、誰もがフィーユたち一家のことを心配していたってことだ。
「良い村だよね。旅に出てからも、ちょくちょく戻ってきて良いかな?」
「私は毎日でも構いませんが。」
「それは流石に遠慮しとく。居心地が良過ぎて、せっかく与えてもらった役目も忘れてしまいそうだからね。」
テレポートを使えば戻るのなんて一瞬だけど、救世主になると決めた以上は
何より、魔法だの魔物だのが実在する世界にはとても興味があるし。聴くよりも経験である。
「しかし、なんでフィーユはあのスキルを習得できたんだろ。何か勇者と共通するところでもあるのかな。」
興味があると言えば、今一番身近なところで勇者についてだ。
人間の味方であること、秘密の能力をいくつも持っていること、あとはめちゃくちゃ強いなんてよくある設定程度の事しか、本人を目の前にしてもまだ知れていない。
戦いを不利にしないため秘密主義を貫く職業だけあって、それは僕に限らず皆に共通するところだろう。
アルが答えてくれないことには、いくら話したって推測の域を出ないわけだけど。アロガンさんの知識を加えれば、推測にも
「
「あー、遺伝子的なところか。でもプースとアンデクスは二人とも普通の人間みたいだから、もっと
「えぇ、その可能性も。ですがもう一つ。勇者様の瞳の色が
「珍しい色なの?」
「珍しい…のは、間違いありませんね。ハイエルフ特有の色ですので。しかし瞳の色の他にハイエルフらしい特徴を持たれてはおりません。もしかしたら勇者様は
種族が違う者同士の間に生まれた子が、互いの優秀な遺伝子だけを受け継ぐみたいな感じだろうか。
であれば、フィーユのご先祖様にも上位種族に分類されるような人がいて、本来はそこに子が生まれた時点で身につくはずだった力が、不完全なままに
「実際、現時点で確認されている他三人の勇者様のうちお二人は
「勇者って人間の代表ってイメージがあったから、姿が違うってなると少し不思議な感じがするな。」
「そうですね。確かに守る対象の多くが人間なので、人間の守護者とも称されています。ただそれはこの世界で最も数の多い種族が人間だからというのと、人間が知性ある種族の中でも弱く
「なるほど。つまりこの世界に生きる者にとっては、大いなる善意こそが勇者ってわけだ。アロガンさんて観察力は鋭いし、知識も豊富で尊敬するよ。おかげでちょっとスッキリした。ありがとう。」
「痛み入ります。」
フィーユの病が、それこそ病などではなく遺伝子の
アロガンさんと喋るのは本当に楽しくて、何だかオタク同士で一つの作品を取り上げ、朝まで語り尽くした日のことを思い出す。あの頃は空想でしかなかったものが今は現実。
この世界での生を終えた後、もしまた記憶を持ったまま日本に転生できたなら、僕は立派な創作者になれるかも知れないな。
半ばオタク趣味に付き合わされているだけのアロガンさんだが、とことんまで付き合ってくれるつもりなのか眠い様子も見せず紅茶など飲みつつ
早速いただいてみれば、喉越しが良くて優しい味。ほんのりと花の香りも広がる。
これだから旅に出た後、
そんな心の内を見透かすかのような笑顔が、ちょっとだけ意地悪に見えた。
「アロガンさん。寝る前にもう一個だけ聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「私でわかることでしたらお答え致します。なんなりと。」
「フィーユの家でご
僕としては酒よりもずっと印象的だったそれを思い出す。とろとろになるまで煮込んだシチューに、絶妙な焼き加減のステーキ、ローストビーフのサラダも本当に美味で、同じ肉なのに飽きのこない味が忘れられない。
「牛の肉…ですね。身体中を鳥の羽根に似た毛に覆われていることから、
「てことは、超希少な食材なんだ…」
アンデクスの手料理は
「確かに希少ではありますが、今回は勇者様がお一人で仕留められたと聞きました。必要でしたら、もう一度捕らえてきていただいては?」
幸いにもその勇者様は僕の仲間となることを了承済み、超希少食材であろうとも
旅の途中に余裕ができたら一頭仕留めてもらって持ち帰り、アロガンさんに調理してもらうとしよう。
僕が完全に食材調達係にしようとしているのも知らず、泥酔勇者は幸せそうに寝息を立てていた。
十日後。天気は晴天。いよいよ僕達はユヌ村を発つ。
旅の道中必要になりそうなものは、できる限り村にあるもので揃えた。村の人達はとにかく協力的で言えば何でも提供してくれたけど、一方的に受け取るだけというのも納得がいかない。物の代わりにこちらからは、僕とアルの労働力を提供した。
与えられた仕事はどれも楽しかったし、僕ら二人が協力して働く様を見る度『奇跡の姫と勇者様が!』などと妄想に重ね騒ぐ村人がいたのもちょっと愉快で…
そんなこんなのやり取りと、色々と僕自身の手でも作っておきたい物があって、準備には思いの
ユヌ村で過ごしたのはたった半月程だったけど、この世界での僕の
「カルム様!アルくん!いっぱい、いっぱい…ありがとう!クマさん、大事にするね!」
僕が手作りして贈ったテディベアを抱き見送りに出てきてくれたのは、すっかり元気になったフィーユだ。
「今度戻る時には、くまさんの新しい服を作ってあげるから。僕が居ない間もちゃんと可愛がってあげてね?それと。デート、楽しみにしてる。」
「ん〜…20点!わたしはそんなカンタンな女じゃありませんっ。」
「ぅえぇ?それはまた厳しいなぁ。」
もっと子供らしく可愛く
自分でも
「クスクス…本当にお世話になりました。よければこちらをお持ちください。」
アンデクスがやり取りに笑いながらモテない僕の手に渡してくれたのは、手のひらサイズの小さな薬袋。目の前まで持ち上げてみると、不思議な香りが鼻を
「先日主人が持ち帰った
生命エネルギーに
また他にも特別な力を秘めているのか、それらは魔物たちの大好物なのだが、
それ
「まだリカバリーは習得できてないからとても助かるけど。本当にいいの?」
「構いません。それを使うつもりでいたこの子は、もう元気そのものですから。万が一また必要になることがあれば、その時は勇者様に葉を
「おぅ、それくらいおやすい御用だ。」
オルールの森を越えるにしても
「おやすい御用って…。ま、まぁ、本人もこう言ってるし、遠慮なく貰っていくよ。ありがとう。」
薬袋を自作の鞄にしまい、代わりに取り出した物を手に今度はアロガンさんへ向き直った。
今日までアロガンさんは衣食住の提供だけでなく、僕の興味にひたすら対応してくれた上、“
それに、きっとこれからも頼ってしまうんだろうし、言葉だけじゃ感謝の気持ちを伝えきれはしない。何を贈るのが
「えっと…アロガンさん。これ、服屋で
着けていたハーフグローブを外し渡した方の手触りを確かめる様子を見ながら、自分の指先が冷たくなるのを感じる。手作りの贈り物をしてこんなに緊張したのは初めてだ。
何を贈っても喜んでくれるとわかってはいても、それが僕に気を
「この生地は……」
「え?あ、それは、思ってたような生地が見当たらなかったから、僕のスキルで。伸縮性を少し高めれば装着感も良くなるかな、って…」
僕の返事が終わるか終わらないかのうちに、グローブに
それはそれは
演技を疑うまでもない、とんでもなく喜んでくれていることだけは確かで、僕は小さく
「このような素晴らしいものを私のために…、家宝にさせていただいても?」
「いや。ただのグローブだからね。使えそうなんだったら使って?」
余った生地でついでに作っておいた作業用グローブを装着し顔を上げる。僕の分は親指から中指までが開放された別形状であるにも関わらず、お揃いの物を身につけるという思い込みもプラスされ息を荒げる姿には、流石に皆開いた口が塞がらない様子だった。
「なぁ、カルム。ずっとこの人ん家に居て平気だったのか?」
「何がだよ。たまにこうなるだけで、普段はすごく真面目で色々と優秀な人なんだからな。」
アルがアロガンさん家に泊まったのは泥酔状態で床に転がしたあの日だけ。あとは薬屋で世話になっていたから、二人きりの間にもっと変態じみたことをしていたのではと想像してしまうのは無理も無い。
だが真面目で優秀なのは間違いないのだ。あっちの世界に行ったままのアロガンさんに代わり、しっかりと
「アロガンさん、僕らそろそろ行くから。アンデクスとフィーユも、見送りありがとう。」
いつまでも話していたって時間は過ぎるばかり。数日はキャンプしながらの移動になるだろうし、設営や食事のことを考えればのんびりもしていられない。
テレポートを発動すべく“
アンデクスは微笑んで頭を下げ、フィーユもいってらっしゃいと両手を振ってくれている。
いざ発動と唇を開いた瞬間、アロガンさんが僕の腕を掴んだ。
「お待ちくださいカルム様っ。懐中時計はお持ちですか?お渡しした時にも申しましたがあれはカルム様が救世主である事の証明になります、絶対に失くさないようお気をつけください。それから道中で魔物と遭遇することがあっても、戦闘は勇者様にお任せしてカルム様はなるべく手出しなさいませんよう。ご自分の身を守ることだけお考えください。何かございましたら昼夜問わずいつでもコールしてくださって構いませんし、安全も保障されぬ土地で野宿するくらいでしたら、やはり毎日村へ…」
「大丈夫!休んでる間に襲撃されないようにって、結界の張り方も教えてくれたでしょ?なるべく連絡はするし、どうしても困ったら一度戻って来るから。お互いやるべきことをやっていこう。ね?」
別れを
「……カルム様。お供できずに申し訳ございません。行ってらっしゃいませ。」
「ん。行ってきます。」
どうも僕の贈り物が信仰心を
泣きそうな顔をされ少しばかり罪悪感を覚えつつも、テレポートを発動し森の南側出口に設置したポイントへと移動した。
「はぁ…綺麗だな。」
森の向こうには、美しい平原が広がっていた。
昨日までの雨で
見渡す限り生き物の姿は無く、結界の外に出たというのに危険な雰囲気は一切感じない。
両手を頭上で重ね背伸びを一つ。森とはまた違った自然の空気を、ゆっくりと胸いっぱいに吸い込んだ。
「さて、と。目指す先はペルペテュ…エル?王国だっけ。僕は地図で見ただけだから、東へ向かうんだってことしかわからないけど。どう行けばいいかは知ってるんだよね?」
「ここまで来た道を戻るだけだしな。任せとけ!」
草をかき分け、そのまま南へと自信満々先導するアルに続く。
更に南にあると言う魔物の
「へぇ、すごいな。この道、ずっと続いてるの?」
「東は
行き当たりばったりな思考ではあるものの、間違ったことは言っていない。インフラ整備された日本での生活が当たり前だった僕の感覚とは少々ズレているってだけで、ここは日本じゃない。当然、受け入れなければならないのは僕の方と要らぬツッコミは飲み込み、東向きに伸びる道を並んで歩み出した。
「へへっ、なんかさ、仲間と旅するのって良いな。」
地元を出てからずっと一人だったアルにとって、それは本当に嬉しいことなのだろう。足取りも軽やかに、僕の方を見てはヘラヘラと締まりない顔をしている。
「それにカルムが作ってくれた服。すっげぇ着心地いいし、動きやすいし」
唐突に格ゲーキャラばりの動きを見せたかと思えば、男前な顔でポーズを決め…
「なんか勇者って感じでカッコイイし!これならきっと王様も、俺のこと認めてくれるよな!」
八重歯を見せて無邪気に笑った。
丈足らずな村人の服のままでは格好がつかないと思いアルに合わせて作った勇者っぽい服は、我ながらいい出来だと思うし、
田舎出身の勇者をあまり良く思わない連中に
「そうだね。王都に着いても今みたいにはしゃがなければ、認めてもらえると思うよ。」
子供のようにはしゃいでいる自覚が無かったのか、僕の言葉に
情緒不安定なのかと思うほどにころころと変わる表情が面白くて思わず吹き出す。
けれどアル自身はよくわかっていないようで。ただ僕に釣られ、また元の締まりのない顔で笑った。
「あははっ!多少辛いことがあってもアルとならやっていけそうだ。気負わず行こう、アルも…僕もね。」
「だな!気負わず行こう!」
意味もわからず返して偉そうにしているのがまた面白い。
「うん。アルはそれでいいよ。その方が飽きない。」
そう言われ嬉しそうにしていたのも束の間、眉をひそめじっとりとこちらを見てきた。
「なぁ、カルム。もしかして俺のこと、ちょっと馬鹿にしてる?」
流石に気付いたようで、目を
愛すべきお馬鹿さんだとは思っているけど、決して馬鹿にしているわけではないのにな。このニュアンスの違いを正確に伝えるのも難しい。
すっかりむくれっ面のアルを
懐中時計を開いてみると、村を出てからあっという間に二時間が過ぎていた。
周囲はいつの間にか農場の景色へと変わり、木製の柵に囲まれた畑ではこの時期旬の豆類が高く
無理の無い早さで歩いてはいるものの、ここまで休み無しで足には若干の疲労感。時間も丁度昼飯時。
少し進んだ先に大きく枝葉を広げる一本の木を見付け、木陰で一休みすることにした。
「ふぅ。町まではまだだいぶあると思うけど、この辺りって誰が管理してるの?」
昼のお弁当にとアロガンさんから渡されたサンドイッチを分け合う。
「んむ…ん、あぁ、
早速一つ
手本のように汚した口の周りをハンカチで拭ってやる。服は乱れて腹は出てるし、全く手のかかる勇者である。
それにしても、
しかし当の
アルも同じことを思ったのか起き上がり周囲を見渡した後、首を
「んー?俺が前に通った時は何人も作業してたのに、昼飯でも食いに帰ったのかな。」
「え?あ。もしかして、テレポートで行き来してるとか?だったらお願いして一緒に移動してもらえば、町まで歩かなくて済むんじゃ…」
「おぉ、カルム
「アル?どうかした?」
「ヤバいのがいる。…どうすっかな、ここじゃ畑がめちゃくちゃになるし。カルムからあんま離れるのもな…」
「魔法が通用するんだったら僕も戦える。僕のことよりも畑を守らなきゃ。」
何日もかけ
「っ……わかった。さっさと倒して、カルムには後で説教だ。」
「は?なんで…うぉわっ⁉︎」
「しっかり掴まってろよ。…アクセレーション。」
説明も無く戸惑いながらも言う通りにしがみついた途端、人とは思えぬ速度で走り始める。
アルは軽々と畑を飛び越えるが、僕にとっては後ろ向きで絶叫マシンにでも乗せられているようなもの。しがみつく腕に力を込めてみても、恐怖で頭がクラクラする。
「ちょ…アル、は、吐く…」
ただでさえ絶叫マシンは苦手だったのに、更には食べた直後のこの仕打ち。数キロ移動した先で下ろされた時には顔面蒼白、戦闘もままならぬ状態になってしまっていた。
「ちゃんと守るから。そこでじっとしてろ。」
リカバリーさえ覚えていれば、この程度直ぐに回復できるのに。揺さぶられて酔ったくらいで、貴重な万能薬を使うわけにもいかない。
フラつきながらも根性で立ち上がり構えた瞬間、上空から落下してきた物を目に腰が抜け、またへたり込んだ。
ぐちゃぐちゃに食い散らかされ殆ど肉塊となった牛の死骸。続け様に山羊の死骸も落ちてくる。追い打ちをかけるかの
数は三匹。だが一匹ごとが尻尾や翼を除いても五メートルを超える巨体。ドラゴン系のモンスターに対抗可能な魔法は幾つか習得していたはずなのに、恐怖が
「ちっ…こんなことなら、剣くらい持っとくんだったな。」
そう言ったアルの手に、光の剣が出現する。
何もできず
尾を大きく振り回し地も
「くっ…!やられてばっかでいられるかぁっ‼︎」
畳み掛ける上空からの強襲を防ぎ、
互いに攻防を繰り返すうち、アルが僕を
その全てを光の剣で打ち払う姿はまさに勇者そのもので、守られている絶対的な安心感なのか、敵の攻撃は激しさを増すばかりなのに恐怖が薄れていくのを感じる。
徐々に戦況を冷静に見れるようになり、何かサポートをせねばと“
「アル!僕に手伝えることは無いっ?」
「お、少しは具合良くなったか?…っ!悪りぃ、この剣使うの苦手でさ。何か芯がないと、思ったように切れ味出せねぇんだ!よっ‼︎」
僕の目の前スレスレまで来た尾を弾き返し、派手に動いて注意を引き戻す。
「…芯?」
その意味を考え、ふとアルが戦い始めに言ったことを思い出した。
「そうか、ちゃんとした剣があれば…」
おそらくアルは剣を具現化するというより、強化する方が得意なんだ。だけど今ここに剣は無い。その上アルはまだ、僕の創作スキルのことを知らない。
「アル‼︎剣があれば良いんだよね!どんな剣でも構わない?」
「あ?あぁ!できるだけ丈夫な方がいいけど。テレポートでもして取ってくるつもりか⁉︎」
「丈夫な方がいいんでしょ!もう一分くらい頑張って!」
確かに、戻って調達してくる選択肢もある。でもテレポートして武器屋まで走って経緯を説明してってやってたんじゃ時間がかかり過ぎるし、
だったら、勇者に
目を閉じスキルにだけ集中し、遠慮なく全ての
より強くイメージを固めて、軽く、丈夫に―――
そうして一分とかからず、イメージ通りの剣が生まれた。いかにも勇者専用っぽい、ちょっと派手で古臭いデザイン。特別サービスで持ち運びに便利な
「アルぅぅぅっ!受け取ってぇぇぇぇ‼︎」
「邪魔すんな。」
剣を手にする前とはまるで別人。ちょっと手首を横に振っただけに見えたのに、開いた口は上下に真っ二つ。あっという間に静かになった。
「大丈夫か?ちゃんと守るって言ったのに、手間かけさせてごめん。」
剣を払い
「戦う前から剣…作っとけば良かったよね。やっぱり仲間なのにお互いの能力を知らないってのは考えものだよ。」
「そうだな。カルムにだけは秘密は無しにする。」
苦戦はしていたものの結局ノーダメージのアルは、一向に起き上がれず
「腰でも抜けたか?」
「ぁはは…いやぁ、剣作るのに
「なんだ、そういうことか。ん。」
肩を支える手から一気に
「はぁ…。ありがと、助かったよ。けど、ホントにちょっとで良かったのに。」
「ん〜つっても、まだだいぶ残ってるし。どうせすぐ回復するから問題無い。」
かなりの
了承を得てアナライズで見せてもらうと、戦闘中あんなに雷系の魔法を多用し、たった今僕の
僕も
「よし!やっぱこっちだな。」
腰に装着した
一変、いつもとは違う威圧感のある笑みを浮かべると、座ったまま見上げていた僕の前にしゃがみ込んだ。
不穏な空気を感じ目を逸らす。機嫌を
「えぇっと、あの…
「まぁ、そうだろうな。」
「アルが倒しちゃったけど、これ…どうにかして知らせないと、戻らないままかも知れないよね?」
「様子くらいは見に来るんじゃないか?放牧もしっ放しってわけにはいかないだろ。」
「あ…そっか。じゃあなるべくこの辺りで待ってた方がいいよね。死骸の片付けもあるし。」
「このまま放置しても腐るだけだしな。燃やすか解体するか相談しないと。」
「でもホント、畑が無事で良かった。牛と
アルの圧が強まったのを感じ息を呑んだ。どこで地雷を踏んだのかわからないが、やっぱり相当怒っているのだけはわかる。
「ぁ…アル?ごめん、アルがなんで怒ってるのかわからないんだけど。僕、気に触ることでも言ったかな?」
瞬間、時が止まったかのように周囲からの音が消える。
「カルムが自分のことよりも畑を優先したのが悲しかっただけ。勇者はカルムに対して怒ってるわけじゃない。気持ちは複雑。」
「へ?」
僕の問いに返したのはアルではなく子供の声。幼くもしっかりとした響きに聞き覚えがあるように思うのは気のせいだろうか。
だが声はすれども姿は見えず。気配に敏感なはずのアルも、声の主が掴めずに周囲を見回している。
「カルムは自己
何故だかやたらと心に刺さる言葉が続き、
背丈よりも長い艶やかな黒髪をツインテールにし、
「キミは…。誰?」
ようやく絞り出し尋ねると、無表情のままアルの頭上を越えフワリ僕に抱き付いてきた。
「ネルはカルムのママ。この世界に来る前からずっと見てた。ずっとハグしたかった。よしよし、愛しいカルム。いい子いい子。」
淡々とした口調でそう答えるも、言っている意味がわからずただただ
立ち尽くす僕を、幼女がひたすら愛でている。
敵意は感じない。それはアルも同様に。ただこの状況が理解できず、僕もアルも首を傾げるばかりだ。
「いや、カルムの方が年上に見えるんだけど。おまえ精霊か何かか?」
一向に何も言えずにいる僕に代わり、アルが正体解明に挑んでくれた。
「ネルはエテルネル。時の神エテルネル。
「……ふぇ?神…さ、ま?」
この世界に神様が実在するのはアロガンさんからの説明で知っていた。けれど、決して人前に姿は現さないのではなかったのか。しかも到底神様らしからぬ容姿。状況的にはとても疑わしい。なのに…
少女から放たれる妙な安心感と緊張感が、説得力を持って僕を占めていた。
事ある毎に頭の中で聞こえていた淡い声が、エテルネルを名乗る少女のそれと鮮明に重なる。
きっと僕が転生したのはこの神様の力。ママってのもそういう意味だ。
「はぁぁ…。それならそうと、なんで初めから出て来て説明してくれなかったんですか…」
前世から僕を見ていたのなら、この世界に降り立つより前に対応してくれたって良さそうなもの。転生に際して僕からの要望は通らなくとも、多少は心構えが違っていたかも知れない。
いや、それでも僕は変わらないか。
やるべきことがあると言うのなら、それを成すために全力を尽くすだけ。神様はそんな僕の本質を見込んで、転生者として…救世主として選んでくれたに違いない。
ただ、やっぱり事前に説明は欲しかったし、ママと言うならそれなりの見た目であって欲しかった……
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