第51話 それは彼女たちには耐え難く

 俺たちは、駅近くのカラオケ屋に来ていた。

 確かにここなら誰に聞かれる心配もなく、個室で話すことができる。


 受付をして、指定番号の部屋に入る。

 そこはコの字にソファが置かれて、真ん中に机があった。


 椎名と増倉が奥の方へ詰め、夏村が一人で誕生日席へ。俺と樫田が入口に近いところのソファに座った。

 重い雰囲気の中、始めに口を開いたのは樫田だった。


「とりあえず夏村から何があったか聞くのでいいか?」


「そうね。まずはそれかしら」


「状況確認ってことだね」


「ああ、いいと思う」


 各々が短く肯定する。空気は変わらずに重い。

 樫田は夏村を見てゆっくりと言った。


「じゃあ改めて。夏村、辛いこと話させること申し訳ないと思うが自分の言葉、ペースでいいから花火を買いに行ったあの時、何があったか聞かせてもらえないか?」


 それは優しい声音で、でもどこか恐る恐ると言う感じだった。

 対して夏村は小さく頷き、話し出した。


「まず、もうみんな分かっていると思うけど、大槻に告白された」


 分かっていたことなのに、俺は衝撃を受けた。

 その事実をどこかで嘘であってほしいと願っていたのかもしれない。

 俺は気を引き締めて、続きを聞いた。


「正直、大槻が二手に分かれようって言いだした当たりから嫌な予感はした。けど池本のこともあったし、それにその時はまだ確証はなかった。二手に分かれた後は普通に花火を買った。告白はされたのは杉野たちを待っているときだった」


 少しの間。小さく呼吸する音だけが聞こえる。

 対して俺たちは誰もが息を呑んだ。


「『好きだ、付き合ってほしい』って言われたから聞いた。私の何が好きなのって。大槻は色々言ってたけど私の心に響くものはなかった。だから言った。『ごめんなさい、友達でいましょう』って」


 それは思ったよりも普通の告白だった。


「けど、大槻は引かなかった。悪いところは直すとか試しでいいからとか粘られた。正直どうしようか困った。返答は変わらないけど私は私なりに誠実に答えたつもり。私には好きな人がいること、けど今は部活が好きだから恋愛より部活を優先したいこと」


 話すにつれて夏村の声がかすんでいく。


「大槻は部活もいいけど恋愛も楽しいって言った…………軽く言われたそれがどうしても許せなかった」


 目から大粒の涙を流しながら夏村が話し続ける。


「気づいたらビンタしていた。そしたら大槻はどっかに行った…………私は、私は……!」


「もういい! もういいよ佐恵!」


 増倉が夏村に寄り添い、肩をさする。

 そこから先、夏村は言葉にならない声で泣き続けた。



 ――――――――――――――――



 夏村が大槻を許せなかったのは分かる。

 部活が好きな夏村にとって大槻の言葉は耐え難いものだったことだろう。


 そしてそれは俺と増倉がさっき辿り着いた答えと同じ。


『部活に対する熱量』の問題だ。


 だが同時に思うのは、大槻がそもそも部活に対して真剣だったかというとそうではないことを俺たちは知っていることだ。

 まぁ、だからと言って今は部活を優先したいという人に対して、部活より楽しいことがあるっていうのはどうかと思うが。

 それに今分かっているのは、あくまで夏村の話だけだ。


 おおよそ間違いはないだろうが、それでも聞けるなら大槻の話を聞きたい。

 その時間があれば、だけどな。

 多すぎる情報量に、ぐるぐると廻る思考。

 俺は一旦現実へと目をやった。


 夏村はほとんど泣き止み、その横で増倉が背中をさすり心配そう寄り添っている。

 俺の正面では椎名が真剣な表情で考え事をしている。

 横をちらっと見ると、樫田もいつになく本気な様子で考え事をしていた。


 正直、ここから先であった。

 先ほどまでのは状況確認に過ぎない。


 何を話すか、そもそも話をどういう方向にもっていくか。

 ここからが本題だ。

 始めに沈黙を破ったのは、意外にも増倉だった。


「それで、これからどうするの?」


 駅前で樫田に聞いたような抽象的な質問。

 ただ、それは怒りや苛立ちではなくこの沈黙に耐えられずに言ったようだった。


 その言葉に誰も答えない。

 樫田は誰とも目を合わせず目線は少し下、テーブルを見ている。

 椎名は無表情に、そんな樫田の様子を窺っている。


 異様だった。いつもなら樫田が仕切るのに今回はそんな様子が一切ない。

 返事がなく困った増倉が俺を見る。


 いや、どうしろってんだよ。

 時が止まったかのように誰も動かない。

 我慢できずに、俺が樫田に話を振ろうとした直前だった。


「……珍しいわね樫田。あなたが話を進めようとしないなんて」


「悪いな。俺も人間なんでな。怒りを抑えるのにやっとなんだ」


「あら、そうは見えないわよ」


「ふっ、そういう椎名はどうなんだ。その憤りを抑えられそうか?」


「そう見えるなら心外ね」


 空気が変わった。

 ピリピリと張り付いた緊迫感。

 二人の言葉は静かで重く、そして怒りに満ちていた。


「正直、いくつか今後について考えてきていたが、言う気も失せたな。椎名はどうなんだ?」


「奇遇ね。私もよ。ただ今の佐恵の話を聞いて、一つ浮かんだことはあるわ」


「それは?」


「――今日、この場で聞いたことをなかったことにする」


「ちょ、ちょっと!」


 椎名の案に、増倉が突っ込んだ。

 俺も驚きが隠せなかった。


「佐恵が勇気をもって話してくれたことをなかったことにする!? なんで!?」


「それは簡単よ。彼にとって一番困るからよ」


「え?」


 増倉から困惑の声が出る。


 俺は椎名の言葉からすぐにある想像に至った。

 まさか!?


 横にいる樫田の表情を見る。変わらず空を見ていた。

 こいつら、本気か!?


「考えてみなさい。大槻からの連絡がないのはなぜ? 彼は自分が告白したことが知れ渡っている、もしくは歓迎会で迷惑かけたことに対して逃げているのよ。なら、そのままでいいじゃない」


「な、に言って」


「私は元々この話し合いは問題を告白によって悪くなった空気や大槻が部活に来ないかもしれないことを確認して、解決して、よりよい部活を行うためだと思っていたわ。でも――」


 椎名はそこで一度言葉を止め、増倉ではなく俺の方を見た。

 俺が同じ考えに至ったことを察したのだろう。

 透き通る瞳から、はっきりとした意志を俺にぶつけて、椎名は言った。



「大槻には部活を辞めてもらいましょ」


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