第50話 実感するのは問題ばかり

 十二時四十五分。

 俺と増倉は食事を終え、集合場所の駅前に向かった。


「お、早いな。そして珍しい組み合わせだな」


 十五分前だというのに、すでに樫田がいた。

 早いのはお前もだろ。と内心突っ込んでおく。


「ちょっとそこであってね」


「そうか。まぁ、落ち着かずに早く来たってなら俺と同じだな」


「意外。樫田は家であれこれ考えているって思ってた。ね」


「ああ、俺も思ってた」


 増倉と俺がそう言うと、樫田は軽く笑う。


「まぁ家であれこれは考えたよ。結果寝れずに時間を持て余したって感じだ。二人はどうだった寝られたか?」


「うん、一応」


「俺はあんまり」


 よく見ると、樫田の目の下が少し黒くなっていた。

 無理もないか。たぶん、大槻と夏村のことについて一番警戒していたのは樫田だ。


 そしてそれが部活に及ぼす影響も。

 大槻と夏村を除くと、一番ダメージがでかいのは樫田だろうと俺は思う。


「しかも考えたって言っても机上の空論だ。夏村からの話次第でこれからの行動は変わるだろうからな」


「樫田は、佐恵の話聞いた後どうするつもりなの?」


「…………」


 増倉が抽象的な、されど核心へと迫る質問をした。


 確かに状況すら分かっていない俺たちだが、分かったらその後どうするんだ?

 さっき樫田は机上の空論といったが、今感じている不安も苛立ちも空想なのか?

 事実を知って、そしたらこの感情は何になるんだ?


「珍しい。二人で何か話したのか?」


「誤魔化さないで」


 何か値踏みするような樫田の質問を増倉は一喝した。

 まるで一触即発の雰囲気だ。


「そんなつもりはないが…………可能性でよければ話すよ」


「うん、お願い」


「あ、今更ながら一応言っておくが全部大槻が告白した前提だからな」


 樫田の前置きに、俺たちは頷く。

 なぜ前提を言ったのか。よく分からなかったが樫田が話し出す。


「まずは大槻が夏村に告白した。これ自体は別に問題じゃないと思っている。ただ歓迎会の途中で告白したこと。歓迎会の途中ですっぽかしてどっか行き、みんなに迷惑かけたこと。そして、夏村を泣かしたことが問題だ」


「でも、泣かしたのは告白したからでしょ?」


「……だとしても告白する権利自体は大槻にもあるはずだ」


「フラれると分かっていて?」


「ああ、俺は今回の問題はタイミングとみんなに迷惑をかけた事だと思っている。だから、最終的には、大槻が謝罪をする必要があると思っている」


「謝罪? やっぱり樫田はで終わらせようと思っているんだね」


 増倉の言葉に怒気が宿る。


 ああ、なるほど。それに怒っているのか。

 大槻がどうこうではなく、そんなことで樫田が納得しようとしていることが増倉は我慢ならないのだろう。


「気持ちは分かるが増倉」


「何? 杉野はそれでいいの?」


 俺が間には入ろうとしたら、増倉に睨まれた。

 良いわけないが、かといってじゃあ――。


「増倉は、もう元には戻れないんだぞ」


 俺の考えと同じことを、樫田が言った。


 そう、そうなのだ。

 もう大槻が告白した前には戻れない。

 大槻と夏村の関係もそうだが、大事な歓迎会が滅茶苦茶になっていたかもしれないという俺たちの怒りもなかったことにはできない。


 勿論、大槻に謝罪させることでこの話を終わらせようとしている樫田に同意はできないが。

 俺ならどうする? そして今後の演劇部はどうなる?

 当然の疑問が、そこにはあった。

 許す許せないでは済まない問題というのは分かる。


 でも、どうすればいいのか。

 その問いの答えを俺は持っていなかった。


「…………勘違いするなよ。許せないのは俺も一緒だ」


「なら!」


「話は後でな」


 増倉が何か言う前に、樫田が改札の方を向いた。

 俺たちも目をやると夏村と椎名が改札から出てくるのが見えた。

 彼女たちも俺らに気づき、近づいてきた。


「ごめんなさい、待たせたかしら」


「いや、時間通りだよ。なぁ?」


「……そうだね」


 椎名がポニーテールを揺らし、小走りでやってきて言った。

 樫田が返答して、増倉が話を合わせる。

 どうやら、話はここまでのようだった。


「後来てないのは山路か」


 なんとなく居心地の悪くなった俺は、話を変えようとした。

 すると、樫田が困った顔で言った。


「山路なんだが、バイトがあって来れないって連絡があった。申し訳ないって」


「そっか……」


 まぁゴールデンウィークで、急な集まりだしな。

 元々バイトが入っていたのだろう。それは仕方ない。


「そう、ならこれで全員ね」


 椎名はそう言い、夏村の方に目をやった。

 覚悟を問うような、そんな沈黙が流れる。


 夏村は少し疲れているような影のある様子だった。

 それでも、視線が集まる中で彼女は言った。


「大丈夫。話す覚悟はできている」


 いつもの口調で、力強く断言した。

 その言葉に、一瞬の安堵と永遠かと思うほどの重い緊張を感じた。

 そして、まるでいつもの部活を進行するかのように樫田が言った。


「じゃ、場所変えて話すか」

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