第38話 小さくても伝統

 駅に戻ると、待っていたのは樫田と大槻、そして増倉だった。


「あれ? 他のみんなは?」


「山路と夏村はお手洗い。他はフードコートに行ったよ」


 増倉が答えてくれた。

 ん? てことは二年だけここにいる?


「ごめんなさい。遅くなってしまって」


「いやいや、どうせ二年生は別行動だったし、大丈夫」


「まぁ、ちょうど良かったんじゃね?」


 椎名の謝罪に対して、樫田と大槻が軽く返答する。

 二年生は別行動?

 そんな俺の疑問を察したのか、樫田が呆れ顔をして言った。


「椎名さん、横の方また何も分かってないですよ」


「ごめんなさい。返す言葉もないわ」


「蛙化する好感度もないというのにこの感情は……」


「すげーな。部活動紹介のときもこんなんだったんだろ? すげーな」


 樫田の言葉に、三者三様で軽視の目を向けてきた。

 あ、大槻だけ本当にちょっと尊敬のまなざしっぽいな……。

 ……じゃなくてね。

 

 なんだ? 二年生だけで何するんだ?

 

 今回はヒントないの?(この発想がすでにダメだとは気づいていない)。

 去年、なんかあったっけな。

 ……………………………………………………あ。


「お、今回は自力で分かったっぽいぞ」


「当然ね」


「普通すぐに分かると思うけど」


「ここまで何も考えてなかったってことか」


 ぐ! 言葉のナイフってやつか!

 だが、今回ばかりは過去一番大切なことを忘れていたと思う。

 この演劇部において、一年生歓迎会の必須行事のことを。


「あ、杉野たちも来てたんだー。ごめんごめんー」


「遅くなった」


「いいえ、こちらこそ遅くなったわ」


「すまん。俺たちもさっき着いたところ」


 山路と夏村が帰ってきたので、椎名と俺が遅れたことを謝る。


「いいよいいよー、僕としては少し休みたかったしー」


「ちょうど良かった」


 二人とも気にしてない様子だった。

 さて、これで二年生が全員揃ったわけだ。


「じゃあ、桑橋演劇部の伝統、二年生から一年生への歓迎プレゼントについて決めったか。ちなみに、先輩たちからは一時間以内に決めろとのお達しが出ている」


 いつものように樫田が先陣を切り、言った。

 そう、我が演劇部には歓迎会のときに二年生が一年生にプレゼントを渡すという伝統がある。


 マジで、忘れていて申し訳ない。


「てかさ、俺たち七人に対して一年生三人だろ。どうすんの? じゃんけんで担当決めて三人それぞれ別のもの渡すことにする?」


「それが無難だよねー」


「七人で意見を合わせるのは難しい」


 大槻に山路と夏村が同意する。

 確かに俺たちの方が人数多いし、みんなで意見合わせるとなると時間がかかる。


「えー、でもせっかくのプレゼントだよ、みんなで渡したくない?」


「まぁ、俺も増倉に同意なんだが、時間の関係もあるからな。現実的にはじゃんけんで別れて、恨みっこなしってのが無難な気がするが。杉野と椎名はどうだ?」


 俺と椎名以外、意見が出た。

 難しいところだ。俺としてはみんなで意見を出して決めたいところだが、樫田の言う通り時間の関係もある。

 それに同じものにするか違うものでもいいかでも意見が分かれそうだ。


「そうだな。例えば同じものを渡すなら代表者を決めてやるとか、それぞれに違うものを渡すならみんなで渡すものも案出して決めて、買うのはじゃんけんで担当を分けるってのはどうだ?」


「あー、なるほどな。渡すものをみんなで決めてってのは良いな」


「いいんじゃね? それならそんなに時間かからんだろうし」


「ありだねー」


「悪くない」


「でも、それって結局、代表者なり担当者なりのセンスってことでしょ」


 増倉以外は賛成のようだった。

 まぁ、言っていること自体は増倉の意見も分かる。

 俺としても二年生から一年生へ、という感じのプレゼントにしたい。


「あと五分以内には決めたいが。椎名はどうだ? なんかあるか?」


「そうね。別に一人一つじゃなくてもいいじゃないかしら」


「というと?」


「杉野の案に似ているけど、まずみんなで渡すものの案を出しましょう。ただ、一つに絞るんじゃなくて…………そう、三つにしましょう。そしてじゃんけんで三組に分かれて、各組は一年生の人数分それを買う。そして持ち寄って一セットのプレゼントにするってのはどうかしら?」


 椎名の意見に、みんな沈黙した。

 つまり、三種類の同じプレゼントを三人に渡すってことか。

 それって椎名。


「「「天才か」」」


 大槻と俺、樫田が同時に言った。


「そうじゃん。別にプレゼントを一つにする必要ないじゃん」


「だな。盲点だった」


「それなら、できるだけみんなの意見入れられるし良いんじゃないか?」


 大槻と俺が絶賛して、樫田が他の人たちに同意を求める。

 そうだ。増倉は椎名と意見ぶつかりやすいし、どうだろうか。


「そうだねー。僕もその案がいいと思うよー」


「私も、今までで一番良い」


「……確かに、それなら極力みんなの意見を取り入れられるかも」


 杞憂だったようで、反対意見は特に出なかった。

 俺は、横をちらっと見た。

 みんなの賛同に、意見を出した椎名は安堵したようだった。


「じゃあ、その案で行こう。時間もあんまりないから買うもの速攻で決めるぞ。基本的にはみんなプレゼントの案持ってきただろうから、そっから話すか」


 樫田がそう言って話を進める。

 ……基本的にはって、もしかしてさっきまで忘れていた俺への考慮ですかはいすみません。


「えー、基本的にって、考えてこなかった人がいるのー?」


「ありえない」


 うぐ! 言葉の弾丸が突き刺さる。

 お手洗い組は俺が忘れていたことを知らない。

 仕方ないといえば、仕方ない。


 だから他の皆さんはそんな冷たい目線を送らないで!


「余計なこと言った俺が悪かったから。マジで時間ないから」


 本当に焦っているのだろう。樫田が構わずに話を進めていく。

 その後、真剣モードに入ってからは話が早かった。

 プレゼントで渡すもの三種類決め、じゃんけんをしてそれぞれの組に分かれた。

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