第37話 それは励ましではなく、友として
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
気まずい。
何だ? 何がいけなかったんだ?
やっぱり店出る時の「な、長かったな」か! 女性のトイレに対しては沈黙することって親父も言ってたのに!
あれは一緒にいた大槻に言ったことにするか!?
いやまて、変に言うと俺が意識しているのがバレバレだ。
沈黙! それが正しい答えなんだ。
くそぉ、何で先輩たちは俺と椎名を二人っきりで最後尾にしたんだよ。
前方のみんなと間隔出来てんじゃん。
いったん駅に戻るだけだから道は分かるけど!
だいたいあの時の大槻が、うわそれ言う? みたいな顔で椎名の方見たから完全に俺が無神経野郎になったんだろうが!
あの野郎、ちゃっかり自分は山路とか夏村の方に行きやがって!
答えは沈黙でも、駅までこの雰囲気で行くのか!?
無理だよ、俺死んじゃう。
でも、さっきの焼き肉屋で一年たちと仲良くできた? って聞けるのか俺。
津田先輩があんな不吉なこと言ってたのに?
地雷だったらどうする? もう片足は地雷踏んでんのに?
それ詰みじゃん。
「そろそろかしら」
「え?」
突然、椎名が口を開いた。
え、何が?
「? 聞かれたくないから距離が開くまで黙っていたんでしょ?」
「あ、ああ。そうそう、はいです」
「杉野あなた……まぁいいわ。本題に入りましょ」
たぶん違うことがバレたが、突っ込まれなかったので俺も話を合わせる。
さっきの焼き肉屋でのことだろう。
俺の方から切り込む。
「そっちのテーブルはどうだった?」
「こっちは普通の歓迎会だったわ」
あっさりと椎名は答えた。
普通。津田先輩はそうは言わなかった。
認識に差異があるのか?
「ええっと、そっちのテーブルって他は津田先輩と大槻、山路だよな。どんな話をしたんだ?」
「どんな……そうね。色んなこととしか言えないわね。学校のことや休みの日のこと」
「そうか。一年生はどんな感じだった?」
「? 楽しそうだったわよ。杉野? 何か引っかかるの?」
椎名が怪訝そうな顔をした。
まぁ、そうだよな。椎名からしたら何の話って感じか。
俺はさっき津田先輩たちと話したことを椎名に伝えた。
「……そう。酷かったけど楽しそうだった、ね」
何か考え込んで、それでいて痛いところを突かれた様子の椎名。
その言葉だけで分かったのだろうか。
歩幅が小さくなっていく椎名に俺も合わせる。
彼女のトレンドマークであるポニーテールの揺れがほぼなくなった頃、ぽつりと聞こえた。
「正に、その通りね」
言い得て妙と納得したのか。
脱力したかのような、力の抜けた声で肯定した。
何があったのだろう。
ちらりと、こちらを見た後に考えを見透かしたのか、椎名は話し出した。
「要は先輩から見て、二年生の私たちが酷かったということよ」
「二年生が酷かった?」
「ええ、あの場は確かに楽しい雰囲気ではあったけど……そうね、言ってしまえば一年生たちと信頼関係が深まったわけじゃないわ」
さっきの食事会にそこまでの意味は……とは言えなかった。
テーブルに座る前の轟先輩と樫田のやり取り、終わった後の津田先輩の喜び。
少なくとも何か企みがあったことは確かだ。
「どういう判断基準なのか何を見るためのものだったか、それは分からないけど期待に応えられなかったのは確実でしょうね」
後悔や反省というより、諦観に近い微笑みを浮かべていた。
野心的な椎名にしては珍しく、その笑みは透き通ったガラス細工のようなに脆そうだった。
「そっちはどうだったのかしら?」
「え、ああ」
聞かれて、見惚れていたことに気づく。
落ち込んだ椎名を見て何してんだ俺。
誤魔化すようにさっきの焼き肉屋でのことを話し出す。
「一年生たちがどう思っているかは分からないけど、俺は少し一年生たちのこと知れた気がするよ」
「あら珍しい。杉野がそう言うなんて。よっぽど盛り上がったのかしら」
「どうだろ。ちょっと真剣な話とかにもなっちゃったからなぁ。池本は楽しんでくれたとは思うけど、金子と田島はどうだったんだろ? 裏で何あの先輩とか思われてなければいいけど。二年生としてちゃんと一年生を歓迎できたかって聞かれると自信ないわ……ん?」
驚いた顔で椎名がこっちを見ていたことに気づく。
なんだ? 変なこと言ったか?
あ、また土足で心どうのこうのってやつか!
「……真剣な話ってどんなことかしら」
思わず、歩くのを止めた。
合わせるように椎名も立ち止まり、こちらを向いた。
向き合うと俺は、足が止まった理由を実感する。
椎名の瞳の奥から感じたそれに、俺は引かれたのだ。
「全員としたわけじゃないよ。池本とは春大会の台本についてとかそういう普通の会話しかしてないよ。金子は、夏村と分かり合っていたと思う。俺はただ、本音で言われたことに本音で返しただけだ。田島は……ああ、これも夏村がまとめてたな」
「でも、きっかけはあなたなのでしょ?」
質問と言うより、否定だ。
それは結果そうだっただけで、あなたの成果でしょ。
そういう意味が含まれている気がしてならない。
「…………」
俺は答えられなかった。
たまたまだよと言うには、俺は俺すら知らなすぎる。
椎名は俺が答えないと分かったのか、前を向き歩き出した。
「少し離れすぎてしまったわね。急ぎましょう」
なんとか横につき、一緒に歩く。
椎名はもう、俺の方を見ていなかった。
「さっきの質問、答えを変えるわ」
「え?」
ポニーテールを揺らしながら言った。
何のことか一瞬分からなかったが、焼き肉屋でのことだろう。
「私たちのテーブルでは部活の話なんて碌にしなかったわ」
「…………」
「杉野の言う、普通に台本の話をするってことすらしていないわ」
「……でも、それは場の雰囲気とか、あるだろ」
自分で言っていて言葉の弱さに気づく。
そうじゃない。俺が分かっているんだ。椎名も当然理解している。
「そうね。けれど分かるでしょ? それをコントロールするのが私の目指しているところよ」
ああそうだ。周りに流されるやつが部長にはなれない。
少なくともあの先輩たちはそういう判断をする。
「栞と樫田のテーブルがどうかは分からないけど、きっと部活についてそれなりに話したと思うわ」
「ああ、だろうな」
全員の話を聞いたわけじゃないが、確か金子が言っていた気がする。
「部長になるって息巻いておいて、感情も状況も何も分かっていなかったわ」
もし焼き肉屋での会話が部長への評価対象ならそうだろう。
しかし確証のないことではある。
そうは言っても納得はしないだろうが。
「じゃあ……じゃあ、挽回するしかないな」
だから俺は言った。
今度は力強い言葉で。
椎名がこっちを向いた。
面と向かって言うのは少し恥ずかしいから、前を向いたまま話す。
「だって、まだ歓迎会の食事が終わっただけだろ? 今日だってまだあるし、なんなら先輩たちが引退するまで結構時間あるだろ。大丈夫だ。さっきの会話で全てが決まるわけじゃない。部長になって全国行くんだろ?」
俺たちの目的は全国を目指すこと。あくまで部長になるのはその過程でしかない。
「……ええ、そうね」
小さくそう頷くと、椎名は前を向いた。
もう大丈夫だろう。
横目で見るその表情は、だいぶ晴れやかだった。
「杉野」
「ん?」
見ているのがバレたかと思ったが、そうではなかった。
「ありがとう」
一言。それだけで十分だった。
「ああ」
気の利いたことなんて言えず、俺も短くそう返した。
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