第39話 彼には彼の景色がある

「うわ、思ったよりボールペンって色々あるんだな」


「だねー。こっちなんて三千円もするよー」


 え、なにそれ興味あるわ。うわ、マジじゃん! 名付きとかロマンやん。

 でも、三千円か。


「さすがにみんな怒るよな」


「まず、買う発想がすごいねー」


 俺の横で山路が冷静に突っ込んだ気がするが気のせいだろう。

 だって、名付きってだぜ? かっこよすぎだろ。

 いや、決して俺が欲しいとかではなく、後輩へのプレゼントとして最高のものを選ぼうという先輩心であってだな。そう断じて俺が……あれ、聞いてる?


「五百円ぐらいが無難かなー。だいたいここらへんだねー」


 山路はさっき見ていたコーナーより、リーズナブルな価格のところにいた。

 そうですよね。三千円を三本買ったら九千円ですもんね。殺されても文句言えないですもんね。

 俺も山路が見ているコーナーの方へ行く。


「じゃんけんで思ったより時間かかったから早く選ばないとねー」


「いや、ほんとに……」


 プレゼントを何にするかまでは早かったんだがな。

 まさか、じゃんけんで椎名と増倉が五連続で同じ組になるとは。


 全員が絶句したもんな。

 特に樫田のあの表情は初めて見た。胃がキリキリしたんだろうなぁ。

 妥協に妥協を重ね、椎名と夏村組、大槻と樫田と増倉組、そして俺と山路組になった。

 俺たちはボールペン担当である。


「三色あるやつとか消えるフリクションとか、書きやすさ重視なんてのもあるねー」


「おいおい、奥深すぎだろボールペン」


 完全に舐めてたわ。こんなにあるの?

 このコーナーだけで一時間居れるぞ。


「どうしよっかー?」


「そうだな……。やっぱ実用性重視ではありたいんだよな。台本に書くときのことを考えると」


「そうだね。演劇部の先輩としての贈り物だもんねー。ちなみに杉野はいつもどこのメーカーのボールペン使ってるのー?」


「俺は確か……なんだっけな。しまうまみたいな名前のところのやつ」


「ああ、ここらへんのやつだねー」


 山路がいくつかのボールペンを手に取る。

 え、ボールペンのメーカーって普通知っているもんなの?

 俺の疑問を察したのか、山路が笑う。


「ほら、去年僕たちはボールペンだったでしょ。だから事前に調べておいたんだよー」


 ああ、なるほど。

 確かに、去年先輩たちから頂いたのはボールペンだった。


「そういえば、山路は結構あのペン使っているよな」


「まぁそうだね。大切なお守りって感じだね。杉野はまたに使っている感じだよねー」


「ああ、なんかもったいなくてな。ここぞってときだけ使っている」


「一年生たちにも、大切に使ってほしいね」


「……ああ、そうだな」


 山路の言葉に、俺は静かに同意した。

 不思議な感覚だった。


 先輩たちもこんな感じで悩んだりしたのだろうか。

 今更になって、あのボールペンの重みを実感した。


「僕としては楽しんで過ごしてもらえれば一番だけど、杉野はどう?」


「どうって、そりゃそうだろ」


 俺がそう答えると、山路は少し困ったような顔をした。

 たぶん、望んだ言葉じゃなかったんだろう。


 …………。


 察しの悪い俺でもその表情を見れば分かる。

 たぶん、これは遠回しに今後の部活について、どうしたいかを聞いたんだ。

 露骨だったよな。椎名と俺が遅れてきたんだ。

 何か話していたって思うよな。


「……僕は、バイトを理由に部活休むときもあったし、たぶん真剣さでいったらみんなよりないと思う」


「そんなことは」


「いやいや、いいんだよ。事実だしね…………だから部長候補から外れる」


「!」


「確信はないけど、先輩たちは次の部長を誰にするか悩んでいるんだと思う。でも僕はその中にはいない。当然だね」


「山路?」


 これは自虐じゃない。

 なぜか俺には固い決心だと感じた。

 その顔からは読み取れないが、言葉の奥には確かな意志があった。

 ボールペンの試し書きをしながら、山路は話を続けた。


「でも…………勝手だけど、僕も演劇部の一人で、先輩たちの後輩で、一年生たちの先輩だって思っているから…………杉野に聞きたいんだ。今後の展望ってやつを」


 山路が俺の方を向いた。

 いつもの飄々とした感じではなかった。

 もしかしたら、一歩引いていた彼が初めて演劇部員として踏み込んでいるのかもしれない。

 だから、俺は正直に答えることにした。


「俺は、全国目指す」


 はっきりと、山路を見て言った。

 予想外の言葉だったのか、顔を大きく変えた。

 反応を待つと山路はいつもの飄然とした様子に戻った。


「そっか全国か。大変だー」


「他人事かよ。お前も立派な部員だろうが」


「え?」


「勝手だけどじゃねーよ山路。今こうして俺と同じ二年生やってんだろ。謙虚か」


 てか、この歓迎会伝統のプレゼントを覚えていた分、俺よりもすごいだろ。

 なにさっきよりも驚いた顔してんだよ。まったく。


「……やっぱり杉野はすごいね。うん。みんなの言う通りだ」


 え、俺のこと褒めるやつといるの? 今日なんて罵詈雑言だったけど。

 愉快そうに笑う山路。


「いやね。こないだ樫田にも同じ質問をしたんだよ」


「ん? ああ」


「色々答えてもらった最後に、杉野には聞かない方がいいぞってアドバイスくれたんだよね。いやー、その通りだったよ」


「???」


 え、どゆこと? 褒め言葉に聞こえないけど。

 てかなにその状況、いいな。俺も混ぜろや。


「いけない。これは余談だったね。答えてくれてありがとう。うん。とても参考になったよ」


「参考?」


「えっと、まぁ、僕は僕なりに部活のことを考えているってことだよー」


「そっか」


 山路はどう言おうか迷って答えたが、俺にはその言葉が腑に落ちた。

 俺は視線を陳列しているボールペンの方へ向ける。

 ふと、気になるものが目に入った。


「あ、これ」


 俺は並んでいるものから、一本手に取った。

 山路もそれを見て決まったのだろう。

 俺がそれを差し出すと、嬉しそうな様子で受け取った。


「これにしよっかー」


「ああ」


「いいねー。買ってくるよー」


「悪いな。頼むわ」


 もう二本ボールペンを棚から取って、山路はレジの方へ向かった。


「…………」


 その背中を見て、俺は思う。


 みんな二年生を自覚しているという当たり前を。

 誰だって部活のことを考えているという当然を。

 悩んでも迷っても進もうと頑張っていることを。


 なんてことない当たり前のことを思った。

 帳尻を合わせたわけでもないのに、四月になって後輩ができて歓迎会をしている中で、全員が自然と先輩になろうとしている。


 俺はどうだろうか?

 歓迎会ってだけで浮かれて、プレゼントのことを忘れていた。


 先輩になった俺はどうだろうか?

 何が変わったのか。何を後輩のためにできるのか。何を先輩らしくなれるのか。


 今更、不安が襲ってきた。


 これは俺が至らなさを感じたからか。

 周りの成長速度に驚いているからか。


 そんな考えを抱くと、自分の愚かさが分かって堪らない。

 俺は山路が戻ってくるまで、平常になるように自分自身と向き合い、静かに努めた。

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