22.治癒魔法


「自己紹介は必要かな? 要らないよね、だって君たち僕のこと知ってるでしょ?」


 大貴族エラッド。

 宰相の右腕にしてフローレンスの暗殺や魔法陣を使う謎の多い奴だ。

 ……みんな、コイツのせいで滅茶苦茶になった。


「そう睨まないでくれよ。僕は何も悪くないんだぜ?」

「……ふざけんな」

「ふざけんな? 治癒が効かないのに、見苦しいね」

「……それでも、お前の思い通りになんかさせてたまるか」


 ニグリス特化の魔法陣。

 魔法刻印があれば、何とかできるとヴェルは言っていた。


 それを求めに来たはずなのに……ここには


「おいおい……絶望する顔を期待してた僕の身になってくれよ。諦めないなんて、カッコいい英雄みたいじゃないか」


 俺が英雄なんて口が裂けても言えるものか。

 英雄じゃない、俺は偽善者だ。


 貪欲に、自分の手の届く範囲は幸せになっていて欲しいと願う。


 フェルスにはそこが良いなんて褒められて、フローレンスには甘いと笑われる。


 でもそれが俺だ。


「ったく、僕は焦ったんだぜ? 君たちがいきなり魔法刻印を手に入れるなんて言い出すから……まさか、代わりに図書館を見つけてくれるとは思ってもいなかった。お陰で探す手間が省けたよ」


 予想の範疇。

 エラッドの口調は酷く単調だった。


 朦朧とした瞳でジャンヌはエラッドに手を伸ばす。

 凄まじい執念。いや、怨念ともいえる。


「……エラッ……ドッ!!」

「勘弁してくれよ、聖剣で心臓を貫いてまだ死んでないのか? いい加減くたばった方が楽だと思うよ」


 それでもなお、笑みは崩さない。

 不気味でどこか老人らしさなんて感じない。


「苦しんでいるジャンヌを見て、何が面白い……」 


 どこまでも自分のため。

 その貪欲さに俺は圧倒される。

 

 どうして治癒は答えてくれない。

 『みんなのため』に使えば、答えてくれるだろ。

 

 ……みんなのため?


 俺は愕然とする。救いたいの中に、いつも俺はいない。

 

 俺を救う必要なんかあるのか?

 俺が救われるってなんだ。


 一点の曇りが、明確な差になっている気がした。

 

 そうか、だから俺は勝てない。

 ……願いがなかった。


 俺の使う魔法は、みんなのためになる魔法だ。

 想うだけじゃない。願うんだ。


「自分の妹の前で自殺したんだぜ? 面白いだろ!? これが笑わずにはいられるか?」

「……治癒(ヒール)」

「話を聞かないねぇ。治癒は無駄だって────なに?」


 魔法刻印が無くたって出来るはずだ。


 届け。

 ジャンヌを救う。アルテラも救う。

 みんなを救う。


 俺がみんなを救う。

 俺の為に、みんなを救いたい。


「……僕の魔法陣に干渉してる?」


 あったことをなかったことにできるんだ。

 極限まで集中しろ。

  

 賢者ヴェルが魔法陣に干渉する姿を見たんだ。

 魔法陣は外部からなら干渉できる。


 質で負けるな。気持ちで負けるな。 

 願いは見つけた。

 

 助ける。


「……おいおい、マジかよ」


 目の前で見せられた事実に、エラッドは少しだけ気持ちが揺らいだ。

 少しずつつ、ニグリスはエラッドの魔法陣に干渉していた。


 初めて、ニグリスはエラッドを少し上回ることが出来た証。


 もはや大貴族エラッドはニグリスの敵ではなかった。


 心臓を一瞬で修復する。


 簡単ではない。が、やらなければならない。


 息を吹き返し、心臓の鼓動が手を伝って感じる。

 他の傷まで干渉はできない。今は心臓だけだ。


「……死んでいれば楽だった物を」

「悪いが、俺はジャンヌを死なせない」

「カッコいいよねぇ」


 フェルス達は致命傷ではないし、ヴェルたちも傷だらけとは言え命に別状はない。

 問題はアルテラだ。


「あぁ……なんで、私は……何やってるの?」


 突如記憶を戻され、現状が理解できず半狂乱気味になっている。

 ……すまん。終わったら、ちゃんと話し合わせてやる。


「治癒(ヒール)。少し眠っていてくれ」


 治癒で身体を活性化させ、過労させることで気を失わせる。

 リカバリーはしてある。起きても何も後遺症はない。


「キュイ、キュイ(なんでお前が生きてるんだ)!!」

「……君は、シロじゃないか! 久しぶりだねぇ、数百年ぶりか?」

「キュイっ(魔族は死んだはずだ)!!」

「相変わらず何を言っているか分からないね。アハハ」


 俺の前に立つシロ。

 知り合いなのか?


 様子から見ても仲が良さそうには思えない。

 それに魔族という言葉が引っかかる。


「重着治癒(レイヤードヒール)」


 今はどうでもいい。

 厄介な聖剣はない。

 エラッドをぶん殴れば終わる。


 ここで決着を付けてやる。


 シロに気を取られた一瞬を見逃さず、飛び出した。


 拳を握る。

 ────外さない。


「展開(オープン)、反転魔法陣」


 拳が六芒星の陣に塞がれた。

 

 衝撃が反転し、俺の腕が内側から爆発するように弾けた。

 

 大穴を開ける拳を止めただけでなく、俺自身へダメージが返される。

 幸いにも治癒不可ではない。


 治癒(ヒール)。


 さらに治癒を重ねる。

 重着治癒(レイヤードヒール)。

 攻撃力も防御力も足りない。


 もっと、もっとだ。


 重着治癒(レイヤードヒール)を連呼する。

 何枚でも掛けろ。魔力消費なんて考えるな。


「化け物か君。普通は自分の腕が吹き飛んだらビビるだろ」

「生憎、お前への怒りで我を忘れている」


 ぶん殴る。

 ただその想いだけが強くあった。


「反転魔法陣は僕の持つ最強の魔法陣なんだぜ? 治癒も効かないよ。これはなかったことも反転するのさ!」


 だったら、反転魔法陣ごと消してやる。

 ジャンヌを治癒する時に少しだけ干渉できた。


「治癒(ヒール)」


 クツクツと笑うエラッド。眼前にある反転魔法陣が、突如割れる。


 俺の魔法は届く。 

 

「なっ────魔法陣をにした? 僕を完全に上回ったとでもっ!」

「エラッドッ!!」


 拳を握りなおす。

 千載一遇の機会を逃してたまるものか。


 お前はここで倒す。


 一直線に、憎悪を集めたかのような瞳に向かって、ニグリスの拳はエラッドを貫いた。


 黒曜石の扉を壊した時はビクともしなかった図書館が悲鳴にも似た轟雷で鳴く。

 

 吹き荒れる暴風によって本が飛んでいき、パラパラと瓦礫が落ちる。

 ニグリスの拳を受け、エラッドは地に伏せていた。


「はぁ……んっ……はぁ……」


 俺の持っている魔力はほぼ使った。

 これ以上は魔力枯渇を引き起こす可能性がある。


 でも、まだ倒れてはならない。


「みんなを治癒しないと」


 それまでは耐える。

 エラッドは倒した。


 これで全ての問題は解決するはずだ。


「キュイ(まだ終わってない)!」

「え?」


「ニグリス、限界でも超えたか? 正直油断していたよ」


 顔面が半分割れた状態で、飄々と立ち上がる。

 ……今までで、一番強い威力だぞ。


「これは殻(から)なんだ。外見が老人ってのは便利なんだぜ? みんな馬鹿だからコロッと騙される」


 エラッドは首を掴んで、その下にある皮膚を破り捨てる。

 そこには、金髪の美青年が居た。


 調整が間に合ってよかった、などと呟き息を吐く。


「ふぅ……身体を戻すのに数百年も掛かると思っても居なかったなぁ。どうだ? イケメンだろ! これが僕の全盛期さ」

「……なんだなんだよ、お前」

「僕は魔族って呼ばれている奴さ。勇者が討伐しそびれた魔族の生き残り……数百年前に死にかけたんだぜ? 可哀想だろ?」


 勇者が討伐しそびれた存在。

 であれば、古代の……今よりも圧倒的に魔法が強かった時代だ。


 俺たちの力が通じないのも筋が通る。

 そんな化け物を相手に、俺たちは戦いを挑んでいた。


 しかも全盛期って言ったよな。

 さっきまでのは遊びだとでも言うのか。

 

「魔法刻印を僕が手に入れることができれば、人類史上類を見ない魔族が誕生する。いや、魔族だけじゃない、魔王にすら僕は届く」


 ……魔王って、世界を滅ぼす奴のことだよな。

 俺ですら倒せない相手なんて、どう戦えばいい。


 時間稼ぎ、その単語が頭に思い浮かぶ。


「シロ。みんなを連れて逃げて欲しい……時間稼ぎが精いっぱいだ」

「キュイキュイ……(嫌だ。僕にまだ友達を紹介してない)」

「頼む」

「キュイ(嫌だ)! キュイキュイ(友達を紹介してくれるまで、何処にも行かない!)」


 シロは友達が欲しいんだよな。

 友達って、ただ堅守のドラゴンを紹介しようと思っただけだ。

 その約束は守れそうにない。


「キュイ(ニグリスは友達を紹介してくれるんだ、エラッドなんかに殺させない)!」


 シロの額が輝き始める。

 アロンダイトにも刻まれていた九芒星が浮かび上がる。

 

 これは、魔法刻印だ。


「そこだったかぁ……まさかシロに預けていたとはね」

「キュイ(これはエラッドに渡さない!)」

「シロ……?」


「ダメだよ。魔法刻印は一度刻まれてしまうと取れないんだよ? だから、それは僕の物だ」


 目を見開き、突進してくるエラッド。


 それよりも早く、魔法刻印があるシロの額に触れた。

 

 

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