23.決着

 魔法刻印は魔法の祖である。

 原点(オリジン)。確認されている魔法刻印は七つ。全て聖剣に付与されている。


 そのうち、八つ目の魔法刻印である【無垢な魔法刻印】が右手に刻まれた。

 

 蒼く輝き、流動する強い魔力の流れを体内から感じる。


「キュイ(正式な譲渡じゃないから、長くは持たないよ)!」


 これだけの膨大な魔力を俺は扱えるのか? ……信じられない。


 それに正式な譲渡って、ちゃんとした渡し方があるはずだったのか。

 この力をシロが俺に貸してくれた。


「ニグリスッ! 僕の夢を奪うな!」


 様相が変わって、殺意に満ち溢れたエラッドが襲い掛かる。

 手のひらには魔法陣を展開していた。


 【完封呪縛魔法陣】

 【精神支配魔法陣】


 鑑定スキルが勝手に発動して、エラッドが使おうとしている魔法陣が見えた。


 魔法刻印の影響で鑑定スキルが強化されたのか。


 どういう構造で、どうすれば無効化できるかもわかる。

 なんなら俺も使うことが出来る気がした。


 右手を突き出して、同じ構造を脳内でイメージする。

 それを魔法として出力した。


「【完封呪縛魔法陣】【精神支配魔法陣】」

「なに!?」


 同じ魔法陣が衝突し、相殺される。

 実際に使ってみると判る。これは気持ち悪い魔法だ。


 俺が自発的に使う事はないだろうな。


「……ククッ、そうか。それは無垢の魔法刻印だったね。魔法陣をコピーする力と君の鑑定スキルが強化され、構造の全てが分かるのか」


 それでも余裕の笑みを崩さない。

 勝算がなければこの余裕は納得ができないな。


「人の身でありながら魔法刻印を手にしてくれて助かるよ。聖教会の聖剣は僕にとっては毒でね。吸収すると聖剣の力まで流れてきてしまうんだ」


 魔法刻印から力だけを奪う方法を知っているんだろう。

 殺してから奪えばいい。

 エラッドはそう言っているように思えた。

 

「でも知っているかな! 魔法刻印は君とも相性が悪いんだぜ? 『みんなのため』じゃない。『世界の均衡を保つため』に使えば能力を発揮するんだ」


 善や悪は関係がなく、平等な流れを作るための力。


 これは秩序の力だ。


 膨大な魔力量に加え、魔法の原点(オリジン)とされるに相応しい能力が備わっている。

 だが、この【無垢な魔法刻印】は特殊であると直感が告げていた。

 

「エラッド、それは違う。この魔法刻印は『みんなのため』にある力だ」


 俺の中にあるから分かる。

 世界の均衡や秩序の力じゃない。


 この魔法刻印は願いだろう。


 俺たちの魔法を作った奴と同じように、『みんなのため』にあって欲しいと願う魔法刻印だ。


 シロに持たされていた理由も分かる。

 友達が欲しい。誰かに必要とされたい。


 純粋に人を想う気持ちだ。


「……くだらないね。凄く不快な話だよ! 他人のため、誰かのためなんて宣う人間が僕は嫌いだ!」


 エラッドが浮遊し、特大の魔法陣を展開する。


 【喰奪精神(ソウルイースター)魔法陣】

 人の魂を抜き取り、廃人にする魔法陣。


「ニグリス特化魔法陣も組み込んでおいたよ! さぁ! どうする!? どうしようもないだろ! アハハハ! その大事な仲間と一緒に地獄へ送ってあげるよ! じゃあね、バイバイ!」


 魔法陣が起動し、黒い稲妻が降った。

 

「治癒(ヒール)」


 パリン、という音と共に魔法陣が崩れ去る。


「なっ────」


 俺の真価は魔法刻印でもなければ魔法陣のコピーでもない。

 鑑定スキルが強化されたように、治癒魔法も強化されている。


 あったことをなかったことにしてしまう治癒の純粋な強化。

 誰であっても、俺を止めることはできない。


 完全なる事象の否定へ進化した。


「僕の魔法陣……いや、?」


 構造や作った記憶。きっかけすらも思い出すことはできない。

 エラッドでは届かない領域へ、ニグリスは足を踏み入れていた。


「自分のために戦う人間がどうなったか知っているか」

 

 アゼル。

 頭の中であの姿が呼び起こされる。


 自分の欲求を優先し、自分のために人を殺した。


 そんな人間が最後どうなったかなんて、エラッドがよく知っているはずだ。


「……調子に乗るな! 僕を人間と一緒にしないでもらえるか!」

「その人間に負けるんだよ」


 身体能力も向上し、軽く地面を蹴っただけでエラッドの眼前まで届いた。

 

 俺はエラッドの顔を掴んだ。


 ……終わりだ。


「今の俺は、お前を一瞬で消すことが出来るぞ」

「脅しのつもりか? 人間如きにそんな力があるはずないだろ!」

「……そうか」

 

 情けは無用だったな。


「治癒(ヒール)」


 俺は今のエラッドを、否定した。


 エラッドの肉体が徐々に自壊し始める。

 今の俺は過去にまで影響を及ぼすことが出来る。

 だが、それは俺がまで変えてしまう恐れがある。

 

 それでは現在が変わってしまう。


「エラッド、俺は偽善者だ。手の届く範囲は幸せになって欲しいと願うだけの」


 英雄なら、エラッドすらも救おうとするんだろうな。

 でも俺は違う。


「嘘だろ? 何かの間違いだと言ってくれ! 僕は魔王になって、魔王様を超えて……!」

「じゃあな、エラッド」

「あが……ニンゲン……ごと……きに……っ」


 俺は治癒師だ。

 お前を許すことはできない。


 馬鹿は死んでも治らない。

 アゼルに教えてもらった唯一の教訓だ。


 静かになった図書館に立ち、ようやく全ての終わりを実感した。

 

 やっぱり、自分のために生きる人生なんて俺には無理だ。


 仲間がいるからここまでこれた。

 守りたいと思う人が邪魔だと言う奴らに、俺は負けない。


 フェルス達の元へ行き、一人ひとり治癒していく。

 前よりも質が上がったお陰で治癒の効果が高まっている。


「……んっ……ニグリス、様?」

「起きたか、フェルス」

「っ!? 戦いは!」

「終わったよ。全部」


 凄惨な状態の図書館を見て、キョトンとした面持ちを作る。

 そして俺の頬に手を伸ばした。


「に、ニグリス様っ! 目の色が蒼く輝いています!」

「えっ……あぁ、鑑定スキルが強化されたからか?」


 鏡がないから分からないが、どうやら目の色も変わっているらしい。

 ふむ。蒼か。 


「キュイ(ニグリス)!」


 俺の傍へシロがやってきた。

 思わず頭を撫でてやる。

 

 シロには感謝の気持ちしかないな。

 魔法刻印を貸してくれなければ、俺は勝つことができなかった。


「キュイ~」

「友達は紹介してやる。とりあえず、帰ろうぜ」

 

 立ち上がろうと腰に力を入れた時、俺は前から倒れる。

 

 魔法刻印の移植と急激な変化に身体が追い付いてこれず、肉体が限界を迎えていた。

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