19.堕ちた者の結末
「出ていけ化け物!」
「厄祭を招くモンスターが!」
森の中に住んでいる白きモンスターは石を投げられても怒ることはなかった。
静かに村を眺めて、時折ちょっかいをだしている。
「キュイ~っ!」
ただ遊びたいだけ。
友達が欲しい。一人ぼっちが寂しかっただけなのだ。
自分が人ではないと知りながらも、人でありたいと願っていた。
人なら一緒に遊ぶことが出来る。友達になれると思っていた。
「このっ! 死んでしまえ!」
「やめないか」
とある男が村人の手を掴んで、やめさせた。
石を投げて構ってくれていたのに、なぜやめさせたのか疑問に思う。
「この子は君たちを守る存在なんだぞ!」
「し、知らねえ! コイツが居るからおらたちは貧乏なんだ! 今年の収穫量が少ないのだって、コイツが喰ってたに違いねえ!」
「決めつけるなと言っている……ったく、頭が固いな」
男は近寄ってきて、手を差し伸べてくる。
「おいで、ここはもう君の居場所じゃない」
「キュイキュ!」
「嫌がってもダメだ。もう、主人はいないんだ」
差し伸べられた手を噛む。
決して傷つけようとした訳じゃないのに、いつの間にか男の手からは血が出ていた。
「いくらでも噛んでいい。泣いてもいい。ただ、勇者たちは死んだんだ。ここはもう守るべき場所じゃない」
みんな同じことを言う。主人が死ぬはずがない。
だって、いつか帰ってくると約束したんだ。
だからひたすらこの地を守り続けた。
死ぬはずなんかない。帰りが少し遅いだけだ。いつも通り、笑顔で抱っこしてくれるはずなんだ。
それから、その男が言う『図書館』にやってきた。
「勇者の匂いがするだろ。それにここは人も遊びに来てくれるし、守ってくれないか?」
クンクンと嗅ぐと確かに勇者の匂いがした。
軽快な足取りで書架の上へ駆けあがる。
何処までも広い場所だ。人の匂いもする。
主人の残り香から、ここに訪れていたことも分かった。
守るべき新たな場所。
男の言葉を信じて守っていれば、主人が訪れるかもしれない。
誰か遊びに来てくれるかもしれない。
あの男、きっと良い奴なんだ! だから新しく守る場所を教えてくれたんだ!
「キュイ(早く誰か来ないかな~)っ!」
今日は寂しかったけど、主人が帰ってくれば寂しくない!
今日は誰も来なかったけど、明日は来るかもしれない。
今日は……。
真っ白な9本の尻尾がウキウキと揺れていたが、次第に力なく萎れていく。
一人で数百年も待ち続けた。
勇者が大好きだから、人が大好きだから一人ぼっちで数百年待ち続けた。なのに、誰も来ることはなかった。
それから、ワンワンと泣く日々が続いた。
*
……可哀想だな。
真っ白で美しい毛並みが現れ、九本の尻尾が頬を擽る。
これが本来の姿か。
それと、村が滅んだのはコイツのせいじゃない。
何か別の原因があるのだろうが、過去を見る限り自業自得だ。
だってコイツは、純粋に人が好きなんだ。
「キュイ~……」
静かに目尻に涙を貯めていた。
……なんで怒るの? って顔をしている。
「大丈夫だ。遊んでやるし、いい友達も紹介できるぞ」
「キュイ(本当)?」
「本当だ」
「キュイ(やった~)!」
……ん。
ん!?
今声が聞こえたぞ。
……あれ、これ俺にしか聞こえてない感じだろうか。
みんなを見ても聞こえている感じがしない。
なんで俺だけなんだ?
もしかして、コイツの過去を見たからだろうか。
「よく捕まえたわね……」
「まぁ、運が良かったな」
「あぁ……? ソイツのこと載ってる本に名前書いてねえぞ」
名前か。
確かに名前がないと不便だ。
「キュイ(シロ)!」
「シロって言うのか」
「ニグリス様、言葉が分かるのですか?」
「あ、あぁ……何となくなんだが」
脳内に直接聞こえる感じだ。
やっぱり俺だけにしか聞こえてないな。
「主人と認めた相手にしか言葉が分からないって書いてあるな」
「……いや、何もしてないんだが」
治癒して過去見て、可哀想だとは思ったくらいで。
主人って言われても困るな。
「それより魔法刻印とスキルじゃ。まだ手がかりすら掴めておらん」
そうだ。
俺たちはあくまでその二つを探しに来たんだ。
シロが飛び出していき、一冊の本を咥えて戻ってくる。
……投げたボールを犬が持って帰って来たみたい。
だが、本のタイトルは俺たちの知っている言語じゃない。
ヴェルですら首を傾げている始末だ。
「……【原初のスキルについて】?」
「フェルス、読めるのか?」
「は、はい。ちょっと時間が掛かります」
「おいこれ、エルフ言語の中でもかなり位の高い奴じゃないと読めない言語だろ。なんでてめえが知ってんだ」
ヴェルが眉をひそめ、訝し気に顔を歪めた。
……フェルスはエルフだから、エルフの言語が読めても不思議ではない。
でも位の高いってなんだろう。
「今は良いじゃない。とりあえず読んでよ」
「は、はい……」
原初のスキルについて、フェルスが音読していく。
その傍でアルテラが恐る恐るシロを触り、笑顔になっている。
……何かに触るのを怖がっていたんだが、シロの九本のふわふわな尻尾には抗えないみたいだ。
「スキルは女神からの祝福とされ、選ばれた者のみが得ることが出来る。その中でも原初の名を持つスキルは最高位に位置し……ステータスの限界値であるSSを突破できる。と……あとは時間が掛かります」
「他の部分は読めるか?」
「これ以外にあるとすれば、魔法陣は自分のために使うことで強い効果を発揮する。また魔法刻印は魔法の祖が結集して作り上げた物であり、詠唱や魔法陣とは別の想いが必要であると書いてあります」
……マジか。
詠唱って、俺たちの使う魔法のことだよな。
別の想い……? みんなのため、とかじゃないのか?
「問題はねえよ。ここの魔法刻印は少し特別だ。だからエラッドも狙ってんだよ」
「特別を説明しなければ、貴様への不信感は拭えぬぞ?」
「ここの魔法刻印は────」
突如、図書館が揺れた。
立っているのもやっとで、アルテラは膝をついてしまう。フェルスが傍に駆け寄った。
その騒ぎに乗じてフローレンスが俺の胸に飛び込んで来るが、反応している暇はない。
転ばないように抱きしめてやり、揺れが収まるのを待つ。
「に、ニグリス殿……」
「どさくさに紛れてニグリスの胸飛び込んでいったわね……」
「……てめえら、遊んでる余裕はねえぞ」
ヴェルが息を呑む。
その視線の先には、堕天したような黒い甲冑を着込み、虚ろな瞳をしたジャンヌが居た。
「全部筒抜けってか……エラッドの野郎」
明らかに普通の様子ではない。
握り締められた聖剣には、魔法刻印と俺の魔法を無効化する魔法陣が刻まれていた。
「あの時の、怖いお姉ちゃん……」
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