18.謎の管理者
入口の扉を開けると、下へ進むための磨かれた石の階段があった。数百年も放置されていた割に埃が少なく、比較的綺麗だ。
道なりに階段を降りて、支えの柱が連なっている場所へ出た。
「また扉? 厳重すぎじゃない?」
「そうだな……にしてもこの扉、硬いな」
ここを覆っていた透明な壁とは違い、背丈の倍以上ある扉に魔法陣が刻まれ、黒曜石で出来ている扉だ。
押してもびくりともしない。
「崩壊は……加減をミスるとこの建物自体を壊しかねないか」
アルテラは崩壊の扱い方を知らないんだ。だから手袋で常に抑え込んでいる。
メンバーを見渡す。
一番火力の出るアリサは二次被害の恐れあり。フェルスは身体強化出来ると言っても限界がある。フローレンスは力というよりも技術の人間だ。
とすれば、冒険者ギルドで治癒不可魔法陣を書き換えたヴェルしかいないのだが。
「あたしは無理だぞ。壁に刻まれた魔法陣なんざ、どうやって書き換えろってんだよ」
「……そうか」
そこまで便利ではないらしい。
物理で一番火力があるのは一人だけ。
他に解決策があるとも思えない。あまり悩んでいる暇もさそうだしな。
「俺がやるか」
下がっているように指示し、中央に立つ。
重着治癒(レイヤードヒール)を使い、身体の防御力を上げる。
堅守のドラゴンですら気絶させる拳を、魔法陣に向かって振りかざした。
図書館全体が揺れるような衝撃が走るが、崩れそうな気配はない。
数百年というのは嘘と思えるほど頑丈だ。
「に、ニグリス……相変わらずの馬鹿力ね」
「ほ、本当に治癒師かてめえ……」
まだ壊れないか。
ドンッ……ドンッ……と二発。ようやく三発目で扉は吹っ飛んだ。
硬すぎないか? 本気で殴ったつもりだったんだが。マジか。
「ようやく見つけた。これが図書館か」
じんっと鼻腔を擽る古い本の匂い。
酷く静けさに包まれた広い円盤上の空間に、びっしりと書物が並んでいた。
そこで俺はふと気づく。
「おいヴェル。魔法刻印なんかどこにあるんだ?」
「……おかしいな、あるはずだぞ」
見える限り本しかない。
どれも禁書や失われた歴史の書物であるとは思うが、今回は目的が違う。
あくまで魔法刻印を取りに来たんだ。
「ま、そんな簡単に見つかったら苦労しないわよ。とりあえず探しましょ」
「そうですね……もしかしたら、スキルに関する本もあるかもしれません」
「す、スキル……? 私のスキルも何とかなる?」
「かもしれぬ、じゃ。あまり期待するでない」
そうだな。
魔法刻印がなかったら、それはそれでいい。
エラッドの狙いが魔法刻印でも、最初からないのなら安心だ。
それにスキルなら知りたいことが多くあった。
スキルそのものを詳しく知る人間もいない。ただ、スキルという概念があって、有能というだけしか知らないんだ。
【原初】もそうだ。
アリサやアルテラのスキルにある【原初】がなんであるか、俺たちは知らない。
暫く探索しても、文字が古すぎて読めなかったり、俺たちの知らない言語で書かれた本が多くあった。
「……ねぇこれ、無理じゃない?」
「諦めるの早いな」
確かに、手に取った本はどれもよく分からない。
魔王がなんちゃらとか、魔族がなんちゃらとか、御伽噺のような物だ。
スキルについての話なんてどこにもない。
「キュイ……っ」
「ん? ニグリスなんか言った?」
「いや、何も言ってないが」
どうした。
そういえば……どの本も埃が被ってないな。
こういう物って、時間が経てば本の色が変わったりするし埃まみれになるはずだ。
……管理されている?
「キュイキュイ~!」
動物の鳴き声が響き渡る。
その鳴き声に俺たちは視線を向けた。
本棚の上に乗っていて、俺たちを俯瞰している。
「何事じゃ!」
九本の尻尾を持ち、赤い瞳をした……真っ黒な獣が居た。
「キュイッ!」
「モンスター……にしては可愛いな。なんだあれ」
「あれは、コイツだろうな」
俺の隣にヴェルがやってきて、一冊の本の挿絵を見せる。
その絵は人々に崇められるように、一匹の動物が中心にいた。
でも絵だと真っ白なんだけど。
あれ真っ黒じゃん。
「この本が正しければ、数百年以上前から生きているモンスターだ。捕まえて研究材料にしねえと……」
「お前……そういうタイプだったのか」
「あぁ? 戦闘狂だと思ってたのか? あたしはこれでも探究者なんだよ」
賢者だもんな。そういうのあっても間違いじゃないよな。
……せめて外見と合致してくれ。
「攻撃してきてないんだし、だったら別に放置しても……」
「キュイッ!」
謎の動物がアリサへ水魔法を使う。
……魔法陣でもなんでもない。俺たちと同じ魔法だ。
「ちょっ! 危ないじゃない! このっふぎゃ!」
アリサの顔を肉球が踏んづけ、バタンと倒す。
その後爪で引っ掻かれ、半泣きになってダウンした。
「ま、魔法使いの娘がやられたじゃと……っ!」
「私が捕まえます!」
身体強化の魔法を使い、必死に追いかけるフェルス。
しかし、小回りの利く身体とこの図書館を熟知しているのか、細い逃げ道を使って躱していく。
「キュイキュイ~っ!」
遊んでいるような軽快なステップ。
流石のフェルスも見失ってしまう。
そして今度はアルテラの前に出現した。
「あっ……は、初めまして!」
アルテラがお辞儀する。
俺はその光景を眺めて少し笑いそうになった。
たぶんフェルスに教えられたんだろうな、と思いつつ様子を伺う。
あのモンスターは俺たちを攻撃してきたが、殺意は感じなかった。
遊んで欲しそうな感じと、出て行って欲しいという二つの感情が見て取れた気がしたからだ。
「キュイ~!」
モンスターも同様に頭を下げるが、すぐに何処かへ移動していく。
その後、ニシシッと笑うように混乱する俺たちを見ていた。
悪いが、俺たちも時間がある訳じゃないんだ。
「キュイッ!?」
「悪いな。大人しくしてくれ」
気付いていないうちに背後から捕まえると暴れ出す。
思わず咳が出る。
コイツ、なんでこんな埃まみれなんだよ。
……尻尾。本の掃除とかに使えるよな。
もしかして、コイツが管理してたのか?
「治癒(ヒール)。少し綺麗にするぞ」
少しだけ白くなったが、それでもまだ灰色だ。
絵のような真っ白に戻すにはもう少し治癒の効果を高める必要があるな。
仕方ない。治癒(ヒール)。
……待てよ。
確かフローレンスが言っていたな。
ここにあった村は『人が離れたのではなくモンスターの災害で廃れ滅びた』って。
だとすれば、コイツがそうなのか?
そう思った時には効果を高めていた。同時にこのモンスターの過去を見た。
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