17.廃村

 苔に覆われた石造りの土台だけが残った村は、どこか哀愁を漂わせていた。

 何処が村の入り口かも分からない。本当に昔に人が住んでいたであろう形跡だけが、村としての形を保っている。


「ねぇフローレンス。図書館らしい建物なんか見えないけど」

「おかしいの。ここら辺のはずなんじゃが」


 地図を広げて見ても、村があった場所に俺たちは来ている。


「ニグリスさん……ここ、何があるの?」

「大量の本らしいぞ。大丈夫だ、俺から離れなければ危ないことはない」

「そうです。ニグリス様がいらっしゃれば、安全ですよ」


 アルテラと手を繋ぐ。上目遣いでフェルスとこちらを眺めていた。

 フェルスからすれば同い年でも、姉みたいに頼られるのは嬉しいのか。


「なんだてめえら、そうやって見ると夫婦みてえだな」

「ふ、夫婦ですか!?」


 耳の端まで赤く染め、ぼっと湯気を出す。

 緊張感がそがれるからあまり揶揄わないで欲しいな。


「なんじゃと!? フェルス! そこを妾と代われ!」

「嫌です! ニグリス様の隣は私の場所なんです!」

「なにぃ!? わ、妾も言われたいのじゃ! ふ……ふ、ふひゃ!」


 恥ずかしさのあまり舌を噛む。

 ウルウルとさせながら悔しがり、踵を返して歩いて行った。


「惚気ちゃって、見てらんないわ~」

「誰が惚気てんだよ」

「自覚ないわけ? これだからニグリスは」

「……そう言われてもな」

 

 普通に対応しているだけなのだが、アリサから見ると惚気ているのか。

 ……もう少し見方を変えてみるか。


 夫婦って言われた時も少し恥ずかしがってみるとか?


 ……なんか合わないな。


「もう面倒だから、ここら一帯更地にしてみる?」

「どうやったらそんな思考になるんだよ……」


 とりあえずぶっ放す癖は直ってないみたいだ。

 アリサらしいと言えばそうだが、もし図書館が地下室にあったならファイアーボールの衝撃で埋まるぞ。


 俺たちよりも先を歩くアリサが頬を膨らませて、不貞腐れる。

 

「えーだって方法見つからな────あだっ! 痛っ~!」


 何かにぶつかり、おでこを強打する。

 ……何にぶつかった?

 

 アリサは今、所にぶつかったぞ。


「……へぇ、面白れえじゃねえか」

「何なの~? えっ壁?」


 不透明な壁が張られていて、俺たちの侵入を阻害しているように思える。

 コンコンと突いてみても音はなく、硬いバリアのような物が広がっていた。


 遠目からじゃ分からなかった。

 それに重着治癒(レイヤードヒール)でもビクともしなさそうだ。

 

「これ突破する方法あるの? ないならぶっ放すけど」

「やめろ、俺たちまで巻き込まれる」

「アハハハッ! 撃って見なきゃわからないじゃん?」


 笑いごとじゃないが。

 コイツ、自分がどれくらい威力を出せるか自覚してないな?

 俺の魔法が変だということは認めるが、アリサの魔法の威力を本人が自覚してないのは危険だ。


 また特訓だな。


「ねぇニグリス。また特訓だな、みたいな目しないでよ」

「よく分かったな」


 ヴェルが腕を組んで悩んでいる。

 この壁は普通じゃない。物理や魔法を無効化されている感覚だ。


 だが魔法陣とも少し違う。


「……てめえのファイアーボールでも無理だ。これはそういう代物じゃない」

「てめえじゃなくてアリサね。覚えなさいよ」

「じゃあ何で突破するのじゃ。この壁の向こうに図書館があるのじゃろ?」

「唯一打開できるとすれば、スキルだけだ」


 ビシッとフェルスの後ろに隠れるアルテラを指した。

 なるほど……【原初の崩壊】なら壊せるかもしれない。


 あれは物理や魔法とは一線を画している。

 特別な力だ。


「わ、私……? 何かするの?」

 

 ヴェルを怖がってしまい、数度瞬きをしてフェルスを見上げた。


「怖いのなら怖いと言ってもいいですよ。大丈夫です、私たちは味方ですから」

「……ううん。怖くない……みんなが困ってるなら、助けたい」


 透明な壁の前までやってきて、アルテラは手袋を外す。

 指先が腐って来てる……。


 スキルを消すことは出来ない。でもせめて……アルテラを普通の少女として暮らさせてやりたかった。

 方法が図書館にはあるのだろうか。


 なかったとしても、俺が探してやればいい。


「えっと……たぶんこれで触れば」


 パリンッ……という不快音と共に透明な壁が徐々に崩壊していく。

 剥がれた壁の奥に、屋敷が立っていた。


 紫を基調とした色合いのせいで、暗いイメージを抱く。

 

 その屋敷の入り口に台座があって、一体の石像が佇んでいた。丸い頭で角張った体が歪で不気味な形状をしている。

 まるで体をツギハギにされたみたいだ。


 とりあえず、目的の図書館は分かった。


「よくやった、アルテラ」


 頭を撫でてやる。

 ぱっと表情を明るくして「うん!」と頷く。


 初めて笑顔を見た気がした。


 人の力になれたことが嬉しいんだろう。

 この子の根底にも、人のためになりたいという気持ちがあるんだ。


「はぁ……またファイアーボールはお預けね」


 背筋を丸めてアリサは歩き出す。

 その背中をヴェルが叩いてニシシと笑った。


「シャキッとしろ。気を抜く暇はねえぞ」

「だ、だからって叩くんじゃないわよ!」


 アリサが揶揄われているのは初めてだな。

 ……なるほど、ああいう感じなのか。


「あ、あのニグリス様……?」

「ん? どうしたフェルス」

「その、あの……」


 エルフ耳をピクピクと動かし、少しだけ紅潮している。

 何かを言って欲しいんだとは思うんだけど、何。


 分からない……。

 

 あっもしかして頭を撫でて欲しいのか。

 長いことしていなかったからそうかもしれない。


「頼りにしてるぞ」


 頭を撫でてやると激しく耳を動かす。

 正解だったみたいだ。


「あっー!! ズルいぞ! 妾もするのじゃ!」

「えぇ……お前そういうタイプじゃないだろ」

「関係ないのじゃ! わ、妾だって……妾だって頑張ったんじゃぞ!」


 確かに、俺はフローレンスを頼りにしている。

 頭を撫でてやるくらいしたいが、騒いだせいで視線が集まっている。


 ……恥ずかしい。


「か、帰ったらな」

「本当か!? 約束じゃぞ!」

「お、おう……」


 さっさと入ってしまおう。

 入口にある石像の横を通り抜け、俺たちはようやく図書館の中へ入ることが出来た。

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