16.図書館の居場所
西の賢者こと、ヴェルは図書館を知っていても場所までは知らないらしく、俺たちはフローレンスの元を訪れることにした。
しかし、ヴェルのことを見るや否や明らかに嫌悪感を示す。
「へぇ、あんたが貧民街の女帝か。思ったよりも可愛い面してんだなぁ?」
「……ニグリス殿、連れて来るならせめてリーシャのような猫にするのじゃ。なぜわざわざ猛獣を連れて来た」
「成り行きだ。それより時間がない。エラッドが動くよりも早く図書館へ行かなくちゃいけないんだ」
魔法刻印の話や俺特化の魔法陣の話をすると顔色を変えて、数秒ほど逡巡する。
図書館を聞いても驚いていない。存在は知っていたんだな。
「……危険かもしれぬぞ」
「それでもだ」
「あそこは誰も立ち入ってはならぬ故、妾以外は知らぬ」
「図書館なのに危険なんですか?」
「危険……というか、不明な点が多いのじゃ」
フローレンスが近くの棚に手を伸ばし、一枚の地図を取り出した。
随分と古く、開いた時に埃が舞う。
俺の含めて手で振り払い、広がった地図を見た。
「これは貧民街がまだなかった頃の地図じゃ。ざっと百年近くか、もっと前じゃな」
地図の中は平野や山脈があり、今の森林がもっと広かったことや水路がなかったことが分かる。
やはりこういう風に見ると貧民街が発展したと思う。
「見て欲しいのはここじゃ。この近くに廃村がある。とはいっても、人が離れたのではなくモンスターの災害で廃れ滅びた」
「ふーん、まだ歩いて行ける距離ね」
「この廃村に図書館がある、と妾は聞いた」
「聞いたって、誰によ」
「……先代じゃ」
なるほど、貧民街のリーダーは統一ではなく世代ごとに紡がれていたのか。
しかし、その中でもフローレンスの才能は群を抜いているんだろうな。住民の笑顔がそれを物語っている。
「妾も貧民街を守る義務がある。妾も行こう」
「よし、決まりね。じゃあアルテラも連れて行きましょ。留守の間に何かあったら不安だし」
「それはやめておくこったな。エラッドに支配されてる可能性がある、危険だぞ」
エラッドは人を操ることに長けているらしく、アルテラも支配を受けている可能性があった。
……本当にアルテラが操られているとは思えないが、不安要素は取り除くべきだ。
そう思っていながらも、俺は決めていた。
「いや、連れて行く」
「おい、ニグリス。てめえエラッドのヤバさを分かってねえのか」
分かってるさ。
分かっているが、それでも不器用なジャンヌから託されたんだ。こういう時こそ俺の手元に置いておかないでどうする。
それにアルテラを狙って来る刺客は俺の力を前提としている可能性が高い。
何かあったら守れるのは俺だけだ。
無垢の魔法刻印さえ手に入れれば、その支配からも助けることができるはずだ。
手に入れてすぐ魔法陣を無効化すればいい。
やっぱり治癒が効かないってのは不便だな。
それだけでどれほど追い詰められているか。
人の想いで魔法は強くなる。
それを踏み躙るようなエラッドのやり方は許せなかった。
「助けた責任は、俺が取る」
*
アルテラがリーシャの膝の上で、可愛い吐息を立てて眠っていた。
ニグリス達の傍ら、事務処理をこなすリーシャを邪魔するようにベリアが話しかける。
「リーシャ先輩~」
「ベリア、何しに来たんですか」
「ギルドマスターに付いてきたにゃん」
面倒な後輩だ、と思う。
リーシャはベリアがあまり得意ではなく、にゃん、という言葉遣いも受付嬢らしくないと思っていた。
だが、仕事は出来るし有能であることに間違いはない。
「ギルドマスターが言ってたよ? リーシャ先輩に戻って来て欲しいにゃ~って。今なら戻れるけど、どうするにゃん?」
「戻りませんし、戻るつもりもありません」
「はて、前の先輩なら冒険者ギルド以外はクソにゃん! って言ってたのに」
リーシャは貧民街に来てから変わった。
冒険者ギルドよりも、貧民街を選ぶようになっていた。
「ここの方がやりがいがあるんです」
「やりがいって、貧民街でかにゃ?」
「あなたにはまだ分かりませんよ。人を支えて、笑顔にする。私は、そういう仕事が性に合っているんです。そのことをニグリスさんに教えて頂きました」
「あの治癒師かにゃ?」
いつも淡々としていて、誰よりも冷静に物事を見通す力がある。そのはずなのに、人のためとなると熱くなる心を持っている。
凄い人だ、とリーシャは思っていた。
「あの人は優しい人です。ベリア、あなたが思っている以上に、ニグリスさんは凄いですよ」
「ふーん……あんまりそういう風には見えなかったにゃ」
冒険者ギルドに戻りたいとは思えなかった。
今の貧民街があるのもニグリスのお陰である。そこを守るのが、居場所を与えてくれたニグリスへの恩返しだと考えていた。
「もう少し、人を見る目を養った方がいいかもしれませんね」
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