12.ギルドマスターの依頼 


 俺たちはその日、冒険者ギルドへ来ていた。


 久々にアリサが魔法をぶっ放したいと我儘を言うので、せっかくならお金稼ぎもついでにしてしまおうとのことだ。


 それにフローレンスがしばらく大貴族の調査に専念するため、現状は動きがない。


 ジャンヌが来てから数日が経っていた。

 アルテラは手袋をしていれば普通の少女で、安定もしていたから貧民街に置いてきているんだ。でも、受けられる依頼は貧民街から比較的近い場所に限ろう。

 何かあったらすぐ戻れるように。


 堅守のドラゴンがいる森が一番いいか。貧民街に近いし。


 ショートの髪型をした受付嬢に声を掛ける。


「あっそれはダメにゃん。これを受けるにゃん」


 本来受けようと思っていた依頼を取り下げられ、新しい依頼書を渡してくる。

 その依頼主に驚いた。


「……俺たちに直接依頼だと」


 Sランクモンスター。ヒュドラの討伐依頼だった。

 堅守のドラゴンがいる森の洞窟内で冬眠していたはずが、なぜか起きて森で暴れているとのことだ。

 ヒュドラの討伐か。治癒魔法がある俺なら完封できるな。

 余裕っちゃ余裕だ。


 現状Dランクの俺たちへ、Sランク級を依頼するってことはある程度素性は知ってるってことか。


「新しいギルドマスターからの依頼にゃんっ。受けるかにゃ?」

「……“にゃっ”て何よ“にゃっ”て」

「にゃんは、にゃんにゃ」

「やかましいわ。その猫耳偽物じゃないの?」

「偽物じゃないにゃん! これは本物にゃん!」

「……なんか腹立ちますね」


 フェルス、分かるが落ち着け。

 ふむ、新しいギルドマスターか。前のギルドマスターは腐っていたが、どんな人なんだろうか。

 

 それに直接依頼だなんて嫌な予感しかないぞ。

 ……受けるべきじゃないとは思う。

 

「拒否権はないにゃん」

「は?」

「前の受付嬢。君ら、リーシャ先輩を引き抜いたにゃん。あれに今のギルドマスターがブチギレてるにゃん」

「……マジかよ」


 確かにリーシャを引き抜いたのは俺だ。

 滅茶苦茶優秀だと思ったからな。


 ……ギルドマスターとは比較的仲良くやっていきたいが。


「今回の依頼を成功させれば、許すそうにゃん」

「信じていいのか?」

「いいにゃ。あの人はそういうのはしっかり守るにゃん」

「……そうか」


 うむ。会ったことがないにしても、一度は信じてみるべきか。

 もしかすれば大貴族エラッドと繋がっているかもしれない。こちらからあえて近寄り情報を取ることもできるはずだ。

 どちらにせよ警戒はしておこう。


「分かった。依頼をやろう」

「そう来ると思ってたにゃー! ちなみに拒否権なしは嘘にゃん、うちにそんな権限ないからにゃー!」


 ……猫耳が動いたな。

 本物かよ、これ。


 獣人ってだけでも珍しいのに、冒険者ギルドの受付嬢なんて初めて見たな。


「おい、どけよ」

「ん……あぁ悪い」


 後ろに並んでいた冒険者が居た。

 依頼の手続きは終わっても、もう少し聞きたいことがあったんだが。


 彼は若い冒険者のようでその後ろにパーティーメンバーがいる。


「どけってなによ。あんたら少しも待てないの?」

「うわっニーノ人じゃねえか! しっし、あっちいけよ、気持ち悪い」

「はぁ? あんたみたいな餓鬼に馬鹿にされるような生き方してないんだけど!」


 アリサが激昂してしまう。

 最近差別をされていなかったからか、耐性が薄くなっているようだ。


 俺も少しイラッと来たけど場所が悪い。あまり悪目立ちをすれば、印象も悪くなってしまう。


「てめえら見たところ雑魚だろ。俺たちBランクだけど、あんたは?」

「……Dランクだ」

「ほら、やっぱり雑魚だぜコイツら」

 

 ケラケラと笑い飛ばされる。

 ……すっかり忘れていただけで、慣れた光景だ。

 

 ランクは冒険者内ではカースト制度に近い。こういう態度も分からなくもない。



「俺たちはこれから、堅守のドラゴンがいる森に行くんだよ。さっさとAランクモンスター、ベヒーモスを倒してAランクに昇格することを認めてもらう。だから、てめえらみたいな雑魚は邪魔なわけだ」

「……そうか」

「分かったら道を譲れ」


 フェルスは苦笑いをしていた。実力を知っている身からすれば、彼らが幼稚に見えてしまうのも分からなくはない。


 だが、アリサの怒りは収まらない。


「アリサ行くぞ」

「は、離してよニグリス! アイツら一発殴るべきよ~!」

「ダメだ。魔法ぶっ放していいから」

「……ふん、そんなんであたしが喜ぶと思ってるの!?」


 言ったな。

 俺たちは依頼をこなすため、堅守のドラゴンがいる森へ向かった。


 その去り際、後ろの受付の方でこんな会話が聞こえた。


「だ、ダメにゃ! 君らが受けるべきじゃないにゃ!」

「いいから、俺たちなら余裕っすよ!」

「だ、ダメだってばにゃ~!」


 ……不安しかないな。


 *


「ファイアーボールッ!! アハハハッ! あたしってやっぱり天才なんだわ!」


 喜んでるじゃん。

 道中で出会った怪我をしているベヒーモス相手に、ファイアーボールを撃ち込んでいた。

 怪我を負ったモンスターとは恐ろしいな。普通よりも何倍も気迫が違う。

 ……さっきの奴らが倒すべきなんだろうけど、出会って攻撃を仕掛けられたのだから仕方ない。

 恨むなよ。


「腕上げたでしょ」

「あぁ、魔法の調整も出来るようになってきたな」

「ふっふーん、アリサさんを褒めなさい~」


 魔法適性SSは伊達じゃない。

 威力調整しているはずなのに、Sランクの頃よりも威力が上がっている。そのくせ範囲は狭い。


「ニグリス様。今回はヒュドラの討伐がメインなんですよね」

「いつもは森の奥深くにいるらしいんだが、最近になって出てくるようになったんだとさ」

「気配がしませんね……」

「仕方ないだろ。こうしてモンスターを狩りつつ、ゆっくり探して行こう」

「アハハハッ! ファイアーボール!」


 ……そろそろ止めるか。

 暴れすぎて逆にモンスターが逃げ出していきそうだ。


 しばらく森を散策していると先ほど冒険者ギルドで出会ったパーティーに再会した。

 

「あっさっきの餓鬼ども」

「さっきのDランクの底辺パーティーだな。何やってんだよ」

「何やってるって、依頼なんだが」

「はぁ? それなら今日はやめておけ。怪我負いのベヒーモスがいるらしい。出会ったらあんたらじゃ死ぬだろ」

「あぁ、それならさっき倒したわよ」


 Aランク級ベヒーモスの討伐難易度はかなり高い。彼らでは荷が重いのは鑑定をして分かる。

 平均Bか……潜在能力もB程度とこれ以上の伸びしろはない。

 上に行きたい気持ちは分かるが、自分の限界を知らなければいつか死ぬな。

 

「おい、このニーノ人嘘ついてるぜ?」

「嘘じゃない。俺たちは確かに倒した」

「……はぁ、人がせっかく忠告してやって、あんたらみたいな雑魚でも相手してやってんのに馬鹿だなぁ」

 

 嘲笑を向けられても、俺はどうとも思わなかった。

 そのまま彼らは森の奥へ潜っていく。


 ……あっちはまだ見てないな。

 でも同じ場所行くとまた言われそうだな。


 やめておくか。


「あーもう、ほんと腹立つ!」

「仕方ありません。私たちは事実Dランクですから」

「ムカつかないわけ!?」

「ニグリス様を侮辱された訳ではないので……」

「あたしたち全員なんだからニグリスも含まれてるわよ」

「……次会ったら斬りましょうか」

「あたしはファイアーボールぶっ放してやるわ」


 頼むから後ろで物騒な話はやめてくれ。

 半眼で呆れてしまう。

 あんなのは放って置くのが一番だ。相手をするだけ無駄だからな。


 それから数分が経過する。


「にしても、ヒュドラいないな」

「そうですね。もうほぼ全部見回ったんですが」

「さっきの馬鹿共が向かった場所しか残ってないわよ」

「……そっちに行くか」


 できれば会わずに済めばいいんだが。

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